07 いざ王宮へ
マリアさんに指摘された問題に関しては、ひとまず保留しておいて。私は、とりあえず工場の話を進めることにしました。
後日、マルクリーヌさんから売る土地に関する手続き等がある為、王宮に来てもらいたい、と呼び出されました。
なんでも、ただ土地を売るだけですと体裁が悪いので、国へ莫大な利益をもたらしたことを賞して名誉貴族に叙爵するとのこと。
爵位は一代限りのものですが、土地は爵位ではなく褒賞として国から与えられるので、個人資産として扱われるのだとか。まあ、つまり肩書だけ貴族になるというわけです。
その関連の手続きと、簡単な叙爵式を執り行うとかで、王宮に出頭することとなりました。
で、今日がその当日。今はマルクリーヌさんの執務室で、先程説明したとおりの話を聞かされたところです。
「なるほど。で、私は今日は何をすればよいのですか?」
「とりあえず、ここで書類関連の処理を済ませてしまいましょう。午後に叙爵式があるのですが、それまで暇となってしまうでしょうし、応接室なり何なりで時間を潰していただければ。難しい式ではないので、始まる前にでも手順を覚えてもらえば問題ありません」
「なるほど」
つまり、王宮を比較的自由に見て回る時間がある、ということです。
恐らく今でも勇者たちは王宮に居るはずです。全員を戦場に駆り出すとは思えませんから、少なくとも何人かは残っているはず。
そんな勇者たちに接触するチャンスとも言えますね。
「ところで乙木殿」
「はい?」
「ついに身を固めるつもりになったらしいな?」
何を言われたのか咄嗟に分からず、私は身動きをピタリと止めてしまいます。
身体を硬化させるスキルはあっただろうか、とか関係ないことを考えてしまうほどです。
身を固める、つまり結婚。
私が受付嬢のシャーリーさんを引き抜いた話は、どうやらマルクリーヌさんにまで伝わっていたようです。
「どこでその話をお聞きに?」
「巷ではかなりの噂になっているらしいぞ。あの洞窟ドワーフが嫁を貰うらしい、とな」
自分の外見の話題性が高いという事実を、つい忘れがちになります。
なるほど、言われてみれば。町内で有名な変なおじさんがある日嫁を貰ってきた。それも三人も。こんなの、噂が立つに決まっています。
「しかし、それにしてもよく知っておいでですね。あまり街での噂などは気にしない方かと思っていたのですが」
「あまりにも話題になりすぎて、勝手に耳に入ってきたのだ。それで、よくよく聞いてみればその噂の主は乙木殿だというし。私もかなり驚いたぞ。比較的親しい友人のつもりだったが、そんな素振りを一度も見せて貰えなかったからな」
ええ。そもそも、そんなつもりはありませんでしたからね。
とは、さすがに言えません。
「はは、まあ、そうですね」
こういう時は曖昧に笑って曖昧に同意するのが一番です。何に同意したかをはっきりさせなければ、後でどうとでも言い逃れ出来るという寸法です。
「ふむ。まあ、乙木殿にとって私はそういう人に過ぎなかったということかな?」
「あー、それは、どうなんでしょうかね?」
こうして曖昧に否定するのもまた、処世術の一つです。曖昧な肯定と曖昧な否定、この二つを相手が望む返答に合わせて使い分けることで、何の答えも返さずに会話をすることが可能になります。
「こうなってしまったから正直にいうが、実は私も乙木殿の事は狙っていたのだよ」
「は?」
急にマルクリーヌさんが、寂しげな表情を浮かべて爆弾発言を投下してきます。
今の話の流れで、なぜそれを暴露するつもりになったのでしょう。そして、狙っていたとはどういうことでしょうか。マルクリーヌさんもまた、私に嫁として貰われることを計画していたのでしょうか?
謎は尽きません。私は詳細を問いたげな視線をマルクリーヌさんに向けます。
「そう困った顔をしないでくれ、乙木殿。単なる暴露話だ。今さらどうこうするつもりはない」
多分、マルクリーヌさんの想定外の方向で私は困っているのですが。まあ、説明するわけにもいきません。流れに任せて詳しい話を聞いてしまいましょう。
「いつからですか?」
「初めてお会いした日から。あの日、私の仕事を優しく労ってくれた。そんな経験は、初めてだったよ。讃えられることは数あれど、一国の騎士団長を前に初対面で労いの言葉をかける男などはいなかった。だから恐らく、一目惚れだったのだろう」
随分と、感慨深げに話し込むマルクリーヌさん。重い。話が重い。そして責任が重いです。今の私には、手に余りすぎる問題です。
「あの日から、私はつい考えるようになってしまった。何のしがらみもなく、ただ帰るだけで労い、温かい言葉をかけてくれる家があればどれだけ幸せか、と。それを考えると、急に寂しいという気持ちが膨れ上がったのだ。いわゆる結婚願望、というものを初めて意識した。そして同時に、思い浮かぶのは乙木殿。貴方の顔だった」
話を聞くほどに、マルクリーヌさんの本気度が伝わってきます。正直、私は彼女を攻略したつもりが無かったので、完全に寝耳に水です。
こうなると、嬉しさ半分、焦り半分といった気持ちになってしまいます。確かに好かれていることは嬉しいですが、どう対処して良いのか分からず焦りも湧き上がります。
「それに気付いて以来、私はずっと乙木殿を狙っていたよ。今回だって、名誉貴族となれば結婚まで一歩前進だな、と勝手に舞い上がっていたぐらいだからな」
「あの、それは何故でしょうか?」
「騎士団長ともなれば、貴族にも準ずる地位だ。名誉貴族やその子息でなければ、格が釣り合わない。そういう問題が解消されて、私に追い風が吹いてきた、と思っていたのだよ。まあ、気の所為だったわけだが」
はぁ、とため息を吐くマルクリーヌさん。
いやいや。正直、こっちだって吐きたいぐらいですが。あまりにも話がこじれ過ぎて、悲鳴を上げたくなります。