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3. 待ちきれないお嬢様

 ソフィアとレオは、二日後には再び外に出ていた。外出禁止三日目なのだが、警備の目の前で堂々と脱走したのである。外出禁止は門番にまで伝わってはいないため、出てしまえば問題ない。


「あの、帰りません?ゴーシュさんたちには何か起こった時に対応するって手紙を送りましょう」

「なにバカなこと言ってるの。再犯防止は当たり前でしょ?善は急げ、ってね」

「……もういやこの人」


 早歩きで数十分歩いてゴンナ亭に訪れる。中に入ると、女将でありゴーシュの妻であるアンナが出迎えてくれた。


「すいませーん」

「あれ、ソフィアさんにレオさんいらっしゃいませ、どうしたんですか?」


 迎え入れてくれたアンナに誘導されて意外に人がいるゴンナ亭に入り、そのまま食事を注文した。そして女将であるアンナにコッソリと耳打ちする。


「『張り込み』よ。少し長く居座るけど別にいいわよね?」

「え?は、はぁ……まあ」

「それじゃあ料理を頼むわ。ここの料理、意外とクセになるもの」


 たしかにこの店の味付けは独特だ。変な味のくせに意外と悪くない。客を見る限りそれなりに人気のようだ。


「あ、僕のスープは味噌汁で」

「ミソシル?」

「あ、ソーミスープで」

「分かりました、少々お待ちくださいね」


 それから席に佇む二人は料理を待つ。レオはゆったりと、ソフィアは周囲を血走った目で見回して。


「ソフィア様、あんまり周りを見ないでください。張り込んでいるのがバレてしまいます」


 全く探偵らしくないソフィアの様子に、たまらずレオは注意する。こんなに目を血走らせては私人探してますよと言っているようなものだ。


「でもどうすればいいのよ」

「探偵は勘付かれたら終わりなんです。だから自然に振る舞うように。……そうですね、気さくに話をしてるように見せながらチラリと店内の様子を伺うって感じで」

「難しいわ、気になっちゃうもの」

「できなければ探偵にはなれませんから」

「……はいはい、やってみる」


 それから二人はたっぷり一時間店に居座っていた。

 ちょっと太ったおじさん、可愛い女を囲ったキザなオトコ、データのつもりなのか男女二人で訪れたカップル、多種多様な人たちが訪れは帰っていく。

 ゴンナ亭が人気なのは一目瞭然だった。


 ソフィアは蜂蜜たっぷりの紅茶で、レオはちょっと味の違う味噌汁で時間をひたすらに潰して張り込みする。

 しかし、この日は時間いっぱいまで粘ったにもかかわらず。残念ながら事件はなにも起こらなかった。


「そろそろ出ましょうソフィア様、今更ですが門限が近いです」

「そうね、残念だけど事件はなにも起こらなかった。もう帰るわ」


 残念そうなソフィアだが、レオとしては関係ない。無断外出がバレてしまえばまた外出禁止時間が伸びてしまう。雪だるま式に増えていきそうな禁止日数を、レオはなるべく増やしたくはない。


「そうしましょう、それがいいです。脱走したとバレないうちに帰りましょう。早く帰らないと外出禁止の期間が延びてしまいます」

「……それは困るわ。それじゃあまた来るわアンナさん」

「どうもありがとうございます」


 ぺこりとお礼をする彼女に、何か事件があったら連絡してほしいと手紙の送り先を伝え帰路につく。


「なんか、つまんない」

「探偵はそんなものじゃないですか。ソフィア様は期待しすぎです」


 転がっていたら小石を蹴ってしまいそうな態度でソフィアは歩く。彼女としては、探偵はもっと華やかかつスマートに事件を解決するものだ。それなのに今日やっていたことは、ちっともスマートには思えない。


