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9. 新たな推理、それと実技授業

「もう、レオのせいで授業に遅れちゃったじゃない」

「あの後、時間に遅れますよと何度も言ったじゃないですか。朝に待ち構えても犯人が出てくる可能性は限りなく低いですよ」

「ふん、もっとレオがキチンとすれば解決したのに」

「ソフィア様、そうすると怒るじゃないですか……」


 昼休み、大多数の生徒が集まるせいで、食堂は毎日てんやわんやの大騒ぎである。ここに参加していない人は、何箇所か少し離れたところにあるショップで昼ご飯を買って食べている者か、昼休みの時間すら惜しんで鍛錬している者に限られるだろう。


 金はまだしも黒という目立つ髪色、そして噂に聞く変人二人組は、いつも通り数ある席のうちの一つを陣取って話していた。

 本来なら従者は貴族と同じような位置で食べることは許されないのだが、ソフィアはわざわざ自らが平民の場所に行き食事を取っている。この行為も変人と言われる所以である。


 当の本人としては、いつも探偵としての活動内容などを時間を惜しんで議論しているつもりなのだが、誰もそんな事情など知ったことではない。

 貴族のくせに毎回平民のところへやってきて座るその席は、この学園ではデンジャーゾーンとして誰一人近づく者はいない。


「推理は外れた、これは間違いない」

「まだ確定ではないですが」

「そんなこと言ってちゃ永遠に進まない!……ともかく、私たちは行き詰まったの!行き詰まってしまったのよ……」


 膝を机につき、額を手で支えながらうなだれる。綺麗な金髪は前髪だけクシャリと歪み手からこぼれ落ちる。

 そんなソフィアを見ながら、レオは苦々しく笑ってパンに手をつけた。


「えっと、現状は仮説が外れただけですよね。なら人為じゃないって新しく仮説すれば上手くいくのではないでしょうか」

「……どうやって?」


 顔を上げるソフィアによく見えるように、右手の人差し指だけを天井に向ける。まだ推理に穴はあるのだ。


「実のところ、一番可能性が低いと思っていた『魔物の可能性』が高くなってきたように感じます」

「魔物?でも私たちは最初にあり得ないと切り捨てたじゃない。根拠もあるわ」

「ですが……絶対ではないと考えています」


 そもそも、人為であれ自然であれ、正体がわかるのならば対策も立てられるし既に解決しているはずなのだ。

 それが予想外のものが現れたから対応できない。


「人為であれ、自然現象であれ、昏倒という点が不自然すぎませんか?自然現象なら昏倒する原因も分かるはず、人為だとして何か悪事が見つかったというのなら殺すはずです。それが昏倒したのにその前後の記憶がないというのはおかしい」

「記憶操作は脳の働きを知らないと不可能、私でさえ編み出すのに時間がかかる……」


 精神操作系の魔術は難易度が非常に高い。もしかしたら全く別の概念でできるのかもしれないが、人体構造とその役割をある程度理解しているソフィアとしては、脳に直接干渉する必要があるためできるとは思えない。

 習得するにはそれこそ人体実験を行う必要が出てくる。


 それとは別に、ソフィアにはもう一つ気付いたことがあった。


「……そういえば、使用魔術もおかしい。人相手ならばもっと有効な魔術はあったはず。にもかかわらず使ってないということは……」


 魔物の種類を一つ一つ思い浮かべる。最近魔物のことを勉強しておいてよかったと痛切に感じる。


「……ゴースト系なら、できるかもしれない」



 ゴースト系の魔物は、人や魔物などの残留意思が魔力を糧にして形成される。

 魔力はそれ単体ならば、魔力防壁以外のあらゆる物質を通過してしまうため、ゴーストに壁は通用しない。

 どうやって現れたのかは分からないが、壁から突如現れて襲ったのならば納得がいく。


「教師陣でも返り討ちにあったのなら、相当上位の魔物よ?そこまで詳しくは……それにまだ記憶操作も説明できないし、昏倒した原因も分からない」

「ああ、昏倒の原因は魔力の枯渇でしょう、カンですけど。人間がどう頑張っても、身体の魔力はわずかに残るのですが、魔力がゼロになれば意識を失うという事象は聞いたことがあります」

「魔力枯渇……魔力をドレインするゴースト系の魔物、ね」


 どんな魔物がいるか考えてみるが、ちっとも思い浮かばない。それはレオも同じだ。授業以上のことはお転婆お嬢様のせいで学習する暇もない。


「ソフィア様、授業の後に書庫に行きましょう。僕たちが知らない魔物の情報も調べれば出てくるはずです」

「わ、私も今それを考えていたところだったわ!授業が終わってから行くわよ、ホントは実技なんてサボりたいけれど」

「進級できなくなりますよ」

「ちゃんと出席してるじゃない!」


 昼食を食べ終わった二人は食器を(レオが)さげて次の授業の場所である授業用修練場へ向かう。


 食堂では、変人二人がようやくその場から消えたおかげで、平民たちは肩の荷を下ろしたのであった。





 戦闘実技では、基礎的な魔術と格闘術を実践で学ぶ。格闘術に関しては貴族の令嬢だけは特別免除されている、これは令嬢にふさわしくないと考えられているためだ。


 中には武に特化した家柄のため格闘術にも混じる女貴族もいるが、少なくともソフィアはこの場では格闘側には参加していない。


「はぁあ、やんなっちゃうわ」


 魔術の練習と称して今までとは違う新しい魔術の呪文を唱える。それにレオも含めた全員が全員四苦八苦するのだが、唯一ソフィアだけは違う。


「はい、水魔術『水槍』」

「うむ、素晴らしい出来栄えだ」


 いちおう担任である教師、カーティス・セネットが頷き合格点を与える。


「ソフィア様、さすがですわぁ」

「頑張りなさい、キャロル。応援だけはしてあげるわ」


 水魔術は効率が悪いが、簡単。ソフィアはそう考えているのだが、他の人たちにとってはそうでもないらしい。初歩魔術の一つとして分類されている水槍も、簡単な魔術のはずなのにうまくいく人はごく少数だ。


