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ねこのはなし(仮)  作者: 黒蜜ハルカ
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ねこのはなし(15)the cat's side

 およそ魚を忌避する猫などこの世にいないであろう。僕も猫である以上、生のお魚は大好物だ。と言っても、「おばちゃん」がときどき、まな板で調理する前に僕の鼻先へぶら下げて見せてくれる、丸のままのやつはちょっと気色が悪い。

 お行儀が良い僕は、小皿の上に細かく刻んでもらったお刺身を、それも「はるちゃん」の手から少しずつ差し出してもらうのでなければ、生魚は食べない。真鯛や平目も結構いけるが、ことにイサキは最高だ。あの繊細な、とろりとした脂の中にも芯のある味わい。じつに素晴らしい。


 しかし、ひとつだけ悩ましいことがあった。お刺身を貰った翌朝、僕は必ずと言っていいほどの高確率で、胃の中のものを吐いてしまうのだ。胃液だけの場合もあれば、朝ごはんを食べたあとにやらかすときもあるが、どちらにせよ不愉快な体験だ。

 

 猫はもともと毛玉を吐く生き物だから仕方ない。と開き直るわけにもいかず、明けがた胃液を吐いたあとは、気まずい思いを抱えながら、みんなが起きてくるのをはらはらして待たなくてはならない。気づかないで起きてきた「おばちゃん」が誤って踏んづけようものなら、不本意にも叱られる始末だ。それを片づける「おじちゃん」を、僕は心なしか身を縮めて小さくなり、遠巻きに見る。

 ごはんを貰ったあとでの不快感はなおさら強く、さっきまで美味しく食べていたものが、臭気を放つ不気味なペーストになってしまったうえ、お腹はまた空っぽに逆戻りだ。「おばちゃん」が気を遣って、吐いたぶんのごはんをプラスチック容器に足してくれたりはしても、貴重なごはんが一瞬で汚物と化するのは、我が事とはいえ見るに堪えない。


「猫草」という「吐くための草」もあると聞く。あのどんよりとした狭い部屋で暮らしていたころ「はるちゃん」が幾度か買ってきた鉢植えのことだ。僕はあんな硬そうな草がまさか食べ物だとは思いもよらず、はなから無視を決め込んでいたので、鉢植えの草はじきに枯れてしまった。

「はるちゃん」は僕に野菜を食べさせようと、カリカリの上に細かくちぎったキャベツを山盛りにしたこともある。「冗談だろ? 僕は猫だぜ? 肉食獣なんだぜ?」と思わずお皿と「はるちゃん」を見比べてみたけれど、「はるちゃん」は至極真面目くさった顔をしている。しょうがなくカリカリにたどり着こうと口をつけてみたら、しゃりしゃりした歯触りがあんがい快かった。


 それを思い出したわけでもないが、ある真夜中、誰もいない台所に置いてあった「豆苗」の伸びてきた茎を、僕は気まぐれに齧ってみた。昼間から気になっていた植物だったし、たまには食物繊維でも摂ろうかと。

 次の朝、床の上に、豆の混じった吐瀉物を発見した「おばちゃん」はまず悲鳴を上げ、それから、いたたまれなくなって椅子の陰で背中を丸めている僕を見つけると、ぷっと吹き出した。


 僕は叱られずに済んだのだが、この吐くという行為は、じつは「これは異物であり、毒である」と身体が警告している証拠でもあるのだ。少なくとも豆苗は僕にとって毒だった。じゃあ、お刺身も毒? あんなに美味しいのに?

 でも食べ過ぎればそうなのかもしれない。過ぎたるは及ばざるがごとし。自分の毛だっていったん身体から離れたら異物で、舐め過ぎたら毒にもなる。吐けないで弱っていき、やがて動かなくなり冷たくなっていった大人の野良猫を、遠い昔むかし、見たことがある。その猫はいま考えると、弱る直前、ゴミ置き場に落ちていたハンバーガーのかけらを食べていた……。


 そういえば「はるちゃん」、お薬だって飲み過ぎれば毒になるんだよ。猫でも解るこんなに簡単なことが、どうしていつまで経っても解らないのかな?

 もしかしたら「はるちゃん」はそんなことはとっくに承知していて、毒をもって毒を制しようとしているのかもしれない。「はるちゃん」は猫の目には見えない何かと戦っているんだ。そんな予感がする。特別な根拠はないけれど。猫の勘は当たるんだ。

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