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ねこのはなし(仮)  作者: 黒蜜ハルカ
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ねこのはなし(10)the owner's side

 正しく言えば強制退院ではなく、閉鎖病棟のある別の病院(入院していた病院には閉鎖病棟に該当する施設がなかった)に送られかかっていたところを、両親が強引に連れ帰ったのであって、薬物依存症の治療プログラムは中断されたままの状態で、私は日常に戻ることになった。ひとつずつなら些細なストレスをちまちまと溜め込み、一年近く耐えたあたりで母親と激しい衝突をして、トランクひとつで実家を飛び出した。


 頼ったのは北関東の在来線の終点から徒歩一時間かかる僻地に住んでいた友人で、最寄りのバス停まで迎えに来てくれた。知り合ったのはネット上で、実際に会うのは初めてだった。五歳年下の彼女はすでに結婚していたが、日頃の愚痴を聞いて、2DKのメゾネットに居候を受け入れてくれるよう旦那さんを説き伏せてくれたのだ。

夕食と光熱費込みで四万円、という家賃の半額ぶんを月々払うことで同意を得、あっというまに昼夜逆転した「猫抜き」の生活がやってきた。

 月に一度、東京へ通院する必要があったため、新幹線に乗ったついでに実家にも立ち寄ったけれど、猫は私がどこに行っていたのか知る由もなく、不審なトランクの匂いをしきりに嗅ぎ回っているだけだった。


 そこそこ上手くやっていた、と思っていたのは居候当人だけで、日を追うごとに、ことに旦那さんからの風当たりは強くなっていった。夜中に音を立てること、部屋で煙草を吸うこと、おもにこの二点についてたびたび苦情を言われ、五ヶ月めに入ったころには露骨に退去を迫られるようになった。

 ある日の午後、外出先から帰って合鍵で中に入ろうとしたらドアチェーンがかかっていた。部屋の中で私のメールを受け取った彼女は激怒しており、旦那が帰宅するまで外の駐車場で待っていろと言う。

 私の対応は素早かった。ただちに知人に連絡を取り、今夜の宿を確保するや否や、彼女に一刻も早く出ていくからと告げてドアを開けてもらい、残りの荷物はあとで送ってくれと頼むと最低限の持ち物をトランクにまとめ、旦那さんとは顔を合わせず部屋をあとにして、その日の晩には知人に紹介されたMtFの女性と、団地の一室で枕を並べていた。


 MtFさんとの暮らしは一転して気楽だったが、さすがに居候の肩書きに疲れてきた私は、実家の近くで物件を探すことを考えていた。ある程度の貯金はあれど定収入がない私と、不動産屋の担当者が相談し合って出した結論は、兄を名義人にして審査を通すことだった。数年前に嫁を迎えて所帯を持っていた兄にはさぞ迷惑な話だったことだろう。さらに、年齢的にかろうじて働いていた父を説得して保証人になってもらい、書類一式を整えて、実家から歩いて15分の手ごろなマンションを無事契約までこぎつけられた。楽しい団地ライフは二週間で切り上げ、私のひとり暮らしが再々々スタートした。ただし「猫抜き」で。


 最初は順調だった。実家で夕食だけ摂って夜は部屋に戻る生活が、年末熱を出して寝込んでからひっくり返り、実家で寝泊まりして昼間だけ兄名義で借りている部屋に滞在する、という一見無意味な生活サイクルに変わって、私の中で何かが狂い出し、そのずれた隙間につけ込むかのごとく、デキストロメトルファンという名の魔物が忍び寄ってきた。

 

 そしてまもなく、堰を切ったように、何もかもが狂気にまみれていった。

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