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8. 仮説と検証

「さあて、早速聞き込みを始めるわ!」


 早朝、わざわざソフィアはいつもより早く教室にやってきていた。もちろんレオも一緒である。


「あの、誰に聞けばいいか分かってますか?」

「被害者に聞けばいいじゃない、目が覚めたという人のところに行けば事情は分かるはず!」

「その被害者がどこにいるか、分かってますか?」

「あ……」


 授業開始の一時間前に来ては、人もほとんどいない。修練場で朝から鍛錬をしているという人は少なくないが、そもそもそんなところに話しかけられる知り合いはいない。貴族の息子たちと特別入学の平民くらいしかやっていないからだ。

 ある意味独立勢力とも言える変人二人には、当然知り合いは少ない。

 その事実にようやく気がついたソフィアは、焦ったようにオロオロと辺りを見回し始めた。


「昏倒した人たちは、学園の病室に運ばれているはずです。外に情報が漏れていないならいるところはそこか自室くらいしかありません」

「そ、そうね。私もそう思っていたところだったわ!」

「それが本当ならいいのですが」


 ともかく、病室の位置は二人とも知っている。この学園では戦闘実技の授業がある。よく怪我が起こるその授業では、多くの人が病室に運ばれていく。

 ソフィアは魔術一辺倒で実技の授業にはこれっぽっちも参加していないが、従者兼護衛のレオは毎回参加している。

 学園内でもトップクラスの実力を持ってはいるが、怪我をするときはしてしまう。不慮の事故も多いため、レオにとっては病室はそれなりに馴染みのある空間であった。


 病室までそれなりに距離があるため、二人は歩きながら話す。レオは主であるソフィアから一歩引いた状態で。


「その、昨日言ってた5ダブリュー1エイチというのも、元の世界の知識かしら」

「ええ、そうです。別言語ではありますが、伝えるのに重要な六つの要素の頭文字を取ったものです」

「……報告書とかにも使える?」

「使えると思います。それにしても、報告書とは?そんなのソフィア様にありましたか?


 はっ!もしかして!ようやく伯爵様のお仕事をお手伝いしようと……」


 そこまで思い至り思わず感激して涙まで出てきてしまう。

 あのお転婆無法者と言われるワガママお嬢様がついに貴族としての自覚を持ったのだ。従者としてこれほど感激することはない。後は奔放な性格さえ直れば完璧である、とレオは思っていたのだが、


「あー違う違う。前から門限破ったりして反省文書かされてたから、それに使えたら便利だなって」


 期待を裏切られてやるせなく肩を落とした。期待したのがバカだったのだ。このワガママお嬢様が急にそんな自覚を持つなんてあり得ないと分かっていたのに。

 それに、


「あの、ソフィア様の反省文を書いてるのは僕のはずですが」

「いいじゃない、従者としての大切な役目よ」

「は、反省文の意味が……」


 追求しようとしたところで、狙いすましたかのように病室へ到着した。さっそく迷惑を全く考慮せずに扉を開けたソフィアは病室の担当医を探す。

 ここではいつでも怪我や病気などに対処できるよう、最低でも一人は担当医が駐在している。しかもそれぞれが回復魔法のエキスパートである。


「失礼するわ、あなたが今日の担当医ね」


 丸椅子に座って怪我人に回復魔法をかけていた女性に、ソフィアは躊躇うことなく話しかけた。


「少し後にしてくれませんか?今治療中ですので」

「ソフィア様、ここは従いましょう。迷惑ですよ」

「……ふんっ、分かったわ」


 それからしばらく時間を潰していると、ようやく怪我が治ったらしい朝練をしていた生徒が不思議そうに二人を見ながら病室を出て行った。

 ちなみに今の怪我人は最上級生でソフィアと同じ伯爵位の人物である。剣の実力もかなりのもので、レオはワガママを言いそうなソフィアにソワソワドキドキしていたりしたわけだ。


