19 有咲の懸念
私と金浜君が議論を交わしていたところに、ガウェイン大佐が割り込みます。
「何にせよ、既に出撃の準備は整っているのだ。奴ら魔王軍が集結し終える前に、一刻も早く打撃を与える必要があることには変わりない。作戦の大筋を変更するつもりは無いよ」
そうガウェイン大佐が言うので、私もひとまず言葉を飲み込みます。不安要素はありますが、確かに敵を早めに叩かなければ大きな被害が出る可能性が高いのも事実です。魔王軍の体制が整った後では、少なからず犠牲が出ることは間違いありません。
ここで叩くことが出来れば、被害を最小限に抑えることが出来るのも事実です。
「そもそも、このような作戦を実行する判断を下したのは乙木殿の魔道具のお陰でもあるのだがね?」
「私の魔道具が、ですか?」
「ああ。高周波ブレードの突破力。そして耐刃ローブの防御力。これらが無ければ、いくら勇者殿という戦力があるとはいえ、このような作戦に出ることは無かった。つまり、乙木殿の装備があったからこそ、こうして事前に魔王軍の大規模作戦を潰す為に動けているのだ。結果的に、どれほどの命が救われることになるか。そのことを思うと、私は感謝してもしきれないほどの恩を感じているよ」
言って、ガウェイン大佐は私の方をしっかり見据えて言います。
「ありがとう、乙木殿。そして是非、今回の作戦にも協力して欲しい。突破部隊の具体的な運用についても意見を頂きたい。この後は、そちらに向かって部隊長から詳しい話を聞いて頂く形になるのだが、問題ありませんでしたかな?」
「ええ、それについては大丈夫です。こちらとしても、是非協力をさせてください」
「感謝する」
むしろ協力しなければ、もしもなにかイレギュラーが起こったときに兵士の命を見捨てる形にもなってしまいます。そんな寝覚めの悪いことは出来ませんからね。
「では、これにて作戦会議は終了だ。勇者殿と聖女殿は出撃の準備を。乙木殿は突破部隊の方に向かって頂いて、装備に関する具体的なアドバイスを頼む」
こうして、ガウェイン大佐によるどうも杜撰な部分が目立つ作戦会議は終了しました。
会議終了後、私と有咲さんは並んで突破部隊の待機する場所へと向かいます。場所は金浜君と三森さんが知っており、待機場所も近いため、二人に案内をしてもらう形になりました。
「なあ、おっさん」
「はい?」
「たぶん、この基地やばい。なんもしないと落とされる」
有咲さんは、深刻そうな表情で言います。
「奇遇ですね。私も、そんな予感はしていました」
「アタシなら、もうひとり四天王を出して単独で基地を落とさせる。ってか、それだけでこの作戦って崩壊すんのに、なんで警戒してないのか意味分かんないんだけど」
確かに、有咲さんの言うとおりですね。見つかっているのがエルダーレイスだけだからといって、この基地に攻め込んでくる四天王が一人だけとは限りません。
「それは無いと思うよ、美樹本さん」
私と有咲さんの会話に、ふと前を行く金浜君が口をはさみます。
「魔王軍は一枚岩じゃないっていうか、バラバラなんだよ。四天王同士も仲が悪くってさ。戦場で魔王軍同士が争ってることだってあったよ」
「協力するなんてありえない、ってわけ?」
「そうそう」
有咲さんは金浜君の言葉を受けて、ため息を吐きます。
「じゃあなに? 魔王軍はそれぞれが別々の集まりで、向こうからすれば別の群れは敵同士とでも言いたいわけ?」
「そうだね。俺らが今まで見てきた魔王軍はそういう奴らばっかりだったよ。協力なんてしないし、なんなら味方同士で殺し合う」
「じゃあさ、なんでここの魔王軍は違うんだよ」
有咲さんの反論に、金浜君は面食らった様子で言葉に詰まります。
「基地の外には、フツーの魔物ばっか集まってるわけじゃん? で、そっからずっと向こうまで行ったらおばけっぽい魔物ばっか集まってんでしょ?」
「そうだね」
「おかしいじゃん。敵同士だったら、フツーの魔物が今のまま待機してるわけなくない? 逃げるでしょ。後ろも前も敵しかいないんだし。基地の周りで普段どおりにしてるはずないじゃん」
金浜君は、反論に困った様子でした。そして、なんとか言葉を絞り出します。
「でも、それは魔王軍が協力してるかもって可能性の話だよね? 今まではそんなこと無かったんだし、たぶんなにか別の理由があって」
「あるわけないし、あったから何? ヤバそうってことに変わりなくない?」
金浜君は反論する手立てを思いつかなくなったのか、気まずそうに口を噤みます。
「ともかく、やることに変わりはありませんよ。基地が危険だからといって、これから金浜君や三森さんが勝手な行動をすれば、今度は前線で戦う兵士の皆さんの命が危険になりますからね」
「そう、ですね」
私が仲裁するように行って、金浜君は納得したように頷きます。有咲さんはドヤ顔を浮かべてフン、と鼻で笑っています。やたら挑発的な態度ですが、何が気に入らないのでしょうか。
ともかく、今は二人の口論を眺めているべき場合でもありません。
「ひとまず、私と有咲さんが基地に残ります。なので、ある程度の事態には対処出来るはずですよ」
私がそう言ってみせると、金浜君は首をかしげます。
「乙木さんは、四天王が来たとしても対処できるんですか?」
「ええ、可能です」
「なるほど、なにかいい魔道具があるんですね。それなら納得です」
魔道具が理由ではないのですが、あえて訂正するようなことでもないので何も言わずにおきます。
ひとまず金浜君が作戦に集中できるようになったようなので良しとしましょう。
「では、乙木さん。俺たちはここで。この通路をこのまままっすぐ進んで、左に曲がれば部隊が整列している広場に出れるはずです。俺らは準備をしてから向かいますんで」
言って、金浜君は右手側にある扉に手を掛けます。
「また後でお会いしましょうね」
三森さんも、その隣の扉を開き、中に入っていきます。恐らくは、装備などを整え着替えるつもりなのでしょう。
「けっ。勇者が何だよ、ただのバカじゃん」
「有咲さん。悪態をついても状況は変わりませんよ」
「分かってるっ!」
有咲さんはそう言って、少々乱暴に私の腕を取ります。
「いくぞ、おっさん!」
「ええ」
二人で、すこし早足で目的地へと向かいます。





