08 笑顔でいてほしい
ローサさんにも分かるほど、私は有咲さんのことを気にしていたのでしょう。
覚悟を決めていたはずなのに、ダメですね。このままでは、ちゃんと有咲さんを送り出してあげることが出来ません。
「いえ、大丈夫ですよローサさん。私は何も」
「パパ、すごくつらそうな顔してたもん。ずっと元気も無いし。あたし、パパの力になりたい!」
ローサさんの真っ直ぐな言葉にやられ、私は観念して事情を話してしまうことにしました。
とはいえ、どこからどこまで話すべきか。痴情のもつれとも言える私と有咲さんの関係まで詳しく話してしまうのは、さすがに憚られます。
ですので、有咲さんが結婚してしまうこと。そしてそれを未だに受け止めきれていないことだけを伝えることにしましょう。
「実は、ですね」
私は、ローサさんにも分かるように状況を噛み砕いて説明しました。ずっと一緒にいた姪っ子、つまり娘のような子が急にお嫁に行ってしまうことになった。そして、私はその子が幸せになってほしいと思っていながらも、まさか急にお嫁に行ってしまうとは思っていなかった。だから気持ちがついてこない。幸せになってほしいのに、心の底からお祝いしてあげることが出来ない。
そんな風に説明をしました。
「パパ、嬉しくないの?」
ローサさんは首を傾げます。
「あたしもパパの娘だけど、あたしならずっとパパと一緒がいいな」
「あはは。ローサさん、残念ですが娘と父親では結婚は出来ませんよ」
ローサさんの場合は呼び方だけの問題なので実際は結婚出来るのですが。この場合は有咲さんの話なので、そう否定しておきます。
「あたしは結婚するならパパがいい!」
にっこり笑ってローサさんは言います。
そうですね。確かに、有咲さんも私を選ぼうとしていました。だからこそ、急に翻るようにルーズヴェルト侯爵との婚約を決めたことが受け止めきれないのです。
心のどこかに、有咲さんに愛されていて幸せだと思っていた自分が居た証拠でしょうね、これは。
と、自虐的な思考を巡らせているところに、ローサさんがさらに言葉を投げかけて来ます。
「でも、もしどうしてもパパと結婚しちゃダメなんだったら、あたしはせめてパパには笑顔でいてほしいな」
「笑顔、ですか」
難しい課題ですね。
と思っているところに、ローサさんは顔を近づけてきます。まるで頬にキスをするような距離です。
「ローサさん?」
「ねえパパ、あれやって。おひげ攻撃!」
言われて、つい私は笑みを零しました。そういえば、ローサさんは顎で頬ずりをされるのが好きでしたね。
「ええ、分かりました。では、すりすり」
「あはは、かゆーい!」
私がおひげ攻撃を繰り出すと、ローサさんは途端に笑い出しました。それに釣られて、私も笑顔になります。
「よかった。パパ、笑ってくれた」
「そうですね、つい」
「パパ、おひげ攻撃好きだもんね!」
なるほど、ローサさんの方からすると、私がおひげ攻撃を好んでいるように見えるのですね。お互いに相手が望んでやっていることだと思い込んでいるとは、奇妙な状況ですね。
とはいえ、結果的に元気をもらったのは事実です。いちいち否定するような真似はしないでおきましょう。
「ええ。パパはおひげ攻撃が好きですからね。ローサさんのお陰で元気が出ました」
「うんっ! つらくなったら、いつでもおひげ攻撃しに来ていいからね!」
「はい、よろしくお願いしますね、ローサさん」
そう言って、私はさらにローサさんへおひげ攻撃を繰り返しました。