31 おっさん、すれ違う
孤児院の子供たちの問題も片付き、私は久々に自分の店、洞窟ドワーフの魔道具やさんに戻ってきました。時刻はすっかり日もくれて、近隣の家々の明かりも減り始めた頃です。
つい甘えるローサさんをかわいがっていたら、こんな時間になってしまいました。
「おかえり、おっさん」
夜の店番をしている有咲さんが、笑顔で言ってくれました。
「ただいま帰りました、有咲さん」
私が挨拶を返すと、有咲さんは満足そうに頷きました。
「工場とか、孤児院の用事とかはもう落ち着いたのか?」
「はい。大分、以前よりは安定してきたかと思います。とは言え、これからも開発はする必要があるので、以前のように一日中魔道具店の方にいる、というわけにはいきませんが」
「そっか、まあ、それでも帰ってきてくれるなら、嬉しいよ」
はにかむような有咲さんの笑顔に、つい私はどきりとしてしまいます。
そういう邪な考えはいけません。すぐに頭の中からその気持ちを追い払い、話題を変えます。
「ところで、私が居ない間に店のほうでなにか変わったことはありませんでしたか?」
「うーん、まあ。変わったっていうか、ちょっと訊きたいことが出来たっていうか」
有咲さんは言いにくそうにしながら、私の方をちらちらと見てきます。正面から向き合わずに、何かを伺うような視線だけ送ってきます。
「どうかしたのですか?」
「ああ。訊きたいんだけどさ。おっさんと、アタシの噂のこと」
噂、と聞いて私はドキリとします。嫌な予感が脳裏をよぎります。
そして、私の予感は的中しました。
「ご近所さんの間ではさぁ。アタシとおっさんが、その、夫婦ってことになってるらしくて。従業員もみんなそうだと思ってるみたいでさ」
「そう、ですか」
懸念していたことではありますが、ついに来てしまいました。私と有咲さんが、この世界の常識で言えば夫婦同然の関係下にあるという話です。
これは、どうにかせねばなりません。私はちゃんと、責任をとらなければ。
「それで、さあ。おっさんには訊いときたいんだけど。アタシと夫婦だって噂のさ。その、責任っていうか、そういうやつ。ちゃんと取ってくれるんだよな?」
「はい、もちろんです」
私が即答すると、有咲さんの表情は途端に晴れやかになります。
しかし、その後に続く言葉を聞くほどに、今度は曇っていくことになりました。
「まずは、周囲に説明します。私と有咲さんは血縁関係にあって、そういう男女の間柄ではないということ。路頭に迷うところであった姪っ子を保護しただけに過ぎない、とご近所さんや従業員の皆さんに説明します」
「え?」
「私のような、年をとったおっさんなんかと夫婦になるなんて、あまりにも不幸ですからね。ちゃんと、周囲に勘違いをさせて、有咲さんの将来の不利益となるようなことになってしまった責任は取ります」
泣きそうな、今にも怒り出しそうな。そんな表情で、有咲さんは私にすがりついてきました。
「ち、違うって! アタシ、おっさんにそういうことしてほしいわけじゃなくて!」
「気にする必要はありません。有咲さんはまだ若いんですから。探せばきっと、いい人が見つかります。素敵な男性と出会えるまで、私が必ず手助けをしますから。妙な噂のせいで異性が寄り付かなくなってしまった分も、私がフォローします。だから、有咲さんは安心して将来のことを考えて下さい。自分の伴侶をちゃんと選んで下さい」
「そんなの、もう決めてんだよっ!」
有咲さんは、怒鳴るような大声で言いました。
「もう、わかってんだろっ? なあ、おっさん。アタシ、あんたのこと好きなんだよ。結婚したいのはあんたなんだよ。夫婦になりたいのも、一生一緒にいてほしいのも、アンタなんだよ! 雄一お兄ちゃんが、好き、なんだよ」
最後の方は、涙をこらえきれず、震える声を絞り出すようでした。
それだけ、本気の告白だったのでしょう。
ですが、ダメなのです。
私は叔父であり、有咲さんは姪っ子。結婚するわけには、いきません。有咲さんの未来を、こんな枯れたおっさんのために捧げて良いはずがないのです。
何よりも、そもそも私には、有咲さんと結ばれるような、そんな大層な権利などありませんから。
私が有咲さんと結ばれるようなことは、あってはいけないのです。
気持ちなら、とっくに理解していました。
店を始めた頃とは、まるで違う有咲さんの態度。スキンシップは増え、柔らかく微笑みかけてくれるようになりました。
そして何より、その好意を行動や言葉の節々にはっきりと表していましたから。
有咲さんが、私に好意を抱いているというのは、とっくに分かっていました。
ですが、だからこそ。
私は予め、そう答えると決めていた言葉を返します。
「ダメですよ、有咲さん。私のような人間では、有咲さんにはふさわしくない。きっと有咲さんには、私なんかよりもずっと素敵な男性と結ばれる時が来ます。だから、ダメなんです。私を選んではいけませんよ、有咲さん」
その言葉を言い切ると同時でした。
バチンッ! と、私の頬をひっぱたく音。
「雄一お兄ちゃんの、バカッ!」
有咲さんは、泣きながら走り去ります。
階段を駆け上がり、店番を放棄してまで、自分の部屋へ向かって駆けていきます。
きっと、今日はもう引きこもって出てこないでしょう。
そして、きっと私は有咲さんに嫌われたことでしょう。
そう、これでいいのです。
こうでなければいけないのです。
例え、互いに想い合っていたのだとしても。
どれだけの後悔が押し寄せようとも。
有咲さんの幸せを思えば、これが最善なのですから。
すれ違いが発生してしまいました。
少しの間、有咲と乙木の関係がギクシャクします。
が、ちゃんと有咲はメインヒロインのままであり、仲直りもしっかりする予定なので安心して下さい。