29 少年にまでモテたおっさん
私が衝撃の告白に混乱している間にも、ジョアン君の言葉は続きます。
「最初は、普通におっちゃんのことすごいな、かっこいいなって思ってたんだ。それだけだったんだけど。おっちゃんがお仕事がんばっているのを見てるうちに、すごく気になって、見てると胸の中があったかくなって。ドキドキして、目が離せなくなってさ。そんで気づいたんだ。俺、おっちゃんのことが大好きだって。おっちゃんに抱きしめてもらいたい、おっちゃんとキスしたい。一生おっちゃんと一緒にいたいって。本気で思うようになったんだっ!」
ジョアン君の告白を聞くほどに、私は理解させられます。どうやら、本当にジョアン君は私のことが好きなようです。恋愛的な意味で。
「あの、ジョアン君?」
「おっちゃんが駄目って言っても、俺の気持ちは変わらないからっ! 好きだって気持ちは、おっちゃんにだってどうにもできないんだからなっ!」
「えっと、まあ、それはここ最近つくづく思い知っておりますので」
ここ最近、妙に女性にモテているせいで、ジョアン君の言い分を違和感なく受け止めることが出来てしまいました。
しかし、思いを受け入れるわけにはいきません。
「よく聞いてください、ジョアン君。私は大人で、ジョアン君はまだ子供です。そして私達は男同士です。愛し合うには、あまりにもハードルが高いと言えます。分かりますか?」
「いいよ、大人になるまで待つし! それに男同士がダメなら、女の子になるし!」
そこまでですか。女の子になるとまで言いますか。
しかしそれでも、私は受け入れるわけには行きません。さすがに明らかな子供、しかも男の子と愛し合うのは問題がありすぎます。私自身の倫理観だけでなく、世間体としても難しい部分があります。
ですので、適当な理由をつけてジョアン君を説得します。
「まずですね、ジョアン君。男性が女性に性転換する技術など存在しません。ですので、ジョアン君を私が受け入れてあげることは根本的に不可能です」
女の子のような外見をしていればその限りではないのですが、今はそんなことを言うわけにはいきません。黙っておきましょう。
「それに、大人になるまでと言ってもこれから何年もあります。私のことを想ってくれるのは嬉しいですが、それだけを考えていてはいけません。君にはまだまだたくさんの可能性、未来があります。私だけを想うというのは、その可能性を閉ざすことにもなるのです。そして私は、ジョアン君の可能性が閉ざされることを望んではいません」
私が言うと、ジョアン君は何やら考え込むような仕草を見せます。
「うーん、よく分かんない」
まあ、そうですよね。子供にこねる屁理屈としては少々小難しい話でしたね。
「でも、おっちゃんが俺のためにそうしろって言うなら、頑張る。ようするに、今は頑張って強くなれってことだろ? なら、俺頑張るよ! そんで、強くなって大人になって、女の子になったらまたおっちゃんに好きって言うんだっ!」
「はい、そうしてください。その時はちゃんと真剣にお答えしますよ」
女の子になるなど不可能なので、私は安心してジョアン君と約束します。これでひとまず、一人の少年が私のようなおっさんの毒牙に自分からかかりに来るような事態は避けられるはずです。
その後は、さらに数回の魔物との戦闘をこなし、ダンジョンから撤退することになりました。その最中、ジョアン君は普段どおりの様子に戻ったように見えました。
安心して子供達を見守りながら、私達はマルチダンジョンから撤退しました。
撤退後、孤児院へ帰る道中。子供達を後ろで見守る私の方へと、ジョアン君が歩みを緩めて並びに来ます。
「おっちゃん、今日はありがと。俺、約束守るから。おっちゃんも約束守ってくれよな?」
「ええ、当然です。約束は約束ですからね」
まあ、まさかジョアン君が性転換するようなことはありえませんからね。約束を守るような事態に陥ることが無いわけですから、何を言っても問題ありません。
最近、似たような思考回路で何度か失敗したような気もしますが、気がするだけですし問題は無いでしょう。
「それと、やっぱ大人になるまでって、ちょっと長いだろ?」
「はい、それは確かに」
「だから、ご褒美の前借りっ! なあおっちゃん、ちょっとしゃがんでくれ」
「前借り、ですか?」
私はジョアン君に言われるがまま、しゃがんで頭の高さをジョアン君と同じぐらいまで下げます。
そして次の瞬間。
ちゅっ、と私の頬に柔らかい感触が伝わってきました。
「へへっ。今は俺、これだけでいーよ。でも大人になったら、もっとキスするもんねっ! ぜったい、約束だからね、おっちゃんっ!」
それだけ言い残して、ジョアン君は先に行った子供達の方へと駆け寄っていきます。
私は唖然としながら、そんなジョアン君の背中をただ見送ることしか出来ませんでした。