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第五話 パンダかよ!?

どんよりグレーの曇り空。

目の前に広がる黒っぽい泥の平原。

軽く一歩を踏み出せば、ずぶりと靴が沈み込む。

俺は慌てて足を戻した。


海?

…ここは海だ!


有明海…だったっけ、ムツゴロウを干潟で釣るみたいなテレビでこんな景色を見たことがある。

振りかえれば、竹やぶは広大な干潟の真ん中にぽっかりと取り残された小舟のように、全く不自然に存在していた。


俺は慌てて竹やぶの中に駆け戻って、反対側に走り抜けた。

「こっちもか」

ものの十メートルほどで竹林は途切れ、やはりずっと向こうまで泥の干潟が広がっている。

右も、左も、俺は竹やぶをぐるりと一周してみた。

けれど泥の景色に果てはなく、俺にわかったのは、ここがどうにも行き場のない無人島のような場所だということだけだった。


「そうだ、食べ物!それに水も!」

こんなところに転生させられたって、食べ物も水もなければ数日で飢え死んでしまう。

俺は竹やぶを歩き回って食べ物を探した。


竹と言えばタケノコ。

タケノコは無いか…。


「あった…」

足元から黒っぽい皮をまとったタケノコがニョッキリと頭を出している。

「こんなの食えんのかな?」


皮をベリベリ剥いて、白いタケノコを恐る恐る齧ってみた。

…ん?

「結構いける。甘い!」

何の調理もしてないけど、タケノコは甘くてみずみずしかった。


「もしかして、葉っぱもいけたりする?」

柔らかそうな若い竹の先端の葉をちぎって、もしゃもしゃと噛んでみる。

「これは…」

ものすごく美味いというわけではないが、普通に食べられる。


俺の味覚が変わったのか、それともここの竹が変なのか。


若い竹を齧ると、節の間に水が溜まっていた。飲めばまろやかで、飲み水の心配もないことがわかった。


「これからどうしよう…」

とりあえず当面の食べ物に心配ないことがわかり、俺はなんだか気が抜けて、タケノコをぽりぽりと齧りながら何もない地の果てをぼうっと眺めていた。


変化の無いように見えた黒っぽい泥の干潟は、次第に潮が満ちて、やがてほんの数センチほどの水深の浅い海になった。

竹やぶまでずんずん潮が満ちたらどうしようかと思ったが、どうやら満潮でもこれぐらいのようだ。

水は塩辛かったから、やっぱり海に違いない。

そしてまたしばらくすると少しずつ潮は引き、泥の干潟が現れ始めた。


観察を続けていると、泥の中に何か生き物がいるのを見つけた。

小さな白っぽい脚が動いている。


蟹か?エビか?


覗きこめば、それは小さなヤドカリのようだった。

目がなれると、あちこちにヤドカリがいることに気づいた。巣穴らしき小さな穴がそこかしこに開いている。


…良かった。ひとりじゃなかった。


俺はなんだか嬉しくなって、ヤドカリの動きを飽きずにずっと見ていたのだ。


「お、大物!」

小さなヤドカリは微妙に大小があって、たまに他の数倍サイズのものがいた。

さらに探していると、手のひらサイズのものまでいた。


「もしかして、食べられる?」

これほど大きくなると、鑑賞用ではなく食料用という選択肢が、俺の頭の中にもたげてくる。


「ヤドカリって食えたっけ?」

エビもカニも美味いんだから、ヤドカリも食えるに違いない。


現金なものだ。さっきまでひとりじゃなかった…などとちょっとした仲間意識まで持っていたヤドカリなのに、もう食べることを考えている。

けれど、タケノコだけで生きていけるとも思えないし。


素手は怖いから、俺は竹やぶに戻って竹の棒で簡単なもりを作ることにした。

枯れた竹を折り取って、ささくれを整えて先を尖らせる。

ノコギリもナイフも無いから、すぱっときれいな竹やりなんて作れない。

けれど、ヤドカリを仕留めるには十分だろう。


また干潟に舞い戻って、息を殺して大物を捜す。


…いた。


ガシガシ。


竹の銛で突きまくれば、硬そうな殻がなんとか砕けて、ヤドカリを仕留めることができた。

ヤドカリとは言うが、こいつが背負ってるのは巻き貝の宿じゃなくって、自前の甲羅のようだ。

「ちょっと気持ち悪いけど…」

解体して食べられそうな白い身の部分だけをちぎり、塩水でよく洗って恐る恐る端っこを齧ってみる。

「甘い!」

生でどうかと思ったけど、これは美味しい。

醤油が欲しくなる感じだ。


一度食べれば味をしめて、俺はまた次の獲物を探し始めた。


…見つけた!

今度はさっきのより、もう一回り大きい。

仕留めて食べれば、さっきのより美味い。

大きいと、食べごたえもある。

大満足だったが、本当はそのへんでおかしいと気づくべきだったんだ。


だって、サッカーボールよりでかいヤドカリって、ちょっと育ちすぎだろう?

小さなヤドカリがここまで育つってことは…。


ヤドカリの刺身に舌鼓を打っていた俺は、背後に感じた嫌な予感にふっと後ろを振り向いた。


「いいっ!?」

干潟のすぐむこうに姿を現した超巨大なヤドカリを見て、俺は短い悲鳴をあげた。

うねうねと動く脚は、一本の太さが俺の腕より太い。

その高さは俺の背丈より絶対に大きかった。


育ちすぎ!


…やばい!


俺は竹の銛を手に持って後ずさりすると、全速力で竹やぶに向かって逃げたのだ。


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