07 オメガウルガスシルク
森でひと暴れした、次の日。私は王都への帰路につきました。
自分でも想定していた以上にストレスが溜まっていたらしく、暴れた後もしばらくは興奮が収まりませんでした。その為、王都までの道のりは比較的ゆっくりと時間を駆けて進んでゆきます。
とは言っても、ずっと駆け足で進んでいるので、徒歩よりは遥かに進みが早いのですが。
三日ほどかけて、王都に帰り着いた頃には頭も随分冷えて、思考はしっかりと整理されていました。
有咲さんのことは、しっかりと覚悟を決めました。
彼女が自分で自分の道を選んだ以上、私はしっかりとその背中を見送る。
親代わりとして、やるべきことをやる。
改めて頭の中で自分の覚悟すべきことを思い返し、門を潜って王都に入ります。
帰り着いてみれば、どうやらすべての話は有咲さんが済ませていたらしく、従業員の皆さんやマリアさん、シャーリーさんにもどういうことなのかと訊かれました。
とはいえ、今回の件は私ではなく有咲さんが決めたことです。全ては有咲さんの説明したとおりだと答えると、皆さん納得はしていない様子でしたが引き下がってくれました。
そして私が仕入れてきたウルガスの繭ですが、こちらはマリアさんの人脈に頼り、知る限りで最も腕の良い生地の仕立て屋を紹介してもらいました。
貴族も利用することがあるという老舗を紹介してもらったので、マリアさんにお願いして繭を持ち込みで生地に仕立ててもらえるよう代理で交渉してもらいます。
その後は、いつもと変わらない日常が続きました。
工場の方では魔道具の各部品、材料の補充。そして新たに考えた魔道具の設計。魔道具店では深夜の接客にシフトを入れつつ、近況の確認。私が居ない間もつつがなく運営されていたようで、収益状況は旅への出発前とそう変わらず。ただ、在庫を私が補充できなかった分、仕入れにコストが掛かったようで支出が微増、最終的な収益額は微減という結果でした。
これについては私が戻ってきたことで改善されますし、そもそも大幅な黒字を出していることには変わりないので問題ないでしょう。
やがて一週間ほど経過すると、マリアさんの方から布が仕立て上がったという報告がありました。
さっそく出来上がったもの、オメガウルガスシルクを手にとって見たのですが、素晴らしい出来でした。手触りはサラサラとしていて、安物にある妙なツルツル感も無く最高のものと言えるでしょう。しかも軽くて丈夫で、まるで宝石のように光を反射しキラキラと七色に輝いています。純白の生地の表面に煌く光は、有咲さんのこれからを祝福するに相応しいものと言えます。
出来上がった布を手に、私は孤児院の方へと向かいました。耐刃ローブの仕立てを任せているローサさんを訪ねるためです。
久しぶりに来てみると、ローブ作り等から得られる収益のお陰もあってか、孤児院はあちこちが修繕工事をされていて、以前来たときよりもかなり小綺麗になっていました。
そして、私が訪ねてきたと知ったローサさんは、すぐに会ってくれました。
「パパ! おかえりなさいっ!」
ローサさんは私の姿を見つけるや否や、そう言って飛びついてきました。
一瞬驚きましたが、そういえばローサさんにはパパと呼ばれることになったのでしたね。
「ただいま戻りました。ローサさんはお変わりありませんか?」
「えっと、あたしは何も変わってないよ?」
つい私が難しい言い回しをしてしまったせいで、ローサさんは意味が分からなかったようで首を傾げます。
「何事も無さそうで何よりです。ところで、今日はローサさんにお願いがあって来たのです」
「お願い?」
「ええ。まずは、これを見て下さい」
私は言うと、収納袋からオメガウルガスシルクを取り出し、ローサさんに見せます。
「わあっ、きれい!」
「ローサさんには、この布を使って素敵なドレスを作って欲しいのです」
「えっ! あたしが、これを使って?」
「はい。お願いできますか?」
私が頼むと、ローサさんは少しだけ悩むような素振りを見せた後、応えます。
「少し不安だけど、やってみるね、パパ!」
「ありがとうございます。では、試作などはこちらの布を使って下さい」
そう言って、私はさらに収納袋から布を取り出します。オメガウルガスの繭のついでに回収し、ついでに布として仕立てた通常のウルガスシルクです。オメガウルガスのものには劣りますが、それでも元々が高級品です。試作用の布としてはかなり贅沢だと言えるでしょう。
「こちらの布も含め、余ったものはローサさんのものにして頂いてかまいません。そして、出来上がったドレスは適正価格で買い取るとお約束します。最後に、これが作って欲しいドレスのサイズの詳細です」
そうして、最後に渡したのは紙に書かれた有咲さんの身体の各部位のサイズ一覧。いつの間にか女性陣で測ってくれていたらしく、オメガウルガスシルクが仕上がる前から既に渡されていたものです。
これを受け取ると、ローサさんは頼もしく頷き、応えてくれます。
「うん、がんばるね!」
この様子なら、ドレスに関しては問題ないでしょう。
最近は冒険者向けの耐刃ローブの仕立てがかなり凝ったものになっている場合も多かったので、こういったチャレンジもローサさんにはそろそろ必要だった頃でもあります。試行錯誤の為の試作用に大量のウルガスシルクも渡しました。きっと素晴らしいドレスを仕立ててくれるはずです。
「それでは、今日はこれで」
そう言って、私が別れの挨拶を始めたところでした。
不意に、ローサさんの手が私の手を上から包むように、ぎゅっと握り込んできました。
「ローサさん?」
「えっと、あのね。パパ、なんだか、今日」
少し言いづらそうにしてから、ローサさんは言います。
「悲しそうにしてたよ。パパ、どうしたの?」
見透かすような言葉に不意を突かれ、私は返す言葉を失いました。