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10. 気まずい張り込み大作戦

 授業後に、ソフィアとレオは書庫に来ていた。他国を含めても有数の書物量を誇るここならば、大抵のことは調べることができる。

 紙がそれなりに過重なこの世界で、ここまで本を揃えるには相当な苦労が必要だったはずだ。


「久々に来たわ!」

「あまり大声出さないでください、迷惑ですから」

「わ、分かってるわよ」


 あまり書庫に来たことのない二人は、どこに魔物について記されている書物があるか探し始める。


「どこかしら、見当もつかない」

「こういうのは大抵ジャンルごとにまとめられているものです。えっと、魔物に関する書物は……」


 普通の人なら司書に聞くことも、前の世界での図書館を知っているレオはある程度探し方は分かっていた。


「お、ありました。魔物関係の書物」

「へぇ、たくさんある……こんなに魔物の種類は多いのね」

「いえ、内容は被っているでしょう。誰が書いたか、誰が写したかによって内容も少しずつ違ってきます。それに一冊に一つの魔物がまとめられているものもあります、こんなふうに」


 手頃なところにあった本をソフィアに見せる。題名は『ゴブリンの生態について』というものだった。


「ふぅん、色々あるのね。私、魔術書しか読んだことないから」

「三冊くらい読んで飽きてましたよね」

「だって、レオの異世界知識の方が魔術のためになるんだもの」


 サボりぐせの原因は自分のせい、拗ねるように言うソフィアにレオは頭を抱えるのだった。




 それから二人は魔物の中でもゴースト系のものが記されている書物を見つけた。


「『ゴースト大全』、『魔物辞典ゴースト編』、『解析・ゴースト系魔物』……これくらいかしら」

「他にもありそうですが……それくらいで一度探した方が良さそうです」


 極論を言ってしまえば、どんなゴースト系魔物といえどソフィアの使うとんでも浄化魔術を使ってしまえば解決はする。それはレオも分かっているのだが、気になることが別にないわけではない。


 ともかく手がかりとなるのはゴースト系の魔物という仮説、昏倒すること、そして記憶がなくなること。

 この3つを満たす魔物がいれば、グッと真相に近くなる。


「これはどうかしら」


 スパンキーという名称のゴーストが、ソフィアの開くページには記されていた。


「ゴースト系の基本種、魔術障壁以外のあらゆる壁を透過できる。魔力を好み、あらゆる生物から魔力を吸い取ることができる……これ、ゴースト系全般に言えることですよね。キーとなるのは記憶操作ですよ、例えばこれ」


 レオが見せたページには、ウィルオウィスプというゴーストが挿絵付きで記されている。それは火の玉を模して目と口をつけた怪物だった。


「記憶を奪う、なんて解説付きです。他にもいくつかありましたが、形が違うだけで亜種だと思われます」

「ふーん、討伐難度B……ん?ちょっと待って。レオ、この討伐難度って、Aが簡単な方だったかしら」

「たしかギルドと同じですよ。冒険者と魔物のランクは基本的に一致してますから」


 ソフィアの顔が引きつる。

 何しろ二人のギルドランクは最底辺のF、これはペット探しばかりしていたからなのだが、それでもBという難易度は恐ろしいと感じてしまうレベルだ。


 そもそもゴースト系の魔物は浄化作用のある光魔術しか通用しない。あの現場に焦げた跡が付いていたのは戦闘時に光魔術を使ったからなのだろう。

 それを差し引いても人と比べた時の大きさ、素早さ、吸収力。全てにおいてゴースト系の最上位ともいえるだろう。


「これと、戦うの?」

「討伐しないと、事件は解決しません」

「や、ヤバくない?」

「魔力を吸われるだけで死にはしないかと。ソフィア様の場合魔力が多すぎて数十日は昏倒しそうですが」

「じ、助力を願った方がいいんじゃないかしら」


 汗を垂らしながら、身体をのけぞらせる。Bクラスの魔物なんて、ソフィアは対峙したことない。魔術がいくら使えても、戦場に出たことがあるわけではないのだ。


「大丈夫だと思います。ソフィア様が浄化の光魔術を使えばそれでおしまいだと思いますよ」

「そ、そうはいっても……いきなりこれは、ちょっと……」


 煮え切らない態度にレオはため息をつく。あれだけ意気込んでいたのにいざとなったらこれだ。頼りないご主人様である。


「では、探偵としての成果はなくなりますけどいいのですか?」

「そ、それは……ほしい、けれども……」

「王国一の学園といえども、ウィルオウィスプを一発で消しとばす人はソフィア様しか……いえ、ソフィア様と噂に名高い聖女様しかいないでしょう。どちらにせよ、ここでやらなければ光魔術を扱える教師が全員集まって討伐するか、さもなければギルドへ依頼は回りますね」