「まあ別に、問題ないわ。でも暇を持て余すのもつまらないし、明日はギルドに顔を出すことにする。新しい依頼を見繕っておきたいの」

「いや、掛け持ちは……」

「何か文句でも?」

「……いえ、分かりました」


 明日の予定を考え始めたソフィアとは別に、レオは栄えた街並みを観察しながら歩いていく。こんな事件、展開は予想がつく。ライバル料亭の妨害といったところだろう。


「料亭は一つ、二つ、三つ……確認できるだけで王城側に五ヶ所か。うーん、入って確かめたいけど難しいな。聞き込みしたいところだけど……」


 本当なら、それがどんな料亭でどんな人が訪れるのか、きちんと確認したいところだが、今日は時間がない。


「なにブツブツ言ってるの?置いてくわよ」

「ああ、すみません」


 遅れてしまったレオは慌ててソフィアの方へ走る。

 その日はなんとか門限前に学園に着き、ソフィアお得意の脱出方法で逆に侵入して無事に寮へと帰ることができたのだった。





 翌日、外出禁止が解禁された日。授業が終わって早速、二人は学園から飛び出した。


「いい依頼はないかしら。そろそろ事件が現れてもいい頃だと思うの」

「事件、現れてるじゃないですか」

「もっと面白いものがいい!」

「んな贅沢な……依頼に出される事件なんてたかが知れてます」

「えぇい、うるさい!とにかく探しにいくわ!」


 ギルドの依頼はいくつかの種類に分かれて掲載される。重要度も優先度も高いものは掲示板に張り出され、そうでないものは本のようにまとめられた資料に載っている。

 冒険者たちはそれらを見てその日の依頼を決めていくのだ。花形はよりランクの高い者が、採集などのこじんまりとした物はランクの低い者が受注しギルドの受付たちがそれをうまく回す。


 依頼は早い者勝ちなため数がたくさんある書類も連日大賑わい、近々掲示板を増設するという話も持ち上がっているらしい。

 そんな喧騒なギルドで、二人の探偵に話しかけてくる男がいた?


「おう、レオ!久々だな。どうだ、うちのパーティに入らねぇか?」

「またダグラスさんか……毎度毎度よく懲りずに誘いますね」

「いいじゃねぇかそれくらい、オレはな、レオがいればランク上がると思ってんだ。ペット探しなんつぅ依頼で腐ってる器じゃねぇ」


 バシバシと背中を叩く大男にレオは苦笑いをする。

 2メートルにも届くかと思うその大男の名はダグラス、Cランク冒険者でギルドでは少しは名の知れたベテランである。Bランク昇格間近と言われるパーティの実力は折り紙つき。

 そして何より、ダグラスは会うたびになぜかレオをパーティに勧誘するのである。


「いえ、僕は遠慮します。お金に困ってるわけじゃないので。それに、ソフィア様が……」

「お、んぉっ!?」


 ギロリと睨むソフィアにダグラスは思わず後ずさる。それほどに鋭い眼光は強烈だった。

 ソフィアはダグラスのことは気に入らない。従者であるレオを引き抜こうとしているのだからそれも仕方のないことだろう。


「貴方、またなの?レオは私の従者なの。パーティに誘わないで」


 フンッと不機嫌にそっぽを向いた彼女はその足を掲示板に向ける。レオとダグラスを少しでも会話させたくなかった。とうのレオはといえば、社交辞令とでも言わんばかりにペコペコと頭を下げる。


「あの、毎度すいません。彼女にも悪気があるわけじゃないので」

「気にすんな、挨拶みてぇなもんさ。それに気が変わってパーティに来てくれるかもしんねぇからな」

「あはは、僕にはそんな突出した強さはありませんよ」


 それでは失礼します、とレオはダグラスの元を去っていく。

 ソフィアが一つ一つ依頼を吟味する方へ行ったレオを見て、ダグラスはため息をついた。


「アイツがいればBランクは確実なんだがなぁ」




 一方、ソフィアはその他に分類される依頼を一つ一つ吟味していた。

 掲示板は討伐、採集、その他に分かれており、基本的に雑用や調査などの依頼しかないその他の掲示板は不人気である。

 ソフィアとレオは毎回そこしか確認しないため、学園だけではなくギルド内でも変わり者として認識されていた。


 貴族の道楽者はたまにいる。ソフィアのように貴族であるにもかかわらず大したことのない依頼を受けて満足していく人たちだ。

 彼らは大したことない依頼や身の丈を超えた依頼ばかりを部下を使ってこなし、まるで自分の功績のように自慢げに帰っていく。そんな行為、当たり前だが冒険者からはよく疎まれる。

