06 既成事実
最後にマリアさんに話をすると、少し難しい顔をしてこう訊かれました。
「その話、シャーリーさんにも同じようなことを言ったのですか?」
「ええ。それが何かしましたか?」
私が問うと、マリアさんは呆れたように息を吐いてから説明してくれます。
「はぁ。乙木様は常識に欠けるところがあると思っていましたけれど。こればっかりは少し良くありませんわね」
「それは、なんと。詳しく教えていただきたいですね」
「ええ。成功した冒険者が足を洗って個人の店を持つ時に、自分の専属受付嬢を引き抜く。それって、普通は恋人や愛人など、女性を囲う意味を持ちますの」
言われて、一瞬頭の中が真っ白になります。
そしてすぐに再起動して、ここ最近のシャーリーさんの様子を思い返します。
「ああ、なるほど。囲っておきながら、仕事を任せたら自分はどこか別の場所へ出ていってしまうというのは、不誠実な男性に見えますね」
「見えると言いますか、実際不誠実ですわね。シャーリーさんは何と言っていましたか?」
「工場の方が落ち着いたら魔道具店に戻ってくる、と説明したら安心して頂けたようでしたね」
「間違いなく、嫁に貰われるつもりでいますわね」
なるほど、なるほど。ははぁ、そういうことだったのですか。
「この問題は先送りにさせて頂きます」
「近い内に話し合っておかないと、ひどいことになりますわよ?」
「ええ。しかし、良い案を思いつくまでは藪蛇にならぬよう素知らぬフリをするのが無難かと」
マリアさんがジト目で、私を睨んでいます。
ええ、分かっています。どう考えてもクズの所業です。しかし、さすがに知らぬ内にプロポーズをしていたというのは、対処に困ってしまいます。
「ですので、しばらくこの話に関しては秘密、ということでお願いできませんでしょうか?」
「まあ、仕方ありませんわね。無駄に状況を掻き乱しても、混乱するだけですもの」
そう言って、マリアさんはまた溜息を吐きます。
「そもそも、乙木様ほどの甲斐性があれば、三人共を囲っても何も不自然ではありませんけれど。覚悟を決めてもらうのが、正直言って一番の解決策ですわ」
「あの、待って下さい。三人というのは何の話です?」
私が言うと、マリアさんのジト目がさらに鋭くなります。
「私と、シャーリーさん。それに有咲さんですわ」
「有咲さんまで、ですか?」
「世間的に見れば、乙木様はシャーリーさんを囲ったわけですもの。そのシャーリーさんと同格か、それ以上の立場で同じ店を任せているのですから。普通は、全員を愛人として囲っているものと見られますわよ。実際、私も今日つい先程までそう考えていましたわ」
なるほど。元冒険者という肩書きはそういう風に見られるものなのですか。流石に現代日本と感覚が違いすぎて、予想だにしていませんでした。
「中でも、有咲さんは私とシャーリーさんよりも付き合いが長いですし、スキルの関係とは言え最終決定権をお持ちですから、てっきり正妻としてお迎えするものかと思っていましたもの。今日になって『工場に集中するので店は任せた』と、絶縁状のようなことを言われて、正直かなり動揺しましたわ」
「いや、本当になんといいますか、すみません」
とにかく、こればかりは謝るしかありませんね。
「まあでも、そんな乙木様を支えていこうと決めたのですから。こうして既成事実が出来たのは良いことだと思わせていただきますわ」
「え、あの、私はまだ結婚をするつもりは」
「これで私たちを愛人としても囲って頂けないとなれば、逆に私たちが問題のある女だと世間に思われてしまいますのよ? その責任、とって頂けますよね?」
確かに、マリアさんの言うとおりです。私が私の都合で行動した結果、三人の悪評を流すことになるのは良くありません。
下手をすれば、その悪評が原因で結婚出来ない、という状況だってありえます。
まさか、このような形で問題が発生するとは。予想外の事態ですが、しかし対処しないわけにはいきません。
「すみません、この件については保留で」
「ええ。良いお返事、お待ちしておりますわ」
マリアさんは、最後だけニッコリと、満面の笑みを浮かべて言いました。
どこか威圧的な笑顔に見えるのは、私の気の所為では無いのでしょう。