 そんなレオの不安に全く気付いていないソフィアは、担当医に改めて話しかけた。


「少々よろしくて?」

「あ、はい」


 女医は茶髪のボブカットにメガネをかけた大人しそうな女だった。目の前の危険の塊にどこか怯えているように見える。


「貴女は最近、幽霊騒動で次々に生徒が昏倒しているのを知っているかしら」


 単刀直入な質問に対してしばし理解するのに時間がかかった後、再び女医は作動した。


「ああ、そのことですか。それなら学園長の方から口止めされて……あ、」


 咄嗟に口元を押さえるがもう遅い。ソフィアは意地の悪い表情で、もう少し聞かせてもらおうじゃない、などと悪役っぽいセリフで脅したのだった。




 伯爵令嬢権限で運び込まれた人たちの情報をもらったもとい強奪したソフィアは、教室に戻ってそれぞれを見比べていた。もちろん紙によるメモである。


「この情報を見る限り、時間帯は夜で間違いなさそうね。あら、教師の名前まで載ってる」


 最後の部分に教師であろう名前が記されていた。名前を見ても分からなかったが、立場は教師と書いてあったのである。

 しかし、被害者は分かっても、肝心なことが分からなければ意味がない。


「ここで起こっているのかはマチマチだけど」

「大まかな位置から修練場と寮を結ぶ地点のどこかだと思われます」

「……ふふん、今言おうとしたのに。これで『いつ』『どこで』は判明したわ。『いつ』の仮説も当たっていた」


 5W1Hの順に並べた項目に記入していく。これで空欄は『誰が』と『なぜ』の二つだけだ。


「この『誰が』という選択肢も、自然現象の可能性はずっと小さくなったわ」

「そうですね。この道は多くの人が使います、夜限定で幅広い範囲に起こるとは考えにくい」

「なら今回の事件は、人為的なもので確定、かぁ」


 三つ想定した可能性のうち二つはほぼあり得ない。ソフィアは後は犯人を特定するにはどうすればいいかを考え始めていた。


「確定というわけでは……」

「確定よ!だって魔物も自然現象もあり得ないと判断したじゃない!」

「えっと、可能性は低いだけでないとは言い難く……」

「とにかく!人為的なものと判断して調査と推理を進めていくから」

「は、はい」


 レオとしても問題はない。仮説は一番確率が高いものを選べばいい。現状人為の可能性が高いのだから、それで進める分には問題はない。


 学園で使われる修練場は、授業とは別に常に開放されている。来るも自由、帰るのも自由。人数が多く鍛錬できるスペースすらないことが多いため、中には個別で予約を取ったり、深夜にやってくるものもいる。


「犯行現場は全て深夜だわ。この寮と修練場の間を張り込みすれば、犯人は確実に見つけられる」

「……それにしても範囲が広いです。それに、これくらいなら教師陣たちも分かっているはず」

「情報を持っていたら当然推測できるものね。ずるいわ、私たちはこんなに苦労したというのに」

「いや、大した労力じゃありませんって」


 人為を仮説として考察しているが、レオは違和感を拭えない。『なぜ』の部分が論理的に説明できていないからだ。


(なぜこんな広範囲で人を昏倒させる?被害者に共通点はなにもなかった。それにこの道は何か物事を隠すには人がよく通るせいで都合が悪いはず。あえてリスクを冒す必要はないというのに……。それに、数日昏倒する、というのも引っかかる)


「レオ、まずは下見よ!怪しいところがないか調べるわ!」

「あ、はい。今行きます」


 スパイにしては雑すぎる犯行のせいで、人為によるものと決めるのは間違いのような気がしてきたのである。


(これは、魔物か自然現象の方が可能性は高いかもしれない)


 レオは先に行ってしまったソフィアの後を追って走り出した。





「どう、レオ?何か違和感はある?」

「いえ、ありません」


 寮から修練場まで、二人は道を辿る。教室からわざわざ寮に戻ったのは手間ではあるが、どんな可能性を見逃すか分かったものではない。


「そう、レオの目でも見つからないのね」


 レオの目は特別だ。目に限れば視力も注意力も隔絶した性能を誇る。その精度たるや、わずかな傷さえ見逃さない。戦闘面でも使えるこの目は、探偵を営む二人にとっては使い勝手のいいものだった。


