第二十七話 海賊の帰還
「副長、どうしやす?返事がないですぜ?」
眼帯の男が振り返って言った。
船に向かって何度呼びかけても見張りが姿を現さないのだ。
「ふん、あいつら寝てやがったら承知しねえぞ」
凄みのある目を細めて、副長はちらりと甲板を見上げた。頬に傷のある凶悪な顔が歪む。
今日一日、彼らは延々と砂浜と磯を歩いて付近の捜索をしてきた。
だが、歩き回った甲斐もなく収穫は皆無で、真水もめぼしい食料も、全くといって見当たらなかった。
生き物は小さく群れて動く虫と、汀に打ち上げられた刺のある海藻ぐらい。
歩き疲れ、機嫌悪く船まで帰り着いてみれば、見張りに残した奴らの出迎えも無い。
見張り番すらできねえ奴らに食い扶持はねえな。
明日はあいつらに捜索をさせて、そのまま始末しちまうか。
「くそっ」
彼は頬の傷を撫でながら毒づいた。
この近辺で食料も水も調達できないとなると、しばらくは船の積み荷だけで賄うことになる。
生き残った仲間は15人と女がひとり。
まともに飲み食いすりゃあひと月持つかどうか。
使えない奴から間引くしかねぇ。
「おい、お前、上行って見て来い。残りの奴らは野営の準備だ。暗くなるまでにさっさとしろ!」
「へい!」
難破した船は傾いていた。
船体は割れ、竜骨は折れているのだ。
船で寝るより、浜で野営した方がよさそうだった。
「それと、あの娘っ子も連れて来やがれ!」
むしゃくしゃする時は女でも抱いて寝ちまうに限る。
「へい!うひひ…」
返事に下卑た笑いが混じった。
「ありゃあ生娘だ。お前らがあんまりがっつくと壊れちまう!今夜は5人までだ!」
男たちが資材を取りに船に乗り込むのを横目に見ながら、彼はどっかと浜に腰を下ろした。
ポケットから、おかしらに渡された虎の子の地図を取り出す。
地図には海賊が知り得た裏の知識が満載されている。
独行する船の采配を任されるような高級幹部だけが見ることを許された、極秘の地図である。
…そしてその地図には、幻海の概略についてもいくらかの書き込みがあった。
あの巨大な魔物に襲われた位置から推定して、ここが幻海の東側であることは疑いない。
船乗りたちの間では、幻海とは夜明けの王国の果て、カウダパンテラと呼ばれる南に突き出た長細い半島の周囲に広がる広大な遠浅の海のことを指すのだという。
この浅い海は複雑な海流によって出来上がった迷路のような砂嘴がいくつも入り組んでいて、近づく船はたちまち座礁の危機にさらされる。
繰り返す深みと浅瀬、渦巻く海峡、そして出没する魔物。
陸からも、海からも人を寄せ付けぬ人跡未踏の地に、詳らかな情報はほとんどない。
ただ、ここが幻海の東側であるならば、西か、あるいは北に向かえば、いずれカウダパンテラの脊梁が見えてくるはずだった。
「全く、ついてねえぜ」
副長はため息をついて地図をポケットにしまった。
水が尽きないうちに、早々に決断して西へと向かう必要があるだろう。
今日の捜索では行けども行けども地の果てまで、砂と磯の織り成す景色が続いていた。
カウダパンテラまで、一体どれほどの距離があるのか…。
その時、甲板から声が降ってきた。
「副長!」
「何だ?」
「だ、誰もいやせんぜ!」
「何だと!?」
◇
甲板にも、船中を探しても、見張りに残した二人の男の姿は無かった。
そして、帆柱に縛り付けた娘もおらず、解かれた縄だけが残されていたのだ。
「あいつら、女連れて逃げやがったのか?」
副長は鋭い眼光をぎらりと放った。
「食料と水をチェックしろ!遠見、船楼に登って砂浜を探せ!」
…おかしい。奴らは足をやっちまってるんだ。その上女連れで逃げられると思ってるのか?
「副長!積み荷は変わりありません」
「副長!見渡す限りに人影は発見できません」
間もなくあがってきた報告に、彼は眉をひそめた。
…奴らは本当に逃げたのか?




