10 ストーカー
七竈さんについて、すこし考えてみます。
会計時の私の一言で、私に一目惚れをした、とのこと。優しくされたのが嬉しかった、と。まあ、こちらとしては業務上やらなければならないことをやっただけなのですが。
しかし、そうした言葉がふと心に沁みることもあるのでしょう。世の中誰もが健全な日々を過ごせるわけではありませんからね。心が荒んでいる時であれば、たとえコンビニ店員の一言でもグッと来るのかもしれません。
と、考察してみましたが。どっちにしろ違和感というか、不可解さは拭えません。
降って湧いたような不自然な好意というのは、正直嬉しさよりも不気味さの方が勝ってしまいます。こうして説明を受けても理解出来ない場合は、特に。
ここは、神経を逆撫でない方が良いでしょう。七竈さんを刺激しないように配慮しつつ、より詳しく話を聞き出します。
「では次の質問です。ずっとお待ちしていた、というのは何故ですか? 私を王宮で待っていたのですか?」
「はい。貴方様を裏切った私は、もうお側にいる資格は無いと思いました。なので、貴方様が私を許し、迎えに来てくれるまでは近づかないと決めていたのです」
「ええと、その裏切りというのは?」
「召喚された日のことです。私は、口下手なあまりとっさに何も言えず、追放される貴方様をかばうことができませんでした」
確かに、あの日の私は公開処刑のようなことをされました。それを庇わなかったとなれば、罪悪感を覚えるのにも頷けます。
「しかし、だからと言って側にいる資格は無い、とはどういうことですか? それに、迎えに来てくれるまで、というのもよく分からない理屈ですね」
「言葉通りの意味です。私はいつも貴方様の側にいました。でも、罪を犯した私はもう側にいてはいけなかったのです」
ほうほう、いつも側に。
急に背筋に寒気が走ります。
「その、いつも、というのはどの程度の話ですか?」
「っ! ご、ごめんなさい愛しの人! 本当なら、二十四時間いつでもどこでも貴方様の側にいたかったんです! でも、学校に通いながらだとお昼休みと放課後から日付が変わるまでが限界で、一日の半分も一緒に居ることは出来ていませんでした!」
申し訳なさそうな顔で、頭を下げる七竈さん。しかしまあ、申し訳ないと思うならむしろ放っておいて欲しいですね。
つまり話を要約すると、こうです。
七竈さんは、ある日突然レジで挨拶をしてくれた私に一目惚れした。
それ以来、お昼休みや放課後の間はずっと私の側にいた。
ですが、私は七竈さんの姿に見覚えがありません。
となると、七竈さんは私の近くに居ながら、私に見つからないように姿を隠しつつ、私を監視していたことになります。
ストーカー、というやつですね。
「正気ですか?」
「はい? 私は、いつでも正気で、本気です!」
両手でグッとガッツポーズをする七竈さん。可愛らしい仕草ですが、そんなもので私は騙されませんよ。貴女は、紛れもなく犯罪者です。
「四六時中私のことを見ていたということは、私のことをかなり知っておいでのようですが」
「はい。愛しの人のことについては、この世の誰よりも存じ上げている自信があります! 例えば、ご自宅の鍵の予備は封筒に入れてポストの裏に忍ばせて隠してあることとか、成人向け雑誌は生身の女性よりも漫画の方が好みだとか、エアコンが壊れた時に室外機を付け替えた位置が微妙に悪くて日の当たる場所だったから冷房の効きが悪いこととか」
お詳しい。普通に怖いですね、これは。
全身から冷や汗が溢れてきますが、表情には出しません。なるだけ友好的な、優しげな笑顔を浮かべるよう努めます。
少しでも機嫌を損ねてはいけません。こういうタイプの人間は、何をしでかすかわかりませんからね。
「これからも、陰ながら私の側に居続けるつもりですか?」
「いいえ。むしろ、迎えに来てくれたのですからもう離れません。堂々と、愛しの人の隣に居続けるつもりです。もう二度と、離れません!」
いえいえ、離れて下さい。とは、さすがに言えませんね。
「なるほど。しかし、今日のところはこの辺りで。私もこの後、用事がありますので」
私はその場で回れ右をして、七竈さんに背中を向けて逃げ出します。
「お待ち下さい!」
しかし、その私の前に七竈さんは一瞬にして姿を現しました。
「は、速い!」
「ええ。私は女神様から『超加速』のスキルを頂いていますから。例え世界の果てに貴方様がいたとしても、一瞬で追いついてみせます!」
ストーカーに付けてはいけないスキルが付いているようです。
超加速し、逃れることも捕まえることも出来ないストーカー。正直言って、怖すぎます。





