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ねこのはなし(仮)  作者: 黒蜜ハルカ
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ねこのはなし(2)the owner's side

 この町に越してきて二ヶ月になる。治安がよろしくないと悪評の絶えない町だったが住めば都、三路線使える駅から歩いて三分、バストイレ別二口コンロつき南東向きの1Kで、私は自堕落かつ快適な生活を送っていた。なんせその直前に一年暮らしたワンルームが、壁は薄いわ調理器具は古びたIHコンロと電気ポットのみだわ、冷凍庫はないわ、引っ越してきてほどなく身体を壊して仕事を辞め、もっぱら寝込んでいたためろくに片づけもせず、部屋の三分の二は未開封の段ボール箱で埋め尽くされたいわゆる汚部屋で、極めつけには斜向かいのマンションに彼氏が住んでいた。

 その、仕事を辞める原因を間接的に作ってくれたストーカー紛いの彼氏とめでたくお別れする数日前に、新しい恋人を得ていた私は、片道二時間の中距離恋愛から解放されるべくさっさと汚部屋を引き払い、東京の左端から右端へと移動してきた。


 相変わらず無職だったから保証人やら何やらの関係でいくぶんいざこざしたし、家賃を含む生活費はもれなく両親持ちだった。齧れる脛は骨までしゃぶる気満々の私はそのころすでに実家を出てから四年めにして三人めの男と付き合い、男が変わるたびに引っ越しをし、この手の若い女の特徴として御多分に洩れず精神科に通院していたので、大手を振って親の脛毛を丁寧に毟っているようなものであった。


 五歳上に兄がいる。ちょうどそのころ兄が彼女に振られて以来、私たち兄妹は急速に仲良くなり、今回引っ越す際には泊まりがけで荷造りを手伝ってもらったりもしていた。振られた彼女と行くはずだったアイドルユニットのコンサートのチケットを携えて、その日も兄は前日の夜から件の1Kに泊まりに来ていた。彼は会社の隣のアパートに住んでおり、早退届を出してからお洒落して出かけるのは気まずい、とか何とかいう、よく分からない理由で。


 翌日の夕方「お洒落した」兄と出かける途中、路上で黒い子猫を見かけた。この町は野良猫が多く、普段なら気にも留めないのだが、あまりにも痩せこけていて、おまけに近づいても逃げようともしない。「この子ごはん食べないのよねー」と傍らにいたおばさんが話していたとおり、そっと撫でると浮き出た背骨が直接手に当たり、思わずぞっとした。と同時に、明日もこの時間にここに来て、もしこの子がまた同じ場所にいたら、捕まえて駅前の動物病院に連れていこうと決めた。

 コンサートは楽しかったし、その晩兄はご機嫌で帰宅していったが、私はあのちっぽけな猫のことが頭から離れなかった。


 次の日、遊びに来ていた恋人に何事かぼそぼそ言い置いて、古びたずだ袋を持ち出し、昨日の場所に行ってみた。猫の姿はない。民家の裏に回って住人のおじさんに「このへんで子猫を見かけませんでしたか」と訊いてみても、知らないと言う。諦めて帰ろうとしたそのとき、振り向くといつのまにどこから現れたのか、ちんまりと黒い子猫が座っていた。昨日の猫だ。

 あとから思い返して自分でもびっくリするほど迷わず、私は猫をつかんで袋に放り込んだ。そして部屋に戻ると「猫が死んじゃう!」とひとこと叫んで財布を持ち、動物病院まで一目散に走った。そのあいだ、猫は袋の底でミャアとも言わずじっとしていた。


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