第二十六話 待ち伏せ
「…プレイト」
船の様子を窺っていたレプレが小声で呼んだ。
プレイト…まだ慣れないけど、レプレが俺につけてくれた名前だ。
◇
ずっと気を張っていると消耗してしまうから、俺は交代で眠ることを提案した。
夜もきっと熟睡するわけにはいかないだろうし。
レプレは自分が先に見張りをすると言ってきかなかったので、俺は先に休ませて貰うことにしたのだ。
…けれど、全然眠れない。
そりゃそうだよ!
身体が触れるほどすぐ隣に、こんな可愛い女の子がいるんだもの。
歳は多分十代半ばぐらいだろう。子どもと言えば子どもなんだろうけど、身体は十分すぎるほどに女性らしさを整えているのだ。
高校の時のクラスは男子ばかりで、女の子にはとんと縁の無かった俺だから、こんな降って湧いたようなラッキーシチュエーションに緊張しないわけがない。
え?自分から誘ったんだろうって?
海賊が戻って来るまでに逃げなきゃって言われても、こんな見通しの良い砂浜で隠れる場所なんて、ここしか思いつかなかったんだよ!
けれどよくよく冷静に考えてみれば、さっき会ったばかりの女の子に、二人で一緒にこんな狭い中に潜り込もうだなんてよく言えたものだ。
それでもレプレは嫌な顔もせずに、こうして俺の言うとおりにしてくれている。
本当に俺のことを信用してくれているのだ。
だから俺も紳士でいないとな。
「ねえ…」
囁くレプレ。
薄闇の中、彼女がこっちを見つめている。
淡いピンクの瞳。
白い頬。
顔が、近い。
俺は思わず身体がカチカチになり、頭に血が昇るのを感じた。
いかんいかん!
色即是空、色即是空。
どうにか落ち着いた俺に、彼女は名前をつけてくれた。
プレイト…。
この世界での俺の名だ。
胸の中で反芻する。
それから、彼女はぽつりぽつりと身の上の話を始めたのだ。
彼女にふりかかった災いの数々は、本当に涙なしには聞けないものだった。
それでも彼女は、健気にも前を向いて生きようとしている。
俺は海賊に拐われたという彼女のお姉さんを探しだすのに、協力を惜しまないつもりだった。
もちろん、生きてこのピンチを逃れられたらの話だけど…。
◇
「ね、プレイト、起きて。奴らが戻ってきたよ!」
「え、どこ!?」
はっと気付いて、俺は慌てて身体を起こした。
いつの間にか眠ってしまったらしい。
ざるの蓋に穿った覗き穴から、難破船に目を凝らしてみる。
時刻は、たぶんそろそろ夕方に近づこうという頃。
だが、船の甲板にはどう見ても人の姿は無い。
「どこだろう?見えない…けど」
「ううん…、声が聞こえるの。内容までは聞き取れ無いけど、話し声がする」
レプレは耳をピンと立てていた。
俺は耳をすませてみたが、微かな波の音がするだけで、話し声など全く聞こえない。
「凄いな…耳、いいんだ」
俺が素直に感嘆すると、レプレはにへらと口角を上げた。
「キミに凄いって言われると嬉しいな」
「何で?」
「だって…、私、足手まといのいらない子になりたくないもの」
足手まとい?
彼女はそんなことを考えていたのか?
「ばか。いらないわけ無いよ。レプレが居なくなると、困る」
「困るの?」
「うん。君に居なくなられると、淋しい」
ひとりぼっちはもううんざりなんだ!
なぜかレプレは顔を真っ赤にして、挙動不審におどおどと正面を向いて叫んだ。
「かっ、海賊が叫んでる。たぶん残していった見張り役を呼んでるんだと思う!」
…ん?俺、なんか変なこと言ったか?
ま、いいか。
「見張り役って、レプレを襲おうとした例の?」
「うん…。たぶん、フナムシ?の魔物に食べられたんだと思うけど…」
「誰も居ないと知ったら、どうするだろう?」
俺たちはそれから、息を潜めて船の様子を窺ったのだ。




