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5. 事件の真相

「はぁ、はぁ……まいたか。危なかった、まさかバレるとは」


 ローブの男は裏道をブツブツと呟きながら歩く。そこは彼がよく使う道だ。つい最近、とある筋から依頼されてから頻繁に使うようになった。


「あの女、とんでもない魔術の使い手だった。これはもう手に負えないか……依頼も破棄してトンズラしよう」


 早足に歩く男は目的地に向かう。いつも報告をするために使われている裏口。少し大きめで立派なそれは、依頼主がある程度裕福であることが伺える。


 男は裏口を三回、ノックした。


「おい、店主のアルバはいるか?話がある」

「あいあい……これはノージュさん。ささ、どうぞ中へ」

「うむ」


 店員と思われる男がノージュと呼ばれた男を迎えた後、裏口の扉は閉められる。そして物音は裏路地にはなくなった。


 そんな扉は、ギィと音を立てて再度開けられた。

 レオである。コッソリとバレないようにつけてきた彼は、聞き込みで魔術師の雇い主と思われる店にある程度あたりをつけていた。ソフィアはまったくあずかり知らぬことだが、そのための聞き込みである。


「やっぱり、アルバ亭か。もう少し中に入ろう」


 コッソリと開かれた裏口からは短い廊下が続き、厨房へ行く道と二階へと上がる階段に分かれる。

 これはよくある飲食店の構造で、店に店主が住むために居住空間も備わっている。


 ゴンナ亭でもなんども確認したその構造を、迷うことなく二階へと上がる。気配を殺し三つあるそれぞれに耳を当てる。


「ここは……違う。こっちか?……ここも違う。ならここか……ビンゴ!」



 耳をすませると、声がギリギリ聞こえるほどには聞き取れるようになった。


「なに!?妨害工作がバレただと!?」

「え、ええ。あの店になぜか凄腕の魔術師がいて」

「クソッなんのために貴様を雇ったと思ってるんだ!」

「とにかくあんな魔術師がいたんじゃ俺には無理です、トンズラさせていただきます」

「金は出さんぞ!」

「ええ、結構です。それじゃ」


 バタンと扉が開く。ノージュと呼ばれた男は、レオと正面で向き合った。


「トンズラなんて、させませんよ」

「っ!?」


 咄嗟に手を突き出し風魔法を行使し風の刃を放つが、目のいいレオは簡単にそれを回避。そのまま脚を回転させてでノージュの後頭部を蹴り倒した。


「グッ、あ……」


 強烈な一撃をくらい壁に叩きつけられたノージュはあっさりと気絶する。

 そしてレオは、この事件の真犯人であるアルバ亭店主、アルバを睨みつけた。


「話は聞かせてもらいました。ついてきてもらえますか?」


 アルバは静かにレオを睨み、わずかに腕を動かす。机の引き出しからナイフを取り出し刃を向ける。そして、それをレオに向かって投げつけた。


「死ねぇぇぇっ!!」

「おっと危ない」


 全ての動向を完全に見切っていたレオは言葉とは逆に明らかな余裕をもってかわす。たかがイチ料理人と従者として戦力のあるレオとの差は、歴然だった。


「ついてきてください、衛兵もそのうち来るでしょう」

「……ちくしょう」


 力なくアルバは崩れ落ちる。それをレオは背中からひっ掴み、気を失っていたノージュを肩に抱える。


 二人を抱えて重さを感じさせない足取りで、悠々とゴンナ亭に戻っていった。




「あ、レオ!……フンッ、遅いじゃない」

「お待たせしました、ソフィア様」


 ゴンナ亭についたレオは、抱えていた二人をドサリと床に落とした。

 一連の騒ぎのせいで、ゴンナ亭は店を閉めざるを得なかった。そのおかげで店の中に二人を連れてこれたのだ。ソフィアの隣でゴーシュとアンナ、それにリーナが床に倒れる二人を眺める。

 リーナに至っては恐怖と好奇心がせめぎ合うのか母親の後ろに隠れてチラチラと二人の男を覗いていた。


「そいつぁ……アルバのやつか?」


 腰が抜けて立ち上がれない男を見て、ゴーシュが気づく。何年も競合していた店となれば相手の店主の顔も覚える。今となってはアホ面を晒す、この意地の悪そうな男のことはゴーシュはもちろん知っていた。


「ええそうです。あとをつけて二人の話をバッチリ聞いてきました。こっちの気絶している彼はノージュという魔術師です。魔術を使ってきたので蹴り飛ばして意識を失わせましたが」


 お尻だけを浮かせたまま寝そべったままの魔術師は、ソフィアがツンツンとつついていた。まったくもって伯爵令嬢とは思えない行為である。


「それで、どうしますか?今回の依頼としては、この二人が原因ということで間違いないとは思います。この者たちを衛兵に引き渡すか、それとも許すか。ああ、許すにしても損害賠償くらいはした方がいいかもしれません」

「は、はぁ……損害賠償?どうやって?」

「いや、どうって言われても……」


 なんと伝えればいいか答えかねていると、ソフィアがそばに忍び寄ってきた。


「レオ、この人たち損害賠償なんて概念を持ってないと思うわ。なにせここ数年前から越してきたんだもの。それにここの客もいい人ばかりだから、事件に巻き込まれるのも初めてだと思うの」



