11 老舗トーフ蔵
ウェインズヴェールの観光案内板や、道行く人々に訊きながら、小一時間ほどかけてとあるトーフの製造所に辿り着きました。
なんでもトーフを製造している施設は『トーフ蔵』と呼ばれているらしく、今回訪ねるのはそのトーフ蔵の中でも最も古くから続く老舗のトーフ蔵なのだとか。
トーフの直売もしているらしいので、一般客として普通にトーフ蔵へと入ります。
「ごめんくださーい」
「はいはい、いらっしゃいませ」
お店に入ると、着物に近いデザインの服を着たお婆さんが接客に出てきました。
「あの、こちらはウェインズヴェールで最も古くから続いているトーフ蔵だと聞いたのですが、事実でしょうか?」
「ええ、そうですよ。およそ千年以上前から続いているとも言われているんです。まあ、お店は何度も改装されてますから、本当のところは分かりませんがねぇ」
「ほうほう、なるほど」
千年とは、これまた随分昔からトーフは存在していたようですね。
「トーフというものを、実はウェインズヴェールに来てから初めて知ったのですが。これはどういった食品なのですか?」
「えぇ、トーフはですねぇ。かつて異世界から召喚された勇者様が考案されたとされている食品なんですよ。栄養価も高く、健康、美容に良いとされているんですよ」
美容や健康に良く栄養価があるというのは、日本でよく知られている納豆そのものですね。
「で、実はこのトーフという名前ですがねぇ。勇者様の世界の言葉で『腐った豆』という意味なんだそうですよ」
「ほう、腐った豆ですか」
つまり、字で書くと豆腐。トーフは納豆なのに豆腐が語源とは。もうめちゃくちゃですね。
「名前のとおり、トーフはお酒を作る時と同じで、お豆さんをトーフ菌という菌で発酵させたものなんですよ。とってもネバネバしていて、臭いもちょっと変わっているんだけれど、これはお豆さんを発酵させたからなんですねぇ」
「なるほど、そうやって作っていたんですね」
お婆さんの説明は既知の知識でしたが、ここは話を合わせて頷いておきます。
「それにしても、こんなに美味しいトーフなのに、どうしてウェインズヴェールでしか売っていないのですか? 他の街でも売れば間違いなく人気になると思うのですが」
私が話の流れでお婆さんに問いかけると、何やら悲しそうな表情を浮かべて答えが返ってきます。
「それがねぇ。トーフの臭いは魔物を惹き付けるらしくてねぇ。街の外に運ぶにはちょっと大変過ぎるらしいんですよ」
ここまでは、既に知っている話です。が、さらにお婆さんは興味深い話を続けてくれます。
「最近は魔王軍とかいうのとずっと戦争をしているでしょう? それでパン用の小麦の方が売れるからって、トーフ豆の農家さんも減ってきていますし。このご時世ですから、どうしてもトーフみたいな高価な食べ物は売れづらいですし。このままですと、昔ながらの製法で良いトーフを作っているトーフ蔵はどんどん潰れていっちゃうかもしれませんねぇ」
「それは、大変ですね」
「ええ。それを変えたいからって、どうにかよその街でもトーフを売ろうと頑張ってくれている商人さんもいらっしゃるんですけど、どうにも上手くいっていないようですし。もしかしたら、近い将来トーフは工場で作った大量生産品しか食べられなくなるかもしれませんねぇ」
どうやら、トーフ産業は戦時特需の反動で苦しんでいるようですね。私のように魔道具を売って稼ぐ業者がいるのとは逆に、こうして戦時中だからこそ売れづらくなる商品もあるわけです。
知識として知っているのと、こうしてお婆さんから直接話を聞いて実感するのではまるで意味が違います。
改めて、戦争中だからこそ成り立つ商売、工夫できる商売というのがあるということを痛感します。
と、そんな話をお婆さんとしていたところ、店内に居合わせた他のお客さんが反応しました。
「なんと! そのようなことになっていたのですか、それは嘆かわしいことです!」
声を上げたのは、金髪のイケメン男性です。トーフ蔵のような店に来る客層とはまた違う雰囲気があり、どこかチグハグな印象を受けます。
ただ、トーフは納豆とは違い、お酒のツマミなどにも合いそうな味をしているので、恐らくはそちらの方向でトーフを好むお客さんなのでしょう。美容や健康を気にして食事を考えるような年齢のようには見受けられません。
「私に出来ることなら、ぜひこのトーフ蔵を支援したいぐらいなのですが。しかし、安易にお金さえあれば解決するという問題でもありませんし。ううむ、如何ともしがたいですね」
男性は一人で考え込み、唸りだします。
何者なのでしょうか、この男性は?





