第九話 再戦
奴が時折、こちらの隙を伺っていることは気づいていた。
勿論、干潟ではピリピリと警戒している俺は、奴の姿が少しでも見えたら慌てて竹やぶに逃げ込む。
だから、奴もいい加減しびれを切らしている頃だろう。
よし、でももういい。
お前の相手をしてやろう。
俺の準備は整った!
それでもチキンな俺は、走ればギリギリ竹やぶに駆け込める範囲に陣取って、お化けヤドカリを待ち受けることにした。
ふん、これも兵法だ。
魔物相手に卑怯もクソもない。
果たして数日後、ついに奴は来た。
右のハサミにボコボコとついた傷はまさしく奴だ。
けれどずいぶん元に戻っている。
奴も回復能力が強いのか、溶け落ちたはずの右目も再生していた。
わさわさと迫り来る太いヤドカリ脚の気色悪い動きを見ると、思わず腰がひけてしまう。
俺はなんとか自分を奮い立たせて、奴を睨み付けた。
作戦どおり。
まずは竹のコップになみなみ入れた俺の血水を投げつける。
バシャッ!
甲羅が溶けて蒸気があがった。
サービスで血をマシマシで混ぜておいたからな!
すかさず水鉄砲。
改良型の最新式は飛距離が十メートルを超すのだ。
とっかえひっかえ五本の水鉄砲をぶっぱなす。
もうもうと沸く煙。
少し退いて、干潟の泥に突き刺してずらりと並べた竹槍を手に取った。
「行っけぇ!」
先端に俺の血をたっぷり塗った竹槍を全力で投げつける。
やり投げの練習は何度もやったんだ!
すかさず次の槍。
竹槍は全部で十二本用意した。
これでダメなら聖域に撤退だ。
しかし、二本目の槍はもう必要なかった。
シュウシュウと溶ける甲殻の煙が晴れると、そこには土手っ腹に大穴が開いて残骸と化した魔物の死体があったのだ。
「やった!」
張り詰めていた気が抜けて、俺はへなへなと肩を落とした。
巨大で鋭利なハサミをゲット。
それ以外の甲羅は俺の血水を浴びたせいですっかり脆くなって、やがてしばらくたつと灰のように崩れ落ちた。
そして、灰の中から紫色に光る小さな輝く石が採れた。
石はきれいなドーナツ状をしている。
「これって、魔石?」
異世界ものでは定番のやつだ。
わからないけど、とりあえず持っておこう。
置き場所は…。
俺は聖域の横に竹で組んだ小さなやぐらを建て、魔物の見張り台を兼ねて、聖域に持ち込めない戦利品や道具を収納する倉庫を作った。
ヤドカリのハサミも、結構大きなものも他に幾つかゲットしているのだ。
ちょうど作業場にもなるし、ヤドカリの肉を干して保存食も作っておきたい。
俺はやぐらのてっぺんから、泥の干潟の遥か彼方を見渡していた。
そう。
俺の次の目標はここを出て、新たな地平を見いだすことなのだ。
…心を病まないうちに。