7. 初めての探偵っぽい推理
当たり前のことでも、紙に書けば意外と盲点は見つかるものです。
今日も二人は、サロンの隅を占拠していた。
「ねぇレオ。私、いいこと思いついたの」
「いいことですか?……やめておきませんか、ソフィア様が言ういいことは本当に良かった試しがありません」
真面目に答えたのにもかかわらず、当の本人は不満顔であった。当然である。彼女が思いついたいいことは、それが良かれ悪かれ必ず実行される。
それを否定するのは従者であるレオには越権行為とも言える。
「なによいいじゃない、私たちの探偵活動を大いに広めるチャンスなのだけれど」
「どうせ噂の幽霊騒動の真相を解き明かそう、なんて思ってるんじゃないですか?」
「よく分かってるじゃない、さすがレオ」
ソフィアの思考回路は単純である。前から熱中している探偵活動に相応しい事件ならいつでも首を突っ込むのだ。
故郷である領地では大した事件も起こらず平和だったのだが、王都に来てギルドを知ってからはいつでもレオは巻き込まれていた。
だからこそこの幽霊騒動の話を聞いた時から、レオはこうなることを予測していたりする。
「ですがソフィア様、すでに事態は大きくなってます。学園側が動いているはずじゃないですか」
「だからこそよ!」
ゴンナ亭でもやったように、テーブルをバンと叩いて立ち上がる。身を乗り出すせいで従者であるレオに顔が近すぎて、思わず身をたじろがせる。
こんな姿も定期的に見かけるのだが、何回見てもレオが慣れることはない。
「いい?教師たちが捜索しても未だに見つからない幽霊を私たちが退治する。それが広まれば私たちの探偵活動は学園中に広まるはず。今は噂の域で止まってるけれど、解決してる頃には学園中に幽霊騒動は知れ渡っているのだから」
一理ある、とはレオも思う。探偵という概念は理解されないかもしれないが、事件の解決者としては一躍有名になるだろう。他学年にも広まるかもしれない。
だが、レオはソフィアとは決定的に違うところがあった。
「別に有名にならなくてもいいじゃないですか、細々とやりましょう、ね?」
レオは探偵活動はやめたかった。レオは毎日毎日外を連れまわされて大変な思いをしている。ソフィアが起こした問題の尻拭いはいつも彼がしているのである。
それに、何か大きな事件に巻き込まれて拐われたり、最悪死んでしまえばソフィアの父親である伯爵が黙っているはずがない。
責任を取らされるのは目に見えているからこそ、保身という意味でも活動は自粛してほしかった。
「ダメよ、そんなのじゃいつまで経ってもペット探ししかできない。これはチャンスなの、大いなる事件を解決するための第一歩なんだから。絶対逃しちゃダメなのよ!」
「は、はぁ……」
こうなってしまってはもう後には引けない。主であるお嬢様の言うことは絶対なのだから。レオとしては、後は何も問題が起きないようにフォローするしか選択肢は無くなっていた。
「それじゃあ、まず状況の整理をするわ」
必要なのは現状の確認。いま知っている情報を擦り合わせ、足りない部分を特定して聞き込みや現場観察で補う。それが探偵の基本である。
「今分かっていることは、幽霊が出ること、そして幽霊に襲われた人たちはみな数日間昏倒してしまうこと。他にはないかしら」
「そうですね……事件が起きたのは二週間ほど前と聞いてます。それに襲われた人たちはその前後の記憶を失っています」
「ふむふむ」
紙に情報を書き込んでいく。この世界では紙はある程度貴重品ではあるのだが、お金持ち伯爵の令嬢は惜しげもなく使っていく。
「ダメね、これじゃあ分からないことが多すぎてどうすればいいのかさっぱり分からないわ」
情報を書き出したソフィアは、まとめられた髪を見て頭を抱えた。これだけの情報ではちっとも事件の真相は見えてこない。
「そのための調査じゃないですか」
「でも、何を調べればいいの?これだけの情報だとそれすら分からないわ」
ソフィアが言っていることも分からないわけではないだろう。実際、他の誰もこれ以上のことは分からないから解決にまで至っていないのだ。
「調査すべきものを特定する方法なのですが……」
「なに、そんな都合のいいことあるの?」
信じられないと言わんばかりに突っ伏したソフィアはレオを見上げる。本来なら可愛らしいはずのその仕草も、鋭い眼光のせいで威圧感しか与えない。慣れているレオは苦笑いして身体を起こすよう促した。
「情報を5W1Hで整理しましょう、きっとそうすれば見えるはずです」
「5ダブリュー1エイチ?なにそれ」
「『いつ』『どこで』『誰が』『何を』『どうした』、そして『なぜ』という六つの要素に当てはめてみるんです。そうすれば空白の部分は調べるべきところだと分かると思います」
