30 おっさん、パパになる
私が子供達を孤児院に送り届けると、イザベラさんは安堵した表情を見せました。子供達が無事帰ってくるかどうか、さぞ不安だったことでしょう。
「イザベラさん。子供達は、かなりの実力をつけています。冒険の恐ろしさや難しさを知り、戦いの厳しさも学んでいます。レベルも順調に上がっていますから、もう好奇心だけで自ら危険な場所に首を突っ込むようなことは無いはずです」
「はい。あの子達がかなり変わったのは理解しています。ですが、やはりダンジョンに行くというのがどうしても、慣れなくて」
まあ、イザベラさんの不安は最もなものです。私の都合で子供達を鍛え、強くしているわけですから。それを加味してイザベラさんの立場で考えれば、どれだけこちらが安全に配慮しても危機感は拭えないでしょう。
「申し訳ありません、本当に。ですが、必ずこれは、子供達の将来の役に立つことですから、どうか理解していただきたい」
「ええ。分かっています。孤児の将来を考えれば、乙木さんの言う最強の配送業者というのはとても理想的です。貸し与えて頂いている魔道具も、素晴らしい性能ですし。子供達のことを思えば、今の状況が非常に良いものだと言えるとも、理解はしているのです」
「しかし、不安なものは不安でしょう」
イザベラさんの立場を思い、あえて発言を否定します。
「子供達の将来の為とはいえ、何もしないよりはリスクがあるのは事実ですから。保護者であり、母でもあるイザベラさんが心配するのも当然です」
私が言うと、微笑みを浮かべるイザベラさん。
「ふふっ。それなら、子供達が成長するために試練をお与えになる乙木さんはパパになりますね?」
「なるほど、それは確かに。盲点でした」
私とイザベラさんはお互いに笑みを浮かべ合いました。
その後、私は子供達との面談に移ります。冒険者たちの教育内容についての報告を受けるためです。
今まで問題は起きていませんが、それでも油断は出来ません。冒険者が不適切な教育を施していないか、聞き取りで情報をあつめ、調査します。
その為には当事者からも話を聞く必要はありますが、第三者の声も重要です。
そこで冒険者からの教育を受けておらず、孤児院の中で様子をよく見ている人物からも話を聞く必要があります。
イザベラさんもそうですが、子供側の視点も必要です。
というわけで、現在はローブづくりを任せており『最強の配送業者』計画には参加していないローサさんに話を伺いに来ました。
「特に問題はありませんでしたっ! 冒険者さんはみんな、ちゃんとおじちゃんが言ってたとおりにしてたと思います!」
「そうですか、それは良かったです」
私は言って、ローサさんの頭を撫でます。
「他には、何かおかしかったこととか、気になったこととかありませんか?」
「えっと、そういえば今日はジョアンの様子がおかしかったと思います」
ジョアン君の様子と聞いて、私はつい手を止めてしまいます。
「あれ、おじちゃん? 何か知ってるんですか?」
「ええ、実はですね」
隠してもジョアン君に聞けばバレる話です。なので、正直に全てを話します。今日のダンジョン探索の最中、結婚してほしいと言われたこと。どうにか言いくるめて返答を大人になるまで引き伸ばしたこと。
そうした状況をローサさんに伝えたところ、どうやら怒らせてしまったようです。ローサさんは頬を膨らませ、不機嫌そうに眉を顰めます。
「ジョアン君、そんなこと言ったんですか?」
「はい、確かに言いましたね」
「そんなの、ずるいです!」
おや。私の予想外の方向で怒っているようですね。
「私だって、乙木のおじちゃんとずっと一緒にいたいです!」
「そ、そうですか。ちなみに理由は?」
「だって、おじちゃんはなんていうか、パパみたいな匂いがしますから。一緒にいたら、安心できて、とっても温かい気持ちになるんです」
「なるほど」
どうやら、ローサさんの場合は恋心とは別物のようですね。ひとまず安心です。
「結婚はダメですけど、パパにならなってあげますよ」
すでにイザベラさんからパパみたいだと太鼓判を押されていますからね。これぐらいなら許容範囲でしょう。
「ほ、ほんと? 乙木のおじちゃん、あたしのパパになってくれるのっ?」
「ええ、かまいませんよ」
「やったっ!」
ローサさんは相当嬉しかったのでしょう。かなりの勢いをつけて私に抱きついてきます。父親代わりとなれば、こうした愛情表現も受け止めてあげるのが筋でしょう。
私はしっかりと抱きしめ返して、さらに抱っこをしてあげます。顔の高さを合わせると、ローサさんは首に腕を回してきます。
「えへへ。パパ、大好きっ!」
「ええ、私もローサさんのことは好きですよ」
「やったっ! あたしもね、パパのこと大好きだよっ! パパ、パパっ!」
父親が出来て、相当嬉しいのでしょう。ローサさんは頬ずりまでして愛情表現をしてきます。私も同様に、頬ずりをしてあげると、ローサさんも喜んでくれます。
「きゃははっ! パパ、チクチクするね!」
「はい。パパの顎はちくちくですよ」
そんな風に、私とローサさんは小一時間ほどスキンシップを続けました。工場での仕事に帰ろうとした時には、泣きそうな顔で引き止められてしまいましたが、どうにか説得して帰らせてもらいました。
それにしても、父親ですか。
少し今までとは毛色の違う好意ですが、こういったものも良いものですね。