15 提案の是非
突然の侯爵の発言に思考が一瞬停止してしまいます。
有咲さんを側室として迎える。それは確かに、この世界の常識で言えばメリットの提示になるのでしょう。
まず単なる平民が貴族、それも上級貴族である侯爵の側室として迎え入れられることはほぼありません。
通常、貴族というものは血というものを大事にします。上級貴族ほど顕著であり、侯爵ほどの地位を持つ人が平民から側室を迎え入れるということはほぼありません。
そして、この世界では側室に迎え入れられるということは貴族籍を持つということにもなります。正確には本人ではなくその子どもですが。
つまり、もしも有咲さんとルーズヴェルト侯爵の間に子どもが出来た場合、私にとっても血縁者に貴族籍を持つ者が生まれるということになります。
それはすなわち自分自身もまた、特権階級の一員に加わることを意味します。客人待遇とは比べ物にならないほど、私個人の発言権が増すことにもなります。
また、回りくどい手段にはなりますが、貴族籍を持つ親戚が存在するなら、私もまた貴族籍を持っていても問題ないものと見なされ、階級は低いでしょうが貴族籍を手に入れる可能性さえ見えてきます。
つまり侯爵は、それだけの特権を得る可能性を報酬として提示しているわけです。
破格の報酬ですが、しかし、私はこれを受け取るわけにはいきません。
「すみません、それについては、受け入れられません」
「なに?」
私が拒否の姿勢を示すと、侯爵は驚いたような表情を浮かべます。
「なにか不満があるのかな?」
「有咲さんは、私の姪です。彼女を私の商売の為に利用するような形はとりたくないのです」
「ふむ、なるほど」
侯爵は、顎を触りながら何かを考え始めます。
これは都合がいいかもしれません。有咲さんを側室として迎え入れる、という発言を単なる報酬として提示出来なかった以上、侯爵側の交渉が失敗した形になります。つまり向こうのミスでケチがついたので、ここで一度話を持ち帰ったとしても、こちらの非は薄くなります。
「申し訳ありませんが、今日のお話はまた後日、返事をするという形にさせていただけませんか。まだこちらとしても、情報を整理しきれていませんので」
「そうか、仕方ない。今日のところはここまでにしよう。すまなかったね、色よい返事を期待しておくよ」
「善処させていただきます」
侯爵の差し出した手を取り、握手を交わしてこの場はお開きとなりました。
侯爵との交渉への返事はまた後日ということになった為、その日は屋敷を後にして、ウェインズヴェールの適当な宿泊施設で一晩を過ごすことになりました。
おそらくあの場で交渉に色よい姿勢を示していれば歓迎する準備はあったのでしょうが。今回はほぼ何の姿勢も示さずに話を切り上げたため、そうはならなかったようです。
宿を探して、街を歩いていると、有咲さんがふと口を開きました。
「おっさん、ありがとな」
「はい?」
「あの貴族のおっさんに、側室になれって言われたのに断ってくれただろ?」
有咲さんは、優しげに微笑みながら言います。
「かばってくれて、嬉しかった。アタシが拒否するよりも、何よりも先におっさんが断ってくれて、ちょっと感動しちゃった」
「ええ、当然です。有咲さんは、大切な姪っ子ですからね」
「ふふ。だよな」
なにか含みのある笑い方をする有咲さん。どことなく、全てを見透かされているような気がして、少し焦ってしまいます。
侯爵に、有咲さんを側室に、という話をされた瞬間。予想外のことに一瞬固まってしまったのですが、直後に断りの言葉を発していました。
有咲さんの意思確認をするまでもなく、私が独断で断ったのです。
そこには確かに、有咲さんを奪われたくないという気持ちが働いていました。有咲さんを守る。そういう気持ちも当然ありましたが、それと同時に侯爵に有咲さんを渡したくないという気持ちも胸中に渦巻いていたのです。
それを、まさか有咲さんに見抜かれているのではないか、という気がしてしまいます。
有咲さんのスキル『カルキュレイター』であれば、そういった洞察力にも優れているはずですから、ありえなくはないでしょう。
そして、そうした洞察力が私の本心を見破った結果、あの含みのある笑みがこぼれたのだとしたら。
「どーしたんだよ、おっさん?」
私をからかうように、挑発的な表情で有咲さんが腕を絡めてきます。
「いえ、なんでもありませんよ」
できるだけ平常心を保ちながら、そう答えます。