 二番目に水槍を完成させたアドルフが忌々しげにソフィアの方を見ているが知ったことではない。彼女にとって、この魔術は初歩の初歩、才能の片鱗すら見せていないのだから。

 それよりソフィアは別のことで忙しかった。


「ほらほら、早く『水槍』を完成させなさいよ」

「そ、そうは言ってもですね。僕は魔術の才能はないんですよ」

「貴方にも人並みの魔力はあるわ。頑張んなさい、遅かったら罰を与えてやるんだから」

「そんな、殺生な……」


 レオは転生者であるせいか、魔力があるのに魔術をうまく行使できない。魔力という概念がなかったため、それを感覚的に扱えないのだ。

 おかげでいちいち全ての流れを頭の中で想定してコントロールするという、他の人からすれば当たり前にできることに苦戦してしまう。


 魔術の発動原理は理解しているのだが、その前段階の魔力コントロールが尋常でなく下手くそなのである。


「ほら、早く早く」

「そ、それ、分かっててやってますよね」


 科学世界で言えば、他の人が車に乗っているにもかかわらず自分だけ一輪車で移動するようなものだ。

 集中力が必要な上に、それをコントロールできても遅い。レオの魔術の適性は皆無といってもよかった。


 ソフィアがチャチャを入れるせいで、せっかく制御できた魔力がまた暴れ始める。一からやり直しだ。原理は理解しているのにできない。それの繰り返しである。

 一方ソフィアはといえば、


「魔力ってのはね、こうやって制御するの」


 一輪車に乗っていても、ターボ付きだった。

 他の人が無意識に行う魔力制御を自在に操る彼女は、バカにするようにいっこうに魔術が使えないレオをからかう。魔術の天才ソフィアは、魔術に関するあらゆる領域で天賦の才を発揮する。それをレオは羨ましげかつ恨めしげに見つめる。

 これもまた、一つの日常である。


「……来た、蓄電完了!水魔術『水槍』!」


 手のひらに水が集まり槍の形を作る。時間はかかったものの、できないわけではないのだ。蓄電などというこの世界では使われることのない言葉を発しているとしても。


「あーあ、もうできちゃったの。つまんなーい」

「ソフィア様、あなたと一緒にしないでください……」


 とはいえ、遅い方ではない。半分よりちょっと遅いといったところだろうか。こんな短時間ではできない者はいつまで経ってもできない。魔術はそれなりに高度な技術なのだ。


 そんな実技授業を楽しむ二人を、忌々しげに見る男がいた。


「チッ、調子に乗りやがって」


 アドルフ・フォン・ダファリンである。

 彼は優秀である。魔術も、剣術も少なくともクラスではトップクラスといえよう。しかし、あの変人二人には遠く及ばない。


 隔絶した魔術師であるソフィア・フォン・レスター。

 レスター伯爵の末娘は希代の魔術師として有名、戦闘には参加しないがその魔力量と、今までの常識をを無視するような荒唐無稽の大魔術さえ操る。

 他の人が使える魔術で、彼女に扱えない魔術はないとまで言われるほどだ。噂ではすでに宮廷魔術師として国からスカウトされてるなどという噂まで立っている。


 そしてその従者のレオ。

 彼はソフィアと比べると地味ではあるが、勉学は非常に優秀。特に算術と魔術理論は異常なまでにできる。


 それに加えて、格闘術では右に出る者はいない。自然に施される魔術による身体強化に加え、『先の先』などという意味の分からない技術を使う。そのせいで剣を振るう前に殴り倒される始末だ。彼を倒すには遠距離から魔術で倒すしかない。


 しかも腹立たしいことに、彼は武器を使わない。「ロマンだ」などとふざけたことを言いながら、リーチという武器をその圧倒的格闘術で粉砕する。



 しかもこんなふざけた二人組は、ギルドで魔物の討伐をするわけでもなくペット探しをしているのだ。これが忌々しくないわけがない。


 この二人がいるせいで、アドルフはどれだけ金と権力を使おうとも万年二位なのである。目の上のたんこぶ以外の何者でもなかった。


「おい、カルロー。剣を捨てろ、拳でかかってこい」

「アドルフ様無理ですよ!剣に体術で勝てるわけないじゃないですか!」

「だがあの男はできる」

「それはアイツだけです、普通無理ですって!」

「いいからかかってこい」


 こうして組手を始めるアドルフとカルロー。アドルフ本人は大真面目のつもりだが、周りから見れば弱い者いじめにしか見えなかった。


「くそっ、小馬鹿にしやがって」


 彼がマウントを取れるのはギルドでの依頼だけ、毎週ギルドに行ってランクの低い二人をバカにするのは、彼が唯一張れる維持であった。




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