02 いい歳して情けない
正直言って、私には迷いがありました。有咲さんを傷つけるようなやり方には抵抗があったのです。
しかし、このままずるずると答えをうやむやにしたまま、近い距離感を維持するのには問題があるとも感じていました。
なので今日まで、有咲さんに対して強行的な手段で諦めてもらえるよう働きかけてきたのですが。先程の、どこか痛々しくも感じる有咲さんの様子を見て心が揺らいでしまいました。
それもあってか、私はつい、色々なことを金浜君に自白してしまいました。
有咲さんが、私に対して抱いている感情について。そして、今回の旅の目的について。私が有咲さんに諦めてもらえるよう働きかけてきたこと。さらには、三森さんの看病中に起こった勘違いについても。三森さんの性癖については伏せる形で告げました。
すると、金浜君は何かを考え込むような様子で、こちらに尋ねてきます。
「それで、結局のところ、乙木さんは美樹本さんをどう思ってるんですか?」
その質問に、私は顔を顰めます。
「どう思っているにしろ、答えは一緒です。私は叔父であり、有咲さんは姪です。結論は変わりません」
「そうですかねえ」
私が肝心な部分を誤魔化すように答えると、金浜君はあっさりと発言を否定しました。
「異世界まで来て、そんな地球の、それも日本の倫理観に縛られる必要は無いと思いますけど。結局、俺らってこの世界でうまく生きていくしかないわけじゃないですか。この世界でダメなことはダメだし、良いものは良い。その上で幸せになろうと思ったら、そういう日本の話を持ち出すのはちょっと違うと思うんです」
金浜君は、困ったように苦笑いを浮かべてから話を続けます。
「例えばですけど、俺って今は婚約者が三人も居るんですよ。これって日本だと良くないっていうか、ダメなことだと思うんです。けど、この世界では違う。俺も、そして婚約者のみんなも納得してて、それで不幸にならないなら、これでいいと思うんですよね。といいますか、幸せになりたいと思ったら、むしろ受け入れるしかなくて。これで俺は一人としか結婚しません! って意地を張ったほうが、何かと問題が多くなって、みんな不幸になるかなって考えてるんです。だから今は、こういう状況でも納得してるんですけど」
そこまで言ってから、金浜君は一度間を置いてから、私の方をしっかり見据えて言います。
「最初は、僕も悩みました。でも、これが一番だって今は思ってます」
「それは、確かに納得が出来ます。が、重婚と近親婚では話が違いますよ。ましてや私と有咲さんには年齢差もあります。彼女の幸せを思えば、やはり姪っ子に手を出すような真似をしては行けないのですよ」
「そうですか? 乙木さん、そもそもこんな異世界にまで来て、そこまで大人らしく振る舞う必要がありますか?」
金浜君の言葉に、私は一瞬だけ言葉に詰まります。ですが、しっかりと考えた上で頷きます。
「私は、有咲さんを幸せにしてあげたいのです。彼女を守りたい。それが本心であるのは間違いありません。ですから私は、あの子の叔父として、責任を持たなければいけません」
「責任、ですか。でも、それこそちゃんと気持ちに応えてあげる方がいい気がしますけど」
私は、首を横に振って否定します。
「私では、有咲さんの気持ちには応えられませんよ。幸せにしてあげることは出来ません」
「どうしてですか?」
「前科がありますから。私はたぶん、彼女を不幸にしている」
それこそ、彼女が生まれたその瞬間から。
私という存在は、有咲さんの隣に並び立つには不適切なのです。
「だから、私が有咲さんをどう思っていようと関係無いんです。私は有咲さんの気持ちには答えられない。有咲さんには諦めてもらう。その上で、有咲さんの幸せの為に、叔父として尽くせる限りの力を尽くしますよ」
「そう、ですか」
金浜君は、難しい顔をして考え込んでしまいます。しばらく、そのまま沈黙が続きました。が、やがて金浜君の方から口を開きます。
「ひとまず、乙木さんの考えは分かりました。理屈も、理解はできます。ただ、せめて美樹本さんの話も聞いてみてからにしませんか? 結論を出すにしても、それからで良い気がします」
つまり、私と有咲さんにお互いの意見をぶつけ合え、ということなのでしょう。
「今までに、そういったことはしてきてないんですよね?」
「そうですね、確かに。じっくりと話し合ったことはありません」
言われてみれば、勢いや思いつき、一人で考えたことを一方的にぶつけたことはあっても、互いの意見を順に出し合い、対話して結論を出そうとした覚えはありません。
そういう意味では、確かに結論を出すには時期尚早なのでしょう。
「分かりました。ひとまず、有咲さんからも話を聞いてみます」
「そうしてください。多分、そのうち沙織が美樹本さんを連れて戻ってきますから。それから考えましょう」
こうして、男二人で話し合える限りのことを話し終えました。私と金浜君は、先に進んで会話を交わす二人が戻ってくるのをただ待つばかりとなりました。
「全く。いい歳して情けない限りです」
沈黙の最中、私はふと、そんな独り言をぼやいてしまいました。
「いえいえ。誰だって、困っちゃいますよ。気持ちの問題ですから」
そんな風にフォローを入れてくれる金浜君は、私なんかよりも遥かに大人びて見えました。