11 クズエピソード
逃げることもままならないとなれば、出来ることは一つしかありません。
それは、七竈さんの好意自体を無に返すという手段。私が嫌われてしまえば、もうストーカーされることもありません。万事解決です。
そして都合の良いことに、今日の私は女性に嫌われるには非常に便利なエピソードを抱えています。
そう、何人もの女性を勘違いさせ、嫁に貰う予定である件についてです。しかも私は、煮え切らない態度で全て保留しています。こんなことをバラしてしまえば、あっさり嫌われるに違いありません。
「残念ですが、七竈さん。隣に居てもらうわけにはいきません」
「えっ、どうしてですか!」
ショックを受けた様子の七竈さん。この調子で、七竈さんに現実を突きつけていきましょう。
「実はですね。私はすでに、結婚をする予定なのです」
「っ!」
「しかも、四人も。なので、隣に七竈さんを連れて行くことは出来ないんですよ」
「そう、ですか」
目を見開く七竈さん。ショックを受けている、ようには見えませんね。何やら様子がおかしい。
「さすが、私の愛しい人。すでにそんなに多くの女性を幸せにしていたんですね!」
まさかの、肯定的な解釈。
「あの、四人と結婚するんですが。いいのですか?」
「はい? 何がですか?」
「四股をかける上、七竈さんは嫁に含まれません。それでも、受け入れられますか?」
「はい。貴方様の優しさが、一人の女性だけで受け止めきれるものでは無いというだけですから。それに、私は妻より上の立場ですよね? だったら、嫉妬なんてするはずありません」
「な、なるほど」
妻より上とは何なのか。
理解に苦しみますが、しかし七竈さんとしては問題無いようです。こうなると、もはや理屈ではありませんね。そういう怪奇現象として七竈さんの存在を受け入れる他ありません。
しかし、引き下がるわけにもいきません。さらなるクズエピソードで、七竈さんに嫌われてみましょう。
「しかし、四股だけではありません。実は、そもそも私は妻と結婚するつもりすら無かったのです。ただの勘違いで、女性を四人も捕まえてしまったのです」
「さすがです! それだけ魅力溢れる貴方様ですから当然ですね!」
「その上、私は勘違いについても黙ったままです。つまり、女性を騙して結婚しようとしているのも同然なのですよ」
「何を言うのですか! 貴方様と結婚できるなら、騙された方が幸せというもの。嘘を吐く優しさも時には必要です! さすが、私の愛しい人ですっ!」
ふむふむ、なるほど。
何を言っても、意味はなさそうですね。
私はしばらく言葉を失って、呆然としてしまいます。そして少し経ってから気を取り直し、ようやく一言。
「ふむ。なんとなく、七竈さんという人が理解できたような気がします」
「嬉しいです、愛しい人っ!」
感極まった様子で、七竈さんは私に抱きついてきます。
要するに、七竈さんは私の全てを全肯定する怪奇現象そのものです。
つまりそういった性質を逆に利用してやれば、物事を上手く運ぶことも可能なはずです。
「しかし七竈さん。やはり貴女を隣に連れて行くことは出来ません」
「な、何故ですかっ!」
「愛ですよ」
「愛、ですか」
私が意味ありげに言ってみせると、七竈さんは真面目な顔で話を聞く体勢に入ります。このまま適当な理屈をでっちあげ、説得に入りましょう。
「愛の形というのは、行動で表現されます。しかし、いつも隣に居ることだけが愛の形ではありません。何故なら七竈さん。貴女自身がそうなのですから」
「私が、ですか?」
「ええ。隣に居ることが愛の証だとすれば、今まで隣に居なかった七竈さんは、私を愛していなかったことになります」
「っ!」
何かに気付いたように、ハッとする七竈さん。私は意味ありげに頷いてみせます。もちろん、その頷きには実際のところ何の意味もありません。
「そして愛は障害があればあるほど燃え上がる。距離や恋敵を乗り越えた時こそ、その愛はより深い愛なのだと証明できるのです」
「つまり、私にもそうやって愛を示せ、ということですね?」
「私は、何も指示しません。選ぶのは、七竈さん自身ですよ」
最後は、責任逃れの言葉で締めます。しかし意味ありげな言葉と態度が功を奏したのか。七竈さんは、すっかり騙されてくれた様子です。
「わかりましたっ! これからも、今までどおりでいきます!」
「はい、お願いします」
これで、七竈さんは今までどおり、王宮で私を待ち続けてくれることでしょう。
と、思ったのもつかの間。
「今日から私は、貴方様の最愛の人に相応しく、陰ながら見守り続けますっ!」
見事に七竈さんは、私の予想を覆してくれます。
とは言え、ストーカーに隣を占拠されるよりはマシでしょう。実際、日本に居た頃もストーカーによる実害は無かったわけですし。常に監視されているという事実さえ忘れてしまえば、何の問題も無いと言えます。
つまり作戦は成功。私は見事、七竈さんを撃退したも同然なわけです。
「では、七竈さん。私はこれから用事があるので」
「はい、貴方様。私も陰ながら、見守っていますから」
こうして、私はこの場を離れます。
七竈さんは『超加速』のスキルで一瞬にして姿を消し、どこかに身を潜めたようです。すでに、どこにも見当たりません。
背筋に走る妙な寒気に気づかないフリをしながら、私は応接室へと戻っていきます。





