27 匂いフェチと誤解
かける言葉が見つからずに困惑していると、三森さんはさらに話を続けます。
「元々、私は父親がとても好きで、お父さんっ子だったんです。そしてお父さんの、つまり壮年男性の体臭とか、そういった匂いも気づいた頃には好きになっていました。元々、男の人の体臭を嗅いで、それでちょっと気持ちよくなっちゃう、そんな恥ずかしい性癖持ちだったんです」
「それは、なんと言いますか」
「はい。私も一応、年頃の女の子ですから。誰にもこんなことを言ったことはありません。この世界に来てからも、ずっと秘密にしていました。でも、慈愛というスキルのせいで、とても困ってたんです。日本に居た頃はこっそり楽しんでただけでしたけど、この世界に来てからは正気を保つのに苦労するぐらいになってしまって」
本当に困った様子で、三森さんはどんどんと話を続けます。それだけ、ずっと抱え続けていた悩みなのでしょう。ここは口出しせず、話を聞くことに集中します。
「そんなことがバレたら、悪い貴族の人に悪用されてしまうかもしれませんし。匂いからくる多幸感を、薬物によるものの代用が可能だとしたら、私は合法的に薬漬けにされて、誰かの言いなりになってしまうかもしれません。そんなことも考えると、怖くて、ずっと秘密にするしかありませんでした」
「なるほど。確かに、ありえない可能性ではありませんね」
「そんな時、私は救いを見つけました。それが、乙木さんの体臭です」
「私ですか?」
問い返すと、三森さんは深く頷きます。
「乙木さんの体臭が、一番好きなんです。一番気持ちよくて、一番嗅ぎたい匂いだったんです。それこそ、パパの体臭よりもずっとすごくて。だから買い物にいくフリをしながら、定期的に乙木さんの匂いを堪能しに行ってました。そうすることで、貴族の人たちの体臭に負けないよう、気を保っていたんです」
「そう、だったのですか」
まさか、私の体臭がそのような形で役に立っていたとは。世の中、何が役に立つかわからないものですね。
「とにかく、私にとって一番すごいのは乙木さんの体臭なんです。で、今回は乙木さんから今までに無いほど濃厚で、芳しくて、とにかくもう筆舌に尽くしがたい最高の匂いが漂っていたので、私、興奮しすぎて、その」
顔を赤らめながらも、三森さんは興奮した様子で、口走る言葉を止める様子はありません。どうも様子がおかしい。
私が制止するより先に、三森さんは暴走を始めます。
「達しちゃったんです。あの時、目の前が真っ白になって。気持ちよすぎて、もう、自分で自分が制御できなくって。だから私、もう一度あれを感じたいんですっ!」
次の瞬間。三森さんは興奮した様子で、私に抱きついてきました。怪我をするといけないのでしっかりと受け止めました。結果として、抱き合うような姿勢になってしまいます。
「お願いです、乙木さん! アレを下さいっ! 私、もうあれがないとダメになっちゃったんです。乙木さんじゃなきゃダメなんです!」
「あの、三森さん落ち着いて」
「だったら下さいっ! 早く私に匂いを下さい!」
このままでは埒が明かないので、仕方なく私は『瘴気』をうっすらと発動します。恐らく、あの時の三森さんの反応から察するに、私の身体から漂っていた『瘴気』の残り香が原因でこうなってしまったのでしょう。
元はスキル『加齢臭』なのですから、その上位スキルでもある『瘴気』が三森さんを快楽に狂わせてしまうのも無理のない話です。
「あああっ! これ、これですぅ! んはぁっ!」
三森さんは私の胸元に顔をぐりぐりと押し付けながら、漂う『瘴気』をすうっと深呼吸で吸い込みます。
「好き、好きです。好き好き大好きっ!」
「あの、三森さん。ひとまずこれで満足でしょう、落ち着いて下さい」
「待って下さいっ! もうちょっと、後少しだけでいいんですっ!」
誰かに見られたら、勘違いされてしまいそうな状況。三森さんの評判を下げかねません。とはいえ、狂わせてしまったのは私ですから、どうにも拒否しきるつもりにもなれません。
どう対処すべきか。三森さんの妙な気迫に圧倒されながらも考えていると、救護室に足音が近づいてきます。
「おっさん。さすがに疲れただろ。アタシが変わ、る、けど」
足音の主は、有咲さんでした。
「あの、有咲さん。これは」
「いや、いい。分かってる。おっさんの嫁が今さら一人や二人増えたぐらいで、アタシはなんとも思わないし?」
「いえこれは」
「じゃあこれ差し入れな! アタシ寝るから!」
そう言って、有咲さんは私に向かってリンゴを一つ投げて寄越します。そして、逃げるように足早で救護室から立ち去っていきます。
呆然とその背中を眺めながら、私はどう言い繕おうか考え、結局やめます。
「あの、乙木さん。いいんですか?」
心配するように、三森さんが私の胸元から顔を上げて訊いてきます。心配するぐらいならこの姿勢をやめてほしいのですが。まあ、瘴気中毒状態の彼女には酷な提案でしょう。
「いいんです。彼女には、嫌われたほうが」
そうすれば、私も有咲さんに未練を感じずに済みます。有咲さんだって、私を諦めて自分の幸せの為の道を選べるようになるでしょう。
そんな、言い訳めいたことを考えながらも、私は有咲さんの立ち去っていった方を呆然と眺め続けました。
これにて五章は完結です。
次話から六章が開始します。
色々悩んだのですが、少々暗くもやもやとした展開が続くことになります。
ですので、六章に関しては書き溜めたものを一気に放出し、不快な展開のまま物語が長期間に渡り放置されるような事態を回避したいと考えています。
なので次話からは毎日、複数回投稿を六章完結まで一気に続けたいと考えています。
結果として書き溜めたものを一気に消費してしまいますので、六章完結後はまた少し期間を空けてから七章の投稿に入らせて頂きます。
その旨、読者の皆様にも先にお伝えしておきます。
それでは、今後とも当作品を宜しくお願いいたします。