レオが元いた世界ではよく使われた手法である。問題の確認や何かしらの報告をするときにチェックすればいいと言われる六つの要素である。
もっとも、これは多少増えたり減ったりするのだが、それは整理していくときに加えればいいだろうとレオは考えていた。
「まず『いつ』ですね」
「いつって、ここ二週間ってさっきレオが言ったじゃない」
「それは期間ですが、何日に、何時にそれが起こったのかは分かりません。これは調べるべきだと思われます」
「……言われてみれば、分からないわ。でもそれが関係あるのかしら」
「それは分かりかねますが、知らないよりかは知っていた方がいいかと」
少し悩む仕草を見せた後、ソフィアはまあいいわと腕組みを解いた。納得したのか、それとも考えるのを放棄したのかは分からない。
「次に『どこで』です」
「これは私も調査すべきだと思っていたわ。どこで起こったか特定しないと、大元を叩けないもの」
「あまり無茶しないでください。怪我でもしたら怒られるのは僕なんですから」
自慢げに分かっていたと言わんばかりに胸を張るソフィアを見て、レオは心配になってしまう。ペット探しなら危険はないが今回は昏倒という被害がある。あまり危ない橋は渡ってほしくない。
「次は『誰が』ね。でもこれが分かれば解決してしまうわ」
「正確には、『誰が』と『誰に』の二つだと考えられます。『誰に』は生徒だと思われるのですが、もしかしたら教師陣も被害に遭っているかもしれません」
「それは……調べる必要がありそうね。教師も被害を受けているなら、この事件の解決は難しくなる、気がする」
教師まで被害を受けていては頼りない。事件を調べている教師陣がいても、彼らが被害にあっては解決できるわけがない。なにせ事件前後の記憶は失われるのだから。
「『何を』『どうした』は簡単ね。『誰に』とかぶるけれども、人を、襲った、で間違いはないわ」
「……」
「なによ、文句でもあるわけ」
「い、いえ。しばらくはそれで考えてみましょう」
人を襲った、という考え方は襲われた側から見た視点であって、襲う側からしたら違うかもしれない。そうレオは考えていたのだが、だからといって推理が発展するわけでもない。また状況変化したら考えようと心のうちにとどめておくだけにした。
「最後に『なぜ』よね。これは……さっぱり見当もつかない」
「まあ人を襲うのなんて誰がを推測しないと分からないですしね」
「ともあれこれで調査すべきことは決まったわ、後は調べるだけよ」
必要な項目は以下の通り
・いつ…何日の何時に
・どこで…文字通り事件発生の場所
・誰が…これは推測するしかない
この三つと、『なぜ』という要素が足りない。
「あと、ある程度仮説を立てて話を進めましょう」
「仮説?」
「はい、先ほどまとめたものに仮説を加えて事件を明確化させます。例えば、こんな事件が起こるなら、『いつ』の要素の時刻は夜だと思われます」
事件をある程度分かりやすくするには便利な方法だ。間違えたのならその仮説まで遡って違う選択肢を検証すればいい。
「むむむ、そんな気がする。じゃあ『どこで』は?」
「『どこで』は考えるのは難しいでしょう。後で聞けば分かります。それより重要なのは、『誰が』の部分だと考えています」
「『誰が』?さっき特定できないって話してたじゃない」
「ええ、特定はできませんが……ある程度推測はできるでしょう」
『誰が』という要素として考えられるのはこの場合三つの選択肢に絞られる。
「人為か、魔物か、自然現象か。それくらいしか考えられません」
「……そのうち一つに対して仮説を立てて推理するってわけか、ふむふむ」
「さすがソフィア様です」
「ふふん、すごいでしょ」
鼻高く笑うソフィアはすぐに顔を引き締めた。
「私は、人為的なものだと思う」
「それは、『なぜ』?」
「こういうふうに『なぜ』に繋がるってわけね。『なぜ』、か……何かしら学園内の陰謀が見つかるのを隠すため、とかどうかしら」
「学園でそんな陰謀が起きたら大事件ですが……まあ可能性はゼロではないはずです」
この学園で陰謀が企まれているなんてことが発覚してしまえば大惨事だ。とはいえ、ここで可能性を潰すのはよくない。
「レオはどう考えているの?」
「僕は……自然現象ですね。特定の場所で意識を失わせる何かがあった。見えない段差とか、人を眠らせるガスとかが。もちろん『なぜ』の要素はたまたまってことになりますけど」
「あり得なくは、ない。一番あり得ないのは魔物の線ね。この学園に魔物が出たなんて事件は聞いたことがない」
「僕もそう思います。結界も張られている上にここは王都のど真ん中です。直接外と繋がっていない限り、魔物なんて現れることはないはずです」
ともあれ、犯人以外は聞けば分かる。もう一度聞く要素を整理してから、二人はサロンで別れて自室に戻っていった。