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ねこのはなし(仮)  作者: 黒蜜ハルカ
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ねこのはなし(8)the owner's side

 個室のドアノブで首を吊り、三ヶ月間入院する予定が一ヶ月あまりで強制退院を食らって実家に連れ戻されてみると、猫が太っていた。


 そういう私も10kg以上体重を増やして娑婆に出てきたのではあるが、ついこのあいだまでほとんど骨と皮だった私とは事情が違う。しばらく見ないうちにお尻のあたりがでっぷりとして、抱き上げると岩のように重たい。

「こんなに丸っこかったっけ……」と訝りつつ、爪を切ってもらうために動物病院に連れていくと、ニーニの体重は5.8kgになっていた。「ちょっと多過ぎですね。このままでは病気のリスクも上がりますよ。5kgちょうどを目標に頑張りましょう」と女医さんににっこり諭され、減薬プログラムならぬ、ニーニの減量プログラムが始まった。


 まずはフードを「メタボリックス」という直球ストライクな名称のものに切り替えた。いくつかサンプルをもらってみて与えたら、どれにも喜んで食いついたので、最終的にこれに落ち着き、そこでひとつ気づいたことがある。

 いままで与えていたキャットフードは主成分がトウモロコシだったのが、これには原材料名の筆頭に「チキン」と書かれている。つまりはプレミアムフードという高級食なのだ。どうりで食いつきが良いわけである。少しばかり失敬して試食してみたら、なるほど、私が六年間買っていた安いフードは粉っぽくて食えたものではなかったのに対して、こちらはなかなかいける。ほんのり薄味でぽりぽりと香ばしく、お酒のおつまみにもなりそう……だが、このごはんは人間様の米よりよほど値段が張る。4kgで八千円をゆうに超える大袋から一日50g、キッチンスケールを傍らに置いて厳密に量る。

 引き取られてからというもの、好きなものだけを好きなだけ食べて悦に入っていたニーニは当然ながら不満げになった。しかし味の差は明確で、はやく早くと欲しがるあまり、計量している横で床によだれをぽとりと垂らすほどだった。


 ダイエット開始から最初の二ヶ月は、まったく成果が出なかった。

 三ヶ月めに入ってようやく変化が出てきたが、ニーニは消化器官が丈夫な質らしく、食べたぶんだけしっかり血肉になるのだ。ほんの一日、1、2g食餌量を増やすや否や、即座にリバウンドしてしまう。それでも心を鬼にして、連日の執拗なおねだりをかわし続けるうち、着実に減量プログラムは成功の兆しを呈してきた。

 毎月通うたびに減っていく数字を見て、堂々8kgの猫を飼っているという動物病院のスタッフは「凄いですよ! うちの子なんかダイエットフード食べさせてるのにぜんぜん減らないんですよ!」と、この偉業を称えてくれた。その猫もやはり元野良だという。よくぞ8kgまで育ったものだ、と却って感心しながら「……もしかしておやつ、いっぱいあげてません?」と訊ねてみたら、彼女は静かに微笑を浮かべ、答えはなかった。おそらくあげているのに違いない。


 その年の夏以来、猫の体重は微妙な増減を繰り返し、冬太りやら夏太りやらの危機を乗り越え、どうにか500g落とすまでにはなんとまる三年かかった。減薬……もとい減量には、かくもたゆまぬ努力の継続が欠かせないのだと痛感するのみである。ふと気を抜いたが最後、簡単にふりだしに戻ってしまう。いまでもニーニは毎日50gの高級フードと少々のとりけずりぶしを、飽くことなくカリカリと齧り続けている。もし、いつか余命宣告される日が来たら、そのときは思う存分食べさせてあげるから、それまでは我慢してね。

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