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ねこのはなし(仮)  作者: 黒蜜ハルカ
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ねこのはなし(after-hours)

 三十秒で「ニーニ」と名づけた猫と、私との歳月を、駆け足で追ってきた。ニーニは歳を取り、私も歳を取り、気がついたら両親ともに古希を過ぎて、こうなるともう「誰が真っ先に死ぬか」のチキンレースである。


 悲しくも理想的な未来予想図としては、猫が最初にいなくなる。そのあと一家揃って軽く三日は猫み、しばらくは黒い服をそのへんに投げ出しておいては勝手に泣き、黒いゴミ袋を見かけてはべそべそ泣きこそするだろうが、亡骸はどこかで火葬してもらって骨を持ち帰り、庭に埋めて木を植えるのだ。数年後には猫が実る木に育って……、いや、それは困るな。


 じっさい猫が亡くなったあとのことは考えたくない。猫は歩く精神安定剤だ。後頭部に鼻を埋めると、焼きたてのパンケーキにメイプルシロップをかけたような甘ったるい香りがする。自分勝手に闊歩しているかに見えて、じつは人の動きを終始じっくりと観察していて、妙に空気を察するところがある。「猫はかすがい」ということわざではないが、私たち親子にとっても、両親夫婦にとっても、ニーニは、ときどき綻びかける関係を繋ぐかすがいだった。


「ニーくんがこの家に来るのは運命だったと思うのよ」と、母がよく口にする。これは「連れて帰ってきたのが孫じゃなくて、猫で良かったわ」に並ぶ迷言だと思う。その理屈で言えば、私が入院したのも運命で、遡れば薬物依存症者になったのも運命だった、という結論に至るではないか。


 いっぽうで、母の言うとおりかもしれない、とも感じる。後悔はしても反省はしない私の性格から鑑みるに、十一年前の蒸し暑いあの夏の日に戻って、瀕死の子猫を見つけたらやはり拾うだろうし、薬が手に入る環境にあったら使うだろうし、まぁ静脈注射はよろしくないとしても(どうも注射針が出てくると合法であろうとも違法感が漂う)、なるべくしてこうなったのだ。もうこれはこれでいい。


 それに、私と二人きりで過ごしていて置物みたいになりかけていた猫は、事あるごとに話しかけられるようになってから、たくさんの日本語を覚えて、めっぽうお喋りになった。感情に合わせた新しい鳴き方を編み出し、自分の呼び名を理解し、呼ばれたら気分次第で朗らかに返事をしたり、ふてくされて答えなかったり、と何とも情緒豊かな猫に育っていった。


 この猫には、生まれつき鼻の骨格に異常があり、八畳間を端から端まで二往復半も走ると息切れしてしまう。上手く呼吸の出来ないニーニは、本来なら生きることそのものに向いていない。それでも、ときどき発作のように起こす呼吸困難を別段苦にするふうでもなく、世界じゅうの猫という猫はみんなこうして息苦しくなるものなんだ、と信じてでもいるのか、これはこういうものなのだ、と自分の持つ不自由さを意識せずに生きている。その点、社会における息苦しさや生きづらさを持て余して苦労している人間より、よっぽど猫が出来ている。


 依存症からの回復を求める過程で、たびたび使われる「ニーバーの祈り」という言葉がある。この祈りから引用すると「変えることのできないものを静穏に受け入れ、変えるべきものを変える勇気を、そして、変えられないものと変えるべきものを区別する賢さ」を持ち、続いて「一日一日を生き、この時を喜びをもって受け入れ、困難は平穏への道として受け入れて」いる猫は、すでに私の抱える問題など乗り越えているらしい。猫が尊敬に値する所以である。


 毎日ごはんは美味しいし、甘えられる誰かがいつもそばにいるし、僕はここで元気に生きてるよ。何も心配要らないよ。大丈夫だよ、「はるちゃん」、ずっと見てるからさ。どんなにあんたが落ちぶれていこうと、あのとき命を救われたのを忘れはしない。忘らいでか。


 僕の背中にはまっすぐな一本のチャックと、天使の羽がある。この羽で、遠い夜空の向こうまで連れていってあげたりは出来ないけれど。たぶん土に還るんだろう。僕も「おばちゃん」も「おじちゃん」も、「はるちゃん」も、みんな最後には塵になる。

 また向こう側で会おう。次の猫生で。


 ぼんやりとおぼろげな夢を見ていた午睡から、僕は目を覚ましたところだ。ずいぶん長いあいだ眠っていたような気もするし、たったいま生まれ変わったような気もする。

 恰好良いタイトルを思いつけないまま完結してしまいました。


『猫に抜かれて』

『ねこなるおくすり』(メフェドロンのことかー!!! いえ、なんでもありませ……、“meow meow”で検索かけると、なるほどってなりま……、もう黙りましょうね)

『ねこをおだししておきますねー』

『自己治療仮説における猫の投与例』


 いろいろ考えたのですが、書きながら、これはやはり「ねこのはなし」だなぁということで、このままにすることにしました。ねこはわりとなんでもしっている。


 最後までお読みいただきありがとうこざいました。

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