表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ねこのはなし(仮)  作者: 黒蜜ハルカ
13/18

ねこのはなし(12)the owner's side

(注)

 この章には猫は一切登場しません。


 また、出てくる薬物については、市販・処方ともに製品名の明記を避けておりますが、調べればすぐに判明することですので、知らなかった方はどうかそのままでいてください。

 万一、興味関心を持たれて本文内と同様の摂取方法を取り、何らかの事故が起こっても、当方は責任を負えません。

(現在は麻薬に指定されている薬物も出てきますが、入手してみようなどとはゆめゆめ考えませんようお願いいたします)


「薬は用量・用法を守って正しくおのみください。」

 ねこもそういっています。それでは。

 デキストロメトルファン、と聞いてピンとくる人はそう多くないだろうから解説しておく。猫にしか興味がない方は飛ばしてください。


 乱用者のあいだで「DXM」「デクセム」と略されてもいるこの物質は、咳の出る風邪を引いて内科に行けば高確率で処方される小粒の錠剤の成分で、町の薬局で買える市販の風邪薬や咳止めにも含まれている。

 以前ニーニを拾った直後に断薬した「ジヒドロコデインリン酸塩とdl-メチルエフェドリン塩酸塩」入りの咳止めとは違って、購入に数量制限もなく「依存性のない安全なお薬です」と、初めて手にした市販のカプセル剤の説明文書にもしっかり明記してあった。が、


 ……嘘をつくな。

 規定量を大幅に超えて服用すると解離状態を作り出すこの薬物は、現実逃避の手段としてはもってこいであり、かつてメトキセタミン(=MXE。麻酔薬ケタミンの類似物質で、私が鼻から啜って布団の中で気絶していた例の粉である)を愛用していた私はこれに飛びついた。


 初回は昼下がりに十二カプセル、360mgを飲んでもしばらく何も起こらない。やっぱり市販薬はつまらない、などと思っていたら数時間後には、視界がカクカクして面白いなぁ、音楽が綺麗に聞こえるなぁ、夕食を取っていてもモノの味がしないなぁ。そしてお風呂が気持ちいいなぁ、眠るころにはほんのり幸せだなぁ、という塩梅で、いわゆる「グッド・トリップ」だった。

 ただ、味のしない夕食を食べているとき、飲み下したものが直接、胃ではなく何故だか頭に入ってくる感触があった。奇妙な気がしたが、そのときはよく考えずに流してしまった。


 その日以降、借りている「別宅」に通う道すがら買った一箱をまずは飲み、敷きっぱなしの布団に寝転がって効いてくるのを待ち、昼にはいちおう実家から持ってきたパンやらを齧って、視界のぶれが治まる頃合いに帰宅する癖がついた。

 嗜癖傾向を持つ者は極端に走りがちなのが定石であり、そうやって毎日同じ薬を飲んでいれば、またたく間に耐性がついて効かなくなる。ほどなく、昼食のパンを詰め込むと再び外出してドラッグストアまで自転車を走らせ、追加の一箱を飲む、という事態になった。しまいには処方薬のジェネリックを個人輸入するありさまで、一時の摂取量は一回に1000mgを超えた。


 追加で飲むと効き目が抜ける前に帰宅することになるから、目の焦点が合っていないことを母親に見咎められ、ちょうど眠前の薬が、当時承認されたばかりの新薬に変わった時期だったので、その副作用かもしれないと言ってごまかした。DXM720mgというのは実はかなり危険な量で、効いている最中には、近所のコンビニまで煙草を買いに行くのも勇気が要るミッションだった。陽の光が点滅して見え、階段の上り下りもおぼつかない。

 テレビを点けると、ニュースがとうてい信じられない馬鹿げた法律について報道している。この国はどうかしている。憤ってテレビを切ると、部屋にありもしないラジオの音が聞こえてくる。壁と天井と床がいっぺんに消失する。手の中のスマートフォンがぐにゃりと曲がる……。これらは統合失調症の陽性症状にそっくりではないか。初めに感じた「嚥下したものが頭に入ってゆく」幻覚は、その兆候だった。


 解離状態というものは体験してみないと言葉で表すのが難しいが、幽体離脱とでも言うか、自分の身体が自分ではなくなる、そして「世界と自分とがずれてゆく感覚」という表現が最も実感に近い。

 怖くなっても、手元の薬を捨てたり人に譲ったりはせず、私はさらに買い足してまでそれを飲み続けていた。すっかり思考がおかしくなっていた私にとっては、薬のヴェールに包まれない状態で直に触れる現実も、また恐ろしいものだったのだ。すなわち「キメるのも怖いが素面も怖い」という負のスパイラルである。

 そろそろ限界が来ようとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