14 想定外の提案
侯爵家との付き合いによる利益は気になりますが、しかしこちらも既に軍部や宮廷魔術師、シュリ君との付き合いがあります。
まず、侯爵に自分の立場から釈明した上で話を進めましょう。
「一応、私は既に軍部と取引がありますし、宮廷魔術師の方とも関わりがあります。その上で、さらに侯爵家との付き合いが増えることにどの程度の意味があるのでしょうか」
「ふむ、そうだね」
ルーズヴェルト侯爵はアゴに手を当てながら考え込み、応えます。
「まず、我が国は貴族籍が無ければ扱えないものがいくらか存在する。例えばダンジョン産の高性能な魔道具等の取引は、貴族籍を持つものか、貴族籍を持つものに委任された者しかやってはならないことになっている。基本的に、こういった商売は利権の塊だからな。新規参入は本来難しい所だが、私であればどうとでも融通出来る」
説明から逆説的に考えれば、つまり宮廷魔術師や軍部の高官では手の出せない領域だということなのでしょう。
確かに、最強の運送業者計画でもそういったややこしい商品を扱う場合はあるでしょう。そうなった時、侯爵家から委任されているという事実があると無いとでは話が変わります。
実際にダンジョン産の品物の取引に関わるかどうかはさておき、そうした選択肢の幅があるというのはメリットでしょう。
「次に、大口の顧客として貴族を相手に商売が出来るようになるだろう。侯爵家の傘下、ということは同じ傘の下にある他の貴族家とも親しくなることを意味する。商機が増えることは間違いないだろう」
つまり、貴族というのはそれだけ閉鎖的な存在であり、ある程度の身内の保証がなければ取引に応じてくれることは少ないということでしょう。
ただ、私の場合は軍部の取引などで実績があり、有名ではあるらしいので、もしも傘下に加わらなかったとしても取引が不可能になるというわけではないでしょう。あくまでも、侯爵家の保証が加わることでより多くの貴族と、より簡単に取引可能になるということです。
しかし、そこにはデメリットも存在します。
「ですが、違う傘の下に集う貴族家の方々との取引は難しくなるのではありませんか?」
そう、つまり侯爵家の保証がつくことで、逆に侯爵家との関係がよろしくない派閥から敬遠される可能性があるわけです。
「それは事実、起こりうるだろう。しかし、全ての派閥が敵対関係にあるわけではない。むしろ、我々は比較的友好な関係にある他派閥が多いからな。貴族相手の商機を増やす為であれば、私の傘下に入るのが一番良いと言えるだろう」
もしもそれが事実であれば、デメリットはほぼ存在しないと言えます。友好的な態度の派閥とあえて敵対する派閥ともなれば、なんらかの厄介な問題を抱えている可能性が高いですからね。そういったグループとはむしろ、あまり関わり合いにならないほうが良いでしょう。
「なるほど、おおよそ理解できました。つまりウェインズヴェール侯爵家の傘下に入ることで、私は貴族籍のある方との関わりが無ければ手を出せない領域の商売にも手が出せるようになる。その上で、資金援助やウェインズヴェール領内での優遇というメリットも享受可能となるわけですね」
「ああ、そのとおりだ」
「そして、そちらの要求は新たに開発した魔道具を優先的に利用する権利がほしいとのことですね?」
「ああ。それ以外に大きな要求は無い」
さて、メリットとデメリット、そして侯爵側の要求するものもはっきりしました。どうしたものでしょうか。
正直言って、私の最終目標の都合を考えると、あまりこの国の貴族など、体制側の人間と深く関わるのは得策ではありません。
とはいえ、それを差し引いても侯爵家の傘下に入ることで得られる利益は十分に大きいと言えます。
これは、ウェインズヴェール侯爵家が貴族社会でどのような立場にあるのか、詳しく調べた上でなければ回答が難しいですね。
後に回答する、という形にするとしても、この場で良い手応えか、あるいは悪い手応えかについては示しておく必要があります。こちらの都合でどっちつかずのまま回答を引き伸ばす、というのは不信感に繋がりますからね。
結果的にウェインズヴェール侯爵家との関係が悪化するだけ、という形にしない為には、ここである程度の方針を示しておくべきでしょう。
とまあ、私が様々なことを考えていたところで、さらに侯爵から言葉が付け加えられます。
「そうだな。メリットとして提示するほどのものでもないが、君を我が侯爵家の客人待遇で迎え入れるつもりではある」
客人待遇。侯爵家に所属するわけではないものの、侯爵家とつながりがある人間として公式にこちらも名乗ることが可能になるということです。
そのメリット自体は確かに、さほど大きくはないものの、あると嬉しい程度のおまけにはなります。
ただ、それに続けて侯爵が挙げた提案が問題でした。
「そして乙木殿の姪にあたる君、確か有咲殿だったかな? 君を我が侯爵家の側室として迎え入れることも考えているよ」
それは、あまりにも想定から外れた提案でした。





