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ねこのはなし(仮)  作者: 黒蜜ハルカ
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ねこのはなし(9)the cat's side

 雨は嫌いだ。ふだんは記憶の底に深く沈んでいる、あの不安な日々が、うっすらと浮かび上がってくるからだ。

 朝から晩まで降る小雨は、まったく喉を潤してはくれないのに、屋根のない道を歩くと、根元までしっかり毛皮を湿らせた。僕はひとりぼっちで、濡れた毛をつくろう間もなく、雨の中をとぼとぼ探しても探しても、食べられるものなんて見つけられなかった。くたびれ果ててへたり込んでも、顔をうずめられる暖かいお腹、なめらかな舌触りの温いおっぱいはどこにもない。暑いんだか寒いんだか、もう分からない。全身が痒い。上と下のまぶたがべとべとにくっついて上手く開かない。鼻が詰まって息が苦しい……。


「ニーくん、今日は雨だから窓は見ないわね」

 はっと我に返った。柔らかく身体を包む「桶」の中でうつらうつらしていた僕は、首を上げてあたりを見回し、安堵のため息をついた。「おばちゃん」が窓の外を見て「いやぁねぇ、蒸すし、これじゃ洗濯物が乾かないわ」などと嘆いている。ここは安全な居場所で、僕は守られている。


 「桶」からのっそりと這い出し、僕はさっそく「おばちゃん」に間食の催促をしたが、「おばちゃん」はつれなく「だめだめ、まだお昼じゃないでしょ? もう誰もごはん食べてないでしょ? おばちゃんは洗濯物干してくるからね」と洗濯籠を抱えて浴室に向かおうとする。

 ただでは通すまいと、僕はすかさず「おばちゃん」の足を狙って飛びついた。

「きゃあ! なにするのニーくん! 危ないわねぇ、転んだらどうするの!?」

 ごはーん、ごはーん、と僕は言っているつもりなのに、口からは「にゃあん、にゃあぁぁん」という声しか出ない。猫には人間の言葉が通じるのに、人間には猫の言葉が通じないなんて、人間は意外と頭が悪いんじゃないのかな?


 そのあとも辛抱強くつきまとい、もういちど足に嚙みつこうとして逃げられたり、サービスあくび(鳴き声を伴ったあくびを人間たちはこう呼んでいる。別にサービスしている気はさらさらないのだが)をしてみたり、あの手この手を尽くして半時間後、ついに僕は粘り勝ちで間食を獲得した。

「しょうがないわねぇ、お昼が減るわよ」ぶつくさ呟きながら床に正座した「おばちゃん」の膝の上に、威勢よく両の前足を乗せると、優しい手が頭を撫でる。

「まったく、あんたには敵わないわ」と文句を言いはしても、しまいには折れて、十数粒くらいはプラスチックの容器からお皿に移してくれるのを僕はちゃんと知っているのだ。

 そう、「おばちゃん」なら。


 僕にも、とても敵わないと思っている人間がひとりいる。拾い主の「はるちゃん」だ。この人にだけは、どうも強気に出られない。どうしてなのか自分でも判らないのだけれど、「はるちゃん」に叱られたり、そうでなくてもじっと見つめられたり、声を聞いたりするだけで、僕は変に萎縮してしまうのだ。特にひどく怒られたり乱暴に扱われたりした覚えはない。でもなんだか、ずっと前から一緒にいるような、すべてを見透かされているような、お尻がくすぐったくなるような、そばにいると落ち着くような、落ち着かないような……。


 そんな「はるちゃん」は去年の夏と同じく、またしても長いこと家を空けている。今度は一ヶ月ばかりいなくなったと思ったら馬鹿でかいスーツケースを転がして帰ってきた。そして、匂いを嗅いでどこへ行っていたのか確かめようとする僕に大した挨拶もなく、その日のうちにあたふたと出ていってから、もうじき一週間になる。

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