09 有咲の見解
有咲さんは、躊躇わずに自分の見解を述べていきます。
「まず、輸送コスト。これの臭いで魔物が寄ってくるんだから、ただ運ぶだけでも大変なはずだろ?」
「そうですね。梱包のコストもそうですし、万が一に備えて護衛も通常より多く雇う必要があります」
「で、冒険者に依頼を出すわけだ。でも、普通の魔物の討伐と違って護衛依頼は安くなるはずなんだよ。違うか?」
「確かに、商隊の護衛依頼は割りに合わない報酬しか出ないことが多かった印象ですね」
私は、かつて冒険者だった頃のことを思い出しつつ応えます。
「まず、普通の魔物討伐の場合は依頼者がマジで困ってることが多いだろ。だから、何が何でも魔物を倒して欲しいから報酬が値上がりしやすい。常設の魔物討伐も、国の事業としてお金が入ってるはずだから、報酬がいいはずなんだよ」
冒険者の仕事の一つが、常設依頼と呼ばれる街道周辺の魔物討伐の依頼です。これを冒険者と騎士団がこなすことで、街道周辺の安全が保たれ、都市間の移動が楽になっているのです。
まあ、先日のオークの件のような例外もあるので、ある程度の自衛手段は必要なのですが。
「ついでに言えば、自分から足を運んで魔物を倒す場合は準備が出来る。こういう魔物をこれこれこういうところで、こういう手段で殺す、って自分で決めて準備して、イレギュラーがなければ順調に終わる仕事だからな。魔物と戦う必要のある依頼の中では、楽な方のはずなんだよ」
「なるほど、それは確かに」
思えば、新人冒険者は野良の魔物よりも、王都のマルチダンジョンのような生息、出現する魔物が決まっている場所を好む傾向がありました。その理由は、有咲さんが言ったような魔物の強さ以外の難易度が関係しているのでしょう。
「で、それに対して商隊の護衛はいつ魔物が襲ってくるかわからない。どんな魔物が襲ってくるかも分からない。めちゃくちゃ大変なのに、商人側からすれば基本は座ってるだけの冒険者相手に普通の討伐以上の報酬を渡す気にはならない。だから、冒険者側の事情を考えてくれるヤツじゃなきゃ、討伐系の依頼よりも日当に換算すれば安くなるぐらいの報酬を提示するのが普通になる」
「商人が利益を追求すれば、確かにそうなりますね」
「で、結果としてそんな割りに合わない仕事でも受けなきゃいけないような、ロートルの冒険者が集まる。実力が低いわけだから、やっぱ報酬は低くて正解だって感じになって、なおさら金を出し渋って、っていう悪循環になるわけ」
有咲さんの見解は、確かにおおよそ正しいような気がします。実際、護衛依頼を受けるのは特定の商隊に信用を貰った冒険者が指名で、受けるか、討伐依頼をバリバリこなすことのできない冒険者が集団で受けるものだという認識があります。
その背景には、有咲さんの言ったような事情があったのでしょう。
「で、そうなると輸送コストってのは金額以上にリスクが気になってくるんだよ。ロートルがいくら群れたところで、やべー魔物が襲ってきたら対処できないだろ? だからトーフみたいなリスクの高い商品は、ちゃんとした冒険者を雇わなきゃいけなくなる。でもそうすると余計に金がかかるわけ。っていうか、ちょっと金を積んだぐらいじゃ普通の冒険者は仕事を受けたりしない。ロートルが結局群がっておしまい。だから、そもそもの話、高ランクの冒険者とのコネがなきゃ輸送自体成立しない。以上、トーフがよその街に運べねー理由の一つ目な」
「理解できました。で、二つ目は?」
私が話の続きを促すと、有咲さんは頷いて話を続けます。
「単純に利益の話だよ。ほら、そもそもトーフには原料になる豆があるわけじゃん?」
「ですね」
「別にトーフにしなくても、それ売ればよくね? って話。わざわざ加工して嗜好品にしなくても、豆そのものがどこ行ったって売れるんだから。何ならトーフ用の豆が売れないとしても、ここならもっと色んな作物を育てられるはずだろ? だからトーフをわざわざ作って売る理由自体が薄い。まあ、好きなやつは好きな感じの嗜好品だから、街の中で消費する分ぐらいはつくられるだろうけどさ。わざわざ外に輸出しようって思わないんじゃない?」
言われてみれば、全くのド正論。トーフでなくても、利益を出す手段はいくらでもあるわけですからね。
「わかりました。つまり有咲さんの意見は二つ。トーフそのものが商品として弱い。街の外で売るには輸送面での問題が大きい。という感じですね?」
「そーゆうこと。で、おっさんはそこんとこ、なんか面白いアイディアはある?」
「ええ、まあ一応は」
言うと、有咲さんはニヤリと笑います。
「さすが。で、何をやるわけ?」
「そこはお楽しみ、ということで。まずは、そうですね」
私は少し考え込み、最初にするべきことを脳内で取捨選択していきます。
「この街と王都間での、輸送コストについて具体的に調べましょうか」