「ソフィア様はどうですか?」

「魔力残滓は見つかっているわ。でも満遍なく散らばっているの。たぶん鍛錬の一つとして日常的に強化の魔術をかけている人がいるからだと思う」


 ソフィアは逆に、戦闘などのセンスは皆無だが、魔術に関しては天才である。その天賦の才は学園でも知られており、これはソフィアがどの派閥にも属さない独自勢力を維持できている理由でもある。

 大抵は侯爵や公爵などの有力派閥に属して従うのが普通の貴族社会で、伯爵でありながら独立を維持するのは稀有なことなのだ。

 もっとも、彼女の場合は変人と呼ばれて近寄られないという理由もあったりする。


 魔術の天才ソフィアは様々な術式を使うことができる。それに加え科学の世界からの転生者であるレオの知識のおかげで、特殊極まりない魔術の使い手だ。

 このように、魔力の存在を可視化することくらい朝飯前なのである。


「魔力の濃いところはありませんか?」

「ええっと……」


 人が五人は横に寝転がれるような広い廊下を歩く。

 しばらくして、T路の曲がり角付近でソフィアは止まった。


「ここが一番魔力残滓が多いところ。情報にも、前回ここで倒れていたと記されている。何か気付いた?」


 レオがあたりを見渡す。

 ここを含めた廊下はある程度頑丈にできているため早々壊れることはない。しかし戦闘すれば後はつく。

 何箇所も、レオは違和感を見つけていた。


「ここ、見てください。焼け焦げた跡があります」

「あら、ほんとうね。魔術でも使ったのかしら」

「それにあそこ。あそこも焦げてます。これらから判断するに、戦闘があったようですね。」


 他にも何箇所も焦げ付いた痕が残っている。一番大きい魔力残滓ということは、ここで教師が何かしら戦闘になったであろうことは明白だった。


「使われたと思われる魔術は分かりますか?」

「焦げるということは……属性区分では火か光のどちらか。一般的には熱の概念みたいなものは魔術では使用されない。

 それで、焼け焦げた痕は掌を開いたくらいの円状、これなら球状ではなく棒状の魔術。これらから考えられる魔術としては、槍系か直上放出系。

 球状の魔術を使わなかったということは、相手もそれなりのスピードで動いている、ということかしら。壁系は壁や床に影響を与えにくいものね」


 ややこしい言い方をしているが、考えられるのはファイア(炎)かホーリー(光)のスピア(槍)かバースト(放出)という意味だ。


 なまじ科学知識や特殊な分類系統を覚えてしまったせいで、ソフィアの魔術に関する説明はレオ以外には誰も理解してもらえない。

 魔術などの授業を聞いていないのもそのせいである。


「炎と光、ですか。相手が人だとしたら、かなりの手練れだと思われます。これだけの魔術を行使したのにもかかわらず、誰にも見つかることなく犯行をなしているのですから」

「確かにそうね。それに……妙な気がする。土や水の属性の魔術を使う方が確実に相手を捕らえられるのに、その形跡は見当たらない。使った魔法が火と光だけなんて、不自然……」


 スパイが火や光などという発光源を魔術に用いるというのは非常に考えづらい。たとえソフィアでも、使うのは闇の魔術だ。闇の魔術は痕跡を残さない。その唯一性だからこそ、ほとんどのスパイが身につけている。


「教師側が人に知らせるために火や光の魔術を使った、というのはどうかしら」

「それならもっと音を轟かせると思います。それに、たとえその二つの魔術を使ったとしても、土と水の魔術も使うに越したことはないでしょう。

 倒れているのを助けたのは、その後に通りがかった生徒です、普通に考えてほとんど証拠隠滅の時間はない」

「私ならできるわ」

「ソフィア様は例外中の例外です。それに」

「それに?」

「この周囲に違和感はない……隠し扉などという、いかにもスパイが使いそうなところは確認できません」

「ここにはないかもしれないけど、近くの部屋にはあるかもしれないわ」

「そうですね、一応調べたいところですが……」


 この付近は特別教員など、危険ではないが複雑な魔術実験室が多い。おそらく二人の立場では入るのに時間がかかってしまう。


「じゃあどうすればいいのよ」

「この仮説は、手詰まりですね」


 二人は廊下で、立ち往生することになってしまった。

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