05 婚約発表に向けて
ウェインズヴェールを発ち、王都へと帰還します。
その道中、私は有咲さんから決まったことを聞かされます。私の目の前で話していた内容だったそうですが、気が気でなくて一切耳に入っていなかったことから、改めて説明を受けたのです。
まず、正式に側室に入るには準備が必要とのこと。じゃあ今日から君は側室です、とはならないそうです。手続きもそうですが、慣習としてまずは婚約の発表。多くは披露宴という形で発表するとのこと。そこから婚約者である有咲さんを連れて一年ほど貴族の社交界に顔を出し、名前と顔を覚えてもらいつつ横のつながりを作ります。
これは、貴族社会の外から正室、側室を娶る際に行われる慣習なのだとか。何でも、そうして社交界で十分に横の繋がりを作る機会を作らなければ、一部からは卑怯だと反発を受け、また有咲さん自身もいざという時に頼る相手が無くて困ることになるとのこと。
そうした慣習がある都合上、まずは婚約披露宴をしなければなりません。これから有咲さんとルーズヴェルト侯爵は、この婚約披露宴の準備に入るとのこと。
そして、披露宴の様式は庶民的なものを取り入れて行うそうです。
というのも、例えば貴族同士の婚約ですと儀式的と言いますが、そういった複雑な手順、礼節を守りながらの披露宴になるそうです。しかし庶民間では婚約自体一般的ではないため、そうした送り出しの習慣も無く、当然有咲さんも作法を知っているはずもありません。
ですので、最低限民間で行われている結婚披露宴での作法を取り入れ、それを本来の婚約披露宴の儀式に替える予定なのだとか。
で、肝心の民間で行われている結婚披露宴での作法なのですが。まず、花嫁は母親から送られたドレスを着るとのこと。ドレスは庶民には高価すぎる衣装である為、結婚の都度に仕立てるのは厳しい。ですから、多くは親などから受け継いできた披露宴用のドレスを着用するのだとか。
当然、有咲さんはそのようなドレスの伝手などありませんから、保護者でもある私が用意することになるのが筋、だと言われました。
次に、娘を送り出す父親が何らかの装飾品を送るというもの。これは多くがネックレスになるらしいのですが、世の父親は結婚披露宴で娘を送り出す際に、その後の幸福を祈願して装飾品をプレゼントするそうです。
基本的には縁起の良いものを象ったものが良く、なおかつ壊れにくく失くしづらいものがベストだそうです。日頃着けていても邪魔にならず、指輪などと違い外しても些細な拍子に失くしづらいという理由でネックレスが選ばれることが多いのだとか。
当然、これも保護者である私が用意せねばなりません。
つまりまとめると、まず有咲さんは正式に側室となる前に、婚約者として一年間社交界で顔見せをしなければならない。その最初の段階として、婚約披露宴をしなければならない。
その婚約披露宴で必要なドレスとネックレスは、私が用意してあげなければならない。
ざっと、そういったところです。
そのような説明を、王都に向かう馬車の中で聞きました。空気を読んでくれたのか、金浜君と三森さんは別の馬車で王都に向かいました。
ウェインズヴェールから王都までの道のりは、私と有咲さんの二人旅になりました。
一通りの説明も終わると、有咲さんは真剣な表情で語りました。
「ねえ、おっさん。アタシの、最後のお願い。わがまま。聞いてくれないかな」
「最後だなんて」
「それっきりだから。これが終わったら、もうアタシはおっさんのことが好きな有咲じゃない。おっさんの姪っ子で、侯爵様の嫁になる美樹本有咲にちゃんとなるから」
言われて、私は返す言葉を失いました。覚悟と、気迫。そういったもので切羽詰まったようになった声が、私に否定の句を躊躇わせました。
「アタシさ。最後は幸せな気持ちで嫁に行きたい。大好きな、雄一お兄ちゃんの準備してくれたドレスを着て、大好きな雄一お兄ちゃんからネックレスを受け取って、大好きな雄一お兄ちゃんに見送ってもらいたい」
悲痛な、今にも泣き出しそうな声で有咲さんは語ります。
「だからさ。おっさんも頑張ってよ。アタシの為に、一番のドレス。一番のネックレスを準備して欲しいんだ。そんで、ちゃんと笑顔で見送ってほしい。そしたらアタシ、ちゃんと幸せになれるって思うから」
「有咲、さん」
何と言う方が良いのか。どんな言葉で、返せばいいのか。
三十年以上生きてきたのに、そんな簡単なことさえ分からないまま、沈黙を貫くしかありませんでした。
ですが、心は決まりました。
有咲さんがそこまで言うのなら、私も覚悟を決めましょう。
有咲さんが一番美しく見えるような、そんなドレスを仕立ててあげましょう。
有咲さんの一生を祝福するような、そんなネックレスで飾ってあげましょう。
それぐらいしか、私には出来ないのですから。
有咲さんが選んだ幸せの為に出来ることなんて、それぐらいなのですから。