第二十八話 不夜城
「8、9、…10人。船の上に3人、砂浜で作業をするのが10人。合計13人…かな?」
干しタケノコをかじりながら、レプレが言った。
「うん、俺もそう思った」
スマホもパソコンもやってないし、歳も若くなったみたいだし、何より毎日水平線の果てばっかり見ているから、俺の目は前世と比べたらびっくりするぐらい遠くが良く見えるようになっていた。
レプレにも一応数えてもらって、敵の人数を再確認する。
「あの船の上の黒い服の人が、たぶん頭目だよ」
「確かに。言われてみればいろいろ指示を出しているように見えるな」
奴らが戻ってきてから、人影の動きが慌ただしくなっている。
そりゃそうだろう。
船に残してきた見張りと捕虜が、忽然と姿を消しているんだからな。
折れた帆柱の上にするすると登った男が、ずっとあちこちを見回している。
こっちを見られると、なんだか目が合っているような気がして落ち着かない。
擬態は完璧だと思うけど、もし見抜かれたら終わりだ。逃げられない。
「こっちまで探しに来るかな?」
「どうだろう?もう暗くなってきたし。食料や水を盗られていたら焦って取り返そうとするかもしれないけど、今のところ実害が無いわけだからね」
「…もう少し暗くなったら、ここからちょっと出られるかな?」
「そうだね…。トイレ?」
俺が訊ねると、レプレは無言で頷いた。
「我慢できなくなったら、ここでしてもいいよ。あっち向いて、耳塞いでる」
「…ばか。我慢する」
「俺も結構きてるから。我慢できなくなったらごめん」
幸い、お互いにお漏らしすることもなく夜闇が訪れて、俺たちは交代でざる舟を抜け出して無事に用を足すことができた。
足跡は徹底的に消して、砂をかけ直して擬態も元通りにする。
海賊たちは船の上と、浜辺にも煌々と火を焚いて、照らし出された難破船はさながら不夜城のように威容を誇っていた。
「何か臭くないか?」
俺の問いに、レプレはえっ?と目を泳がせて、
「そ、そうかな?」
と言った。
「何だろう、この臭い。レプレは臭わない?」
「…もしかして、油の匂いのこと?」
「油?」
「積み荷の菜種油だよ。あいつら、商品の油を燃やしているのよ」
レプレは忌々し気に言った。
彼女の商会が交易で運んでいた物資なのだという。商品を燃やされて腹立たしいに違いない。
「…どれくらい積んでいたんだ?」
「うーん、あの船だけで20樽…かな?」
樽というのがどれくらいの大きさなのか想像もつかなかったが、とにかく結構な量の油があるということか。
「ねえプレイト。あいつら、ずっとここに居座るのかな?」
「さあ、どうだろう。海賊の仲間が助けにくるのなら待つだろうけど…」
「あいつらがあそこにいる限り、私たちはこうして隠れてなきゃいけないのよね」
「…そうだな」
「…結構きついね」
ぽつりとレプレがこぼした。
「…レプレはもう寝た方がいい。疲れただろう。さっきは寝かせてもらったから、今度は君の番だ」
「…うん。寝込みを襲わないでね?」
「も、もちろんだよ!君を襲ったりなんかしないよ!」
俺は慌てて首を振った。
「冗談。でもプレイトはデリカシーが足りなさそうだから」
「え?そう!」
「冗談よ」
レプレはにこりと笑顔を見せた。
「でもね。油の匂いより、ここの中の方がよっぽど臭うわよ?もう慣れたけど」
「う…」
自覚はある。
潮に濡れて磯臭いし、おまけに干し魚とか作ってるし。それに竹の匂いとか、血の匂いとか…。
そもそも俺はどうだろう?
きちんと身体は洗ってるけど、海水しか無いからな…。
「ごめん。俺も臭いかな…」
「ん?どれどれ…」
言いながらレプレは俺の髪に手を伸ばし、するするとにじり寄って顔を近づけてきたのだ。
「え!レ、レプレ…!?」
彼女の胸元が目と鼻の先に迫る。
ふわり、と漂う女の子の香り。
くんくん…。
レプレは俺の髪を嗅いだ。
「うーん。潮の香りね。海の男っぽくて、嫌いじゃないわよ?」
「そ、そう…、よかった」
心臓の鼓動がバクバクと響いて、俺は目を泳がせた。
「襲うなら、もっと良い匂いのロマンティックなところにしてよね」
そう言うと、レプレはころりと向こうを向いた。
「…レプレ?」
ぽかんとする俺を背に、彼女は寝息を立て始めたのだった。




