15 ニューハーフ魔法
どう見ても女性の、声だけ松里家君の何者か。その人は、ごく自然なことのようにこちらへと歩いてきます。
「遅かったね、松里家くん。お化粧、そんなに崩れてたの?」
「ああ。ベースメイクからやり直したから時間がかかったぞ」
「ふふ。異世界まで来て、しっかりお化粧してるのが男の松里家くんだけってのも、面白い話だね」
そして、謎の人物と聖女の三森さんは自然に会話を交わします。しかも、あたかも松里家君が謎の人物の正体であるかのように。
「あの、金浜君」
「はい?」
「彼女は、いえ、彼ですか? どちらにせよ、何者なんですか?」
「あれ、乙木さんは知らなかったんですか? あれが勇樹ですよ。松里家勇樹。なんでも、ある目的があるからって、変身魔法に改良を重ねて、ニューハーフ魔法とかいうものを作ったんだとか。それ以来、普段はニューハーフの姿で生活してるんですよ」
衝撃の事実を知らされました。ニューハーフ魔法。まさか、そんな魔法があるとは。
いえ、松里家君が改良して作ったのですから、無かったのでしょう。
存在しなかった魔法を編み出してまで、何故女性のような姿に。そう問いそうになり、すぐに口を噤みます。
何しろ、原因に心当たりがありましたから。
「おや? 乙木さんもいらしてたんですか! そうならもっと化粧に力を入れてきたんですが」
「そ、そうですか」
「この姿じゃわかりにくいかもしれませんが、僕です。松里家ですよ。ほら、目元なんかに元の僕の名残りがあるでしょう?」
と言われて観察してみるものの。とっさには見分けが付きません。完全記録スキルを駆使してかつての松里家君の顔と比較し、かろうじて分かる程度。
どう見ても、女性の顔です。化粧をした男とは一線を画する女らしさがあります。
「これであの時の約束、果たしてもらえますね?」
「約束と言うと?」
「とぼけないで下さい。僕が女性らしくなればオーケーだと言ったのは乙木さんではないですか」
松里家君に言われ、確定します。やはり彼が魔法で姿を変えてまでやりたかった事とは、私との性行為。
いつだったか、松里家君に好意を告げられた時の話ですね。完全な男性相手では無理だ、という話になったはずです。
だからこそ、彼は逆転の発想で自分が女のようになればいい、と思ったのでしょう。その為に、ニューハーフ魔法なるものまで開発し、姿を変えた。
「約束、守っていただけますね?」
ずい、と松里家君の顔がこちらに迫ります。気づけば、松里家君は自然と私の隣の席に座っています。逃げられません。
そもそも約束をしたわけでは無かったような気がします。しかし、女らしければイケる、と言ってしまったのも事実。
「そ、それについては後ほど話しませんか。今はそういう話をする場ではありませんので」
「確かに。これは失礼しました」
ひとまず、話を反らして誤魔化します。
今のうちに考えておきましょう。実際のところ、松里家君と性行為に及べるかどうか。
声は完全に男ですが、体に関してはシュリ君以上に女性的です。裸になれば、イケなくもない気はしてきます。
しかし、声は完全に男なんですよね。
いざ行為に及ぼうとなった段階で、戦意喪失する可能性もあります。
となると、安易に松里家君と行為に及ぶわけにはいきません。せっかく努力してまで得た身体が受け入れてもらえないとなれば、相当なショックでしょう。
結果的に傷つけてしまうとすれば、行為に及ぶのは避けるべきでしょう。
「で、何の話をしていたんだ?」
「ちょうど、乙木さんにみんなの自己紹介が出来たところだよ。内藤のことも話した」
「そうか、それなら話は早い」
松里家君は頷き、金浜君から話の進行を引き継ぎます。
「さて、今日集まって貰った本来の目的は、今後について話し合う為だ。そこに乙木さんが居てくれるのは、非常に都合が良い」
「今後って、何かすんのか?」
東堂君が訊くと、松里家君は首を横に振ります。
「こちらから大きな動きを取ることは無い。内藤組を刺激するのも、王宮を刺激するのもまずい。まずは僕たちの活動を支える何か、下地が必要だ」
「王宮って、いっつも言ってっけど、そんな警戒するもんかね? 良くしてくれてんじゃん。戦争には駆り出されるけどさ。俺らからしたら楽勝な相手ばっかだし」
「アホかお前は」
東堂君が反論しますが、それに松里家君は呆れたような声を漏らします。
「何度も言ってるが、今が良ければ後々も同じだ、とは限らんだろう。既にクラスメイトが何人も王宮側に付いている」
「そりゃ、良くしてくれる貴族さんのとこに居た方が色々いい思い出来るわけじゃん?」
「そしてお返しに、と多少の無理な願いでも聞いてしまうわけだ。国の陣営に付く、というのはつまり使い潰されることでもある」
「そこまでするかね、この国が。今んとこ、常識的だし。変なことして、俺らと敵対するのも良くないって思うんじゃねーの?」
「だから僕らを孤立させているんだろう。個別の貴族に僕たち勇者を分離させれば、少なくとも団結することは出来ない。使い潰す為の下準備が出来ていると言っても過言じゃないな」
「ふーん。ま、俺は疑いすぎだと思うけど」
納得しないながらも、東堂君は話を切り上げます。これについては、話し合っても埒が明きませんからね。結局は、信用するかしないか、という話に尽きますし。
「何にせよ、僕らは団結し、目下内藤組の脅威に備えなければならない。そのためにクラスメイト全員に当たったが、集まったのはこれだけ。王宮内でも味方となりうる勢力を求めてみたが、芳しくない」
「そりゃ全員敵だって思ってたらなぁ」
「おい陽太」
松里家君に小言を言う東堂君と、それを制する金浜君。
見る限り、こちらの勢力も一枚岩というわけでは無さそうですね。内藤君の不審な動きに対する脅威ありきで集まった烏合の衆、と言ったところでしょうか。
そしてだからこそ、松里家君は動いたのでしょう。こうでもしなければ、組織だった纏まりを作ることは不可能そうですし。
「そこで、次にやるべきは外部、つまり王宮の外の勢力を頼ることだ。本来は、どこでどういう勢力と接触するかを話し合う予定だったが。幸い、今日は乙木さんが居る」
その言葉で、私へと皆さんの視線が集まります。
「どうでしょう、乙木さん。貴方がこれからやろうとしていることについて、教えて頂けませんか? その内容によっては、僕らも協力できる部分があるかと思います」
なるほど、そういう流れですか。
ここは求められた通り、お話しましょうか。私の近況について。