 ソフィアの話が本当かは分からない構え、少なくともゴンナ亭はこんな事件に遭遇したのは初めてらしく、どう対応すればいいか分からないらしい。どういう請求をすればいいか、レオは分かりやすく伝えることにする。


「ゴンナ亭は彼らの行為で大きな損失をしたでしょう。それだけの金額を彼らに要求すればいいかと。なにせ損失を与えたのは彼らですから。さらにそこから謝罪料……これはその人次第ですが、請求すればいいのではないかと」

「……なんとなく分かった。割れた酒瓶や今回暴れられて発生した損失をこいつらに請求すればいいってことか。それに衛兵に引き渡すのもなぁ、せっかくのライバル店が潰れてはこっちとしても張り合いがない」


 それからゴーシュはアンナとともに損失額の算出を行おうとするも、桁数の大きい数字の計算がうまくできずに探偵二人の力を借りて完成させる。

 その間リーナはちっとも動かない魔術師ノージュのお尻を菜箸でツンツンとつついていた。


「よし、こんなもんでいいか。衛兵に引き渡されるか、この金額をうちの店に払うかしな。こっちにゃ証人に貴族様がいるんだ、逃げられるなんて思うなよ?」

「ひ、150万マーネだと……そんな金額払う余裕なんてうちにはないぞ!」

「それぞれ少しずつだったからあんまり気にしてなかったが、改めて計算してみるとここまで被害が大きかったってわけだ。衛兵に引き渡されるか?この嬢ちゃんが証言すれば一発だ」

「……分かった、飲もう」


 条件を飲んだところで、ソフィアがニヤニヤと悪巧みを思いついたような顔でアルバに近づいていく。


「アルバとか言ったわね」

「は、はい!」


 貴族令嬢が目の前にいると分かって腰が引けるアルバ。彼は別に悪くない、一般人にとって家族とはそれほどに貴い存在なのだから。


「貴方が責任を全て追う必要はないわ」

「し、しかし……」

「隣にいるじゃない、共犯者が」

「……あ、」


 隣にいる魔術師の存在に気付いたらしい。気絶している彼はゴンナ亭に直接被害を出した実行犯なのだ。当然責任は重い、アルバと同じくらいには罪は大きい。


「魔術師は貴重、この男程度の魔術師でも半分程度なら貯蓄があると思うわ。なかったら稼がせればいいじゃない。半分責任を負わせるのはこの私が認めるわ」



 結果的に、事件は平和的に解決した。損害分は全てアルバとノージュの二人で負担、トンズラに失敗した目を覚ました魔術師は顔面蒼白にしてうなだれた。どうやら彼は雇われもパーティにも組み込まれない落ちこぼれ魔術師だったらしい。唯一使えるのが、店で使った風の簡単な魔術だそうだ。


 思った以上に才能のない魔術師は、借金をこさえて人生転落していくだろう。もしかしたら奴隷落ちするかもしれない。



「ありがとな、まさか幽霊かと思ったらこんな事件になるなんて」

「ふん、依頼なのだから当然でしょう?報酬はキチンといただくから」

「ああ、その件なんだが……その、報酬がちと少なすぎると思ってな。それにリーナも来てほしいって言ってるし……」

「何か追加でいただけるのですか?」


 ためらいがちに俯いた後、決心してゴーシュは二人を見た。その右手はリーナの頭に置かれていた。


「いつでもうちに来てくれ。二人ならタダで食事を出そう」

「え、ホント!?」

「ソフィア様、うまい話には裏があると……」

「いいじゃない、貰えるものは貰っとかなきゃ!よーし、休日は毎回ここでお昼を取るわ!」

「おいおい、やめてくれ。さすがにそんなに来られたらうちが潰れちまう」

「……週に一度くらいにしておくわ」


 ソフィアは恥ずかしそうに縮こまる。その様子を見てゴーシュとアンナは二人で顔を見合わせて笑う。


「おっと、ついでに貴族様の友人も連れて来てくれよ。タダメシのついでだ、それくらいいいだろ?」


 こうしてゴンナ亭の事件は幕を閉じたのだった。



 そして、その帰り道。

 ソフィアが歩く斜め後ろに付き従うようにレオが歩く。


「これで一件落着、まさに探偵の仕事をこなしたって感じだわ」

「ソフィア様、付近の食事店の調査もアルバを捕らえたのも僕なのですが……」

「ふん、いいじゃない。事件は解決したわ」

「そもそもソフィア様はあの魔術師さえ捕らえてしまえば解決するとか思ってましたよね、アルバを運んできた時びっくりしてたじゃないですか」

「ぬぬぬ……」

「付近の食事店の調査の聞き込みも僕がしたのですが……」

「うるさい、うるさい!うるさーーい!私たちは探偵として事件を解決した、それでいいの!」

「……次はもう少し綿密にお願いしますよ」

「分かってるってば!」


 二人はようやく、探偵としての大きな一歩を踏み出したのであった。

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