 ソフィアはその中でも割に合わない仕事ばかりこなしているため、余計その傾向が強いと思われがちだ。自慢もしないがしょせん貴族、道楽者に変わりはない。


 しかし従者のレオがそれなりに強い上にソフィア自身も魔術のエキスパート、さらにダグラスがレオのことをいつも勧誘していることから表立って攻撃する者はいない。

 せいぜい陰口を叩かれるくらいだ。


「こんなのどうかしら」

「……魔の境界線付近の調査だぁ?!絶対無理無理、ソフィア様なに考えてるんですか!」

「こういうの、探偵っぽくない?」

「全然違いますから!それただの冒険者!それに時間がかかりすぎて無理ですよ……」

「まあ、冗談なんだけどね」


 うなだれるレオをソフィアが笑う。しばらくしてレオが復活してから、まだ吟味を続けるソフィアにお願いを伝える。


「ソフィア様、僕はすこし外を見て回ってきます。何かいい依頼があれば教えてください」

「あら、あなたが?珍しいこともあるのね……別にいいわ、今日は門限までには帰るからそのつもりで」

「はい。変な依頼受けないでくださいね」

「分かってるってば」


 従者にしては考えられない言動をしたレオはギルドから立ち去る。どうせこの日は彼女は依頼を吟味するだけだ。冒険者ギルドにいるなら安心だろう。

 そう考えてレオはゴンナ亭へと足を向けた。





 ゴンナ亭に着くと、レオはフラフラとあたりの散策を始めた。


 適当に店を眺めながら、さり気なく飲食店を探っていく。


(付近の飲食店はゴンナ亭を除いて八ヶ所……どんな店か知っておきたいな)


 レオはあたりを見回して、ちょうどいい具合に目に付いたカップルの方へと近寄っていく。


「あ、すいませーん。ちょっといいですか?」

「あ、はい……どなたですか?」


 怪しげにジロジロと調べる視線を無視してレオは続ける。これは聞き込みだ。怪しいことはなにもない。それに伯爵令嬢の従者であるレオはそれなりの服を着ており、それも怪しげな雰囲気は持ち合わせない。


「実は道楽好きな主人のために美味しいお店を探しておりまして、この近くでお食事が美味しいところをいくつか教えていただけませんか?」

「ああ、そういうことですか……別にいいですよ、な?」

「うん、構わないよ」


 どうやらよくこの周囲にデートに来るらしいカップルは見かけた八ヶ所それぞれの感想を教えてくれた。


「ご助力ありがとうございます。私はもう少し調べたいと思います」


 それからにこやかに頭を下げると、遠慮がちにどうもと言ってカップルはその場を立ち去った。


「あ、そこの方すみませーん」


 再び、レオは新たな人に話しかける。近くの店舗の情報を一人一人書き込んでいくのだった。





「ふぅ、こんなとこでいいかな。ゴンナ亭は人気だなぁ」


 調べた結果、ゴンナ亭はダントツの評判だった。値段は高いもののちょっと贅沢すれば変わった風味の料理が食べられる。たまたま訪れた商人やデート中のカップル、記念日にと家族連れで、などなどかなり魅力的なお店のようだ。


 そして価格帯が近いのがアルバ亭という店だ。ゴンナ亭よりかは少し安いが、一番近い位置にいる。そこから定番料理を美味しく食べられるカルリオ、ゴンナ亭とは別の珍しい味を提供するクゾロと続いていく。似たような価格帯はその四箇所だ。他にも味やサービスなども教えてもらい、十分な量の情報が集まった。


「ま、これだけ聞けば十分でしょ。ソフィア様のところに帰ろう」


 この日はソフィアの元に帰り、二人でキチンと門限を守って寮へと帰ったのだった。

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