 そういえば、とレオはレスター伯爵に言われたことを思い出す。少しくらい実戦で使えなければ魔術も宝の持ち腐れだと。

 今まさにその状況である。ソフィアの頭では(想像上)強大なゴーストへの恐怖と、探偵としての成果が天秤にかけられている。


「……いいじゃない」


 どうやら天秤はすぐに傾いたらしい。レオはどうせそっちに傾くんだろうななんて思って拳を握るソフィアを眺める。


「いいわ、やってやろうじゃない!ウィルオウィスプなんて瞬殺してやるわ!」

「ここ、書庫なんであまり大声出さないでくださいね」

「あ、うん」


 それから二人はそそくさと書庫を出て夜に備えることにした。


「レオ、ちゃんと私のこと、ま、守りなさいよ!」

「僕は光魔術使えませんから」

「分かったわね!」


 ともあれ原因は推理できた。解決方法も分かった。あとは実行に移すのみである。




 夜、日が暮れて寮と修練場を結ぶ回廊は小さな魔術陣の炎がユラユラと照らす。

 昼は光が差し込む窓は、春の冷たい夜風が吹いてくる。窓はない、灰を大量に消費するガラスは高級品、学園の大量にある窓にガラスをつけるような余裕はない。


「ヒェ!」


 ソフィアはレオの身体にしがみつく。戦闘を全く経験していないにしては妙に強い力で、腕をがっしりと掴んでいた。


「ぜ、絶対私をま、守りなさいよ!分かったレオ!?」

「僕は光魔術は使えないんですけど」

「分かったわね!」

「は、はぁ。……あ、幽霊」

「ヒィァァアッ!」

「ウソです」

「じょ、冗談でもそういうことはい、言わないで!」

「ソフィア様、意外と怖がりなんですね」

「う、うるさい!」



 従者でありながら主人をからかうのもおかしな話ではあるが、内心はレオもビクビクしている。こんな危険な行動がバレたら禁固刑、親バカのレスター伯爵ならなおさらだ。


「ソフィア様、動きにくいんで離れてください」

「ゼッタイ、イヤ!」

「……ビビり」

「うるさーい!」


 仕方ないのでそのまま話すことにする。動きを制限されているのが若干鬱陶しさもある。不敬ではあるが。


「いいですか、ゴーストは壁をすり抜けてきます。だから、全方向を警戒しなければなりません」

「そ、そそうねその通りだわ!」

「視野を360°広げるには、お互い別々の方向を向く必要があります」


 ものすごい力でしがみつくソフィアを剥がそうとするが、ひっつき虫のごとく離れない。魔術全部使って身体強化してるのではないかと思ってしまうほどである。


「な、なにが言いたいのよ」

「つまりですね、お互い背を合わせて逆方向を」

「ムリ!」

「いやしかし……」

「ムリムリムリ、ゼッタイイヤ!」

「そこまで怖がらなくても……ゴーストですよ?たかが魔物じゃないですか」

「あのね、ただでさえ幽霊なのに、手に負えないバケモノなのよ!怖くない方がおかしいの!」

「怖いんですね」

「ちがーーう!」


 背を合わせるのがムリならば仕方ない。次のパターンだ。


「ならある程度離れて、お互いの方向を見ましょう。それなら大きいウィルオウィスプはすぐに見つけられます」

「それって、ある程度離れるってことよね?」

「まあ、そうなりますが」

「イ・ヤ・だ!ぜっっったいにイヤ!」


 むしろしがみつく力が強くなってしまう。

 そもそも、ある程度人の往来はあるのだ。深夜にも空いている修練場と寮の間は、一時間に一度は誰かが通る。

 レオとしてはむしろ、この状態を見られてしまう方が怖い。


「改めて言いますけど、ここはよく人も来るから怖いことはなにもないでしょう」

「人なら別に……でもヤバいのはヤバいんだから!」

「……魔術で魔力感知でもしていただければ話は早いのですが」


