ねこのはなし(13)the cat's side
最近、僕は苛立っている。
発端は「おばちゃん」が、僕らの家の駐車場に迷い込んできた茶白模様の猫に、気まぐれでごはんをあげたことだ。僕がいま主食にしている美味しいごはんではなく、その昔食べていた不味いほうのカリカリなのだが、あいつは味をしめたらしく、以来繁く通ってくるようになった。
言うまでもなく、この家の敷地内は僕の縄張りだ。僕のテリトリーに勝手によその猫を迎え入れるなんて、いささか配慮が足りないんじゃないか? 平穏な日常を乱されて、僕は日々神経を尖らせていた。
ある晩、玄関から駐車場を見下ろせる小窓から網戸越しに外を眺めていると、あいつがとことこと歩いてこちらに向かってくるのが見えた。僕が背中を伸び上げて様子を見ていると、まるで自分の家に帰ってきたかのような無遠慮な顔で車の下に入ってきて、「おばちゃん」がご丁寧に用意したごはんとお水のお皿に向かっていこうとしている。
とっさのことに頭に血が上った僕は、思わず無我夢中で網戸を引き、雄叫びを上げながら小窓の外に飛び出していた。いましもお皿に口をつけようとしていた茶白の奴は、ぎくりとして動きを止めた。僕たちはお互いに威嚇し、睨み合う形になった。
と、そこへ、網戸の開く音と僕の雄叫びを聞きつけたらしい「おばちゃん」が駆けつけてきてドアを開けた。「おばちゃん」に見つかり、一目散に逃げ出した茶白を追いかけて、僕は縄張りの外の道に走り出てしまった。家から離れるのをこよなく嫌っている、この僕が。
「ニーくん!」
背後から「おばちゃん」が呼びかける声に、狭い道から大きい道路へ曲がる角で茶白が立ち止まり、こちらを振り向いた。名前を呼ばれて、つと正気を取り戻した僕は踵を返し、茶白はそのまま道路を駆け抜けて姿を消した。
「はるちゃん、はるちゃん、早く来て!」
興奮冷めやらぬ僕は膨らんだしっぽを治めることも出来ず、目をらんらんと見開いて、いまにも再び茶白のあとを追わんばかりだった(と、あとで聞かされた)。
気がつくと「はるちゃん」の腕に取り押さえられていた僕は、無事回収されて家に帰され、とっくり説諭された。以後、網戸の端には僕が手をかけて開けられないよう、突っかい棒があてがわれるようになったのだが、この騒動で人間一同と僕自身が知ったのは、僕が予想以上に器用であったこと、いざとなると野性味を発揮すること、の二点だった。
ふだん気楽な飼い猫生活を送っていれば、野性味なんてしまっておいても不自由ないだけだ。僕はこの一件を境に、居間の窓から下を眺め、通りかかる外猫たちをかたっぱしから恫喝するようになった。
「野良ちゃんたちは一所懸命生きてるんだから、あんたが上から目線で怒鳴ることないでしょう?」
なるほど正論だ。僕にもそんな時代がありました。すっかり忘れていたが。しかしそれなら、いまの僕だって一所懸命に生きているんだ。「おばちゃん」も「おじちゃん」も、それに「はるちゃん」も、それぞれに一所懸命生きているのが僕には分かる。この平和なバランスを崩さないように注意を払って、みんながちょっとずつ無理を重ねていることも。
「あんたの逃げたい現実は何なの?」
「……全部や」
このあいだ「おばちゃん」に問い詰められた「はるちゃん」は、そう言って泣いていた。
「それは無理だよ、はるちゃん」と僕は思ったけれど口には出さなかった(もっとも言ったところで「はるちゃん」に僕の言葉は通じないわけだけれどね)。
「げんじつ」は逃げたって逃げたって追いかけてくるし、ときには追い抜いて待ち構えてすらいる。だったらもう、なるようにしかならないって受け入れたほうが楽なんじゃないのかな。
え、外猫のことも受け入れろって? それとこれとは話が別だ。僕は窓の外を見渡す。今日はまだ誰も通らない。西部戦線異状なし、といったところか。