「……あら、そんなことでいいの?」


 キョトンとした顔でソフィアはレオの顔を見上げる。ウッと詰まるような声をあげるが、極めて冷静に、自然な状態を取り戻す。大丈夫、何もなかった、それだけだ。


「ソフィア様は魔力感知を使えるのですか?そもそも魔力感知なんて便利な魔術この世界ではとんでもない準備が必要だと聞きましたけど」


 魔力感知は、莫大な魔力をドーム状に張り巡らすことで異変を察知するものだ。うすい魔力とはいえ広範囲で自分の魔力を制御するのは個人ではほぼ不可能で、何かしらの補助道具が必ず必要と言われている。

 しかし、このお嬢様は違うようだ。


「……理論が分かれば簡単よ。音みたいに反射の要素を込めた魔力を使ってエコーを捉えれば理論上はできるわ。ここは魔力残滓が多いけれど、ゴーストみたいな魔力の塊なら感知できるはず」


 既存の魔術概念を覆すような発言に、レオは呆れてものも言えない。いわゆるチート人間は目の前の少女なのではなかろうか。

 魔力に反射の要素を込めるというのがレオにはさっぱり分からないが、科学と魔術二つの知識を併せ持つ彼女ができるというならできるのだろう。


「色々常識をひっくり返されましたが……できるならそれで解決です。というか、初めからこの場でそれを使っていたらなんの疑問もなく解決したのでは……」

「だって、そんな発想なかったんだもの。それじゃあ、やってみるわ。えっと……範囲は半径で人5人分くらいでいいかしら」

「10メートルですね」

「ええそうそう、10メートル。表面積から魔力密度はこのくらいで……『魔力感知(マジック・エコー)』、発動」


 レオには分からないが、ソフィアの魔力は少なくとも10メートルまではアリ一匹逃さない密度で、一定時間ごとに放出されていた。これによって魔力放射速度と時間をもとに魔力感知を行う、という理論である。

 しかし放射するゆえに垂れ流しのため魔力消費は多い、はずなのだが、


「意外と簡単だし、消費魔力も少ないわ。これなら距離を倍にしても大丈夫そう」

「きゅ、球の表面積は、半径の二乗に比例しますけど……」

「4倍でしょう?それくらいなら何時間でも使えるわ」


 んなバカな。そう思わずにはいられない。半信半疑なのだが、レオのことを感知できているという言葉の通りなら上手くいってるのだろう。


「ともかく、これで怖いものは何もありませんね。そろそろ離れて……クッ、」


 くっつくソフィアを引き離そうと腕を引っ張るのだが、やっぱり離れない。小さな炎が揺らめいて二人の影を照らす。影絵は壁に大きく写り、外に人がいたら見えてしまいそうだ。


「い、いいじゃない、魔力の塊じゃないものも出るかもしれないもの」

「いや、幽霊なんて迷信ですって。てかなんでこの世界ゴーストいるのに幽霊なんて概念あるんですか」

「たぶん、ゴーストが昔から現れたからとは思うけど……魔力もないゴーストがいるかもしれないじゃない!」

「いや、もう知りません」


 結局、レオは諦めた。魔力感知なんてものができるなら魔力の塊であるウィルオウィスプを見逃すことはあり得ないだろう。夜が更けていく中、たまに人が通りがかって二人の姿をジロジロ見歩く。そしてわざとらしく大きな舌打ちを打って去っていく。


 怖がりを必死に隠そうとするソフィアは気がついていないが、レオとしては気まずすぎる。そもそも二人とも学園内では有名人としてある程度顔も覚えられている。それを分かっているレオは、明日きっと噂されるだろうなとボンヤリ考えていた。


「伯爵様に届かなければいいのだが……」


 歩きにくそうに廊下の隅を何往復もするレオは、ポツリと呟いた。

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