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第二十一話 遭難

私はそのまま船底の船倉に閉じ込められた。


錨を揚げる音が聞こえ、帆柱から振動が伝わってくる。

私は普通の人より耳が聡い。

手枷を嵌められ、足を鎖で繋がれても、船底に耳をつければ、微かな音を頼りに外の様子を聞き分けることができた。


舵はほとんど動いていない。

進路は変えないのだろうか。

姉が連れ去られた船は同じ港に向かうのだろうか?


不安に押し潰されそうになりながら、私は船倉の暗闇の中でひたすら耐えた。


数時間が経っただろうか。

遥か水底から聞こえてくる、何か得体のしれない音に気づいた私は、背筋が寒くなるような恐怖に襲われた。


コボコボ、シュゴー、ゴボッ。

コボコボ、シュゴー、ゴボッ。

コボコボ、シュゴー、ゴボッ。


規則正しく繰り返される奇妙な音。

それは決して聞きなれた船の音ではなかった。


その音は付かず離れずの位置から、まるで様子を窺うかのように船の後をつけてくるのだ。

「誰か!」

私は声を出したが、船底に人は居ないらしく誰も気づいてはくれない。


そして私の声に反応したかのように、音は激しくなり、やがて迫りくる水流音とともに、船底を揺らす衝撃が響いた。


ズーン…。


腹の底に響く音。

船が激しく揺れる。

甲板から騒がしい怒鳴り声が聞こえた。


…怪物。

…クラーケン。


男たちの叫び声に混じって、剣呑な言葉が聞こえてくる。

私は転がされないよう、傾く床に必死につかまりながら、船底の板一枚挟んで向こう側にいる怪物の音を聞いていた。


コボコボ、シュゴー、ゴボッ。

コボコボ、シュゴー、ゴボッ。


音は間近に迫り、ドド、ドド、と拍動音も聞こえてくる。

どうやら怪物は船底にしがみつき、船体に触手を絡めているようだった。


甲板に響く悲鳴。

触手につかまった人が、海に引きずり込まれているらしい。


ミシ、ミシと、触手に締め上げられた船体が嫌な音を立てている。

やがて壁面にひびが入り、あちこちから海水が噴きこみ始めた。

船底は次第に水が溜まりはじめ、私は目前に迫る死に恐怖した。



どれほど時が経っただろう。


もう甲板から人の声はしない。

怪物に皆食べられてしまったのだろうか。

そして、怪物は…まだ船に絡みついていた。


ミシミシ、ミシミシ…。

きしむ船体。

けれど、この船の竜骨と肋材は依然として怪物の怪力に耐えていた。

お父様は船を作るとき、どれだけ大枚はたいても最高の設計士と最高の船大工と、そして最高の材料を使うのだといつも自慢していた。

命あってのものだねだから、船をつくるのにお金をけちるのは愚か者のすることだと言うのだ。


オービ産かリバーノ産か、柾目の杉は頑丈でちょっとやそっとの嵐の大波などものともしない。

天国のお父様に感謝しながら、私は心の中で船がこのまま耐え凌いでくれることを祈り続けた。


ミシミシミシ…。


軋み音が激しくなる。

怪物は船を深みに引きずり込もうとしているらしい。

深海に沈めば、いかに頑丈な船でもこっぱ微塵になるだろう。


船底の水漏れは激しくなり、私は腰まで海水に浸かりながらドアを叩いて助けを求めた。

このまま密室に閉じ込められていては溺れ死んでしまう。


結果としては、甲板に逃げてもたちどころに喰われるだけだったわけだが、船底にいる私を、誰も助けることはなかった。


ずぶ濡れになりながら、もう抗うことを諦めた私は、呆然と水の中に立ち尽くしていたのだ。


その時である。


悲鳴のような鋭い音が、突如海中にこだましたのだ。

何か、また巨大な別の生き物が来た?

私の耳にはそんなふうに聞こえた。


ピイィィィィーッ!


突き上げるような振動。

船は木の葉のように翻弄され、私は船底の小部屋で天井も床も壁も、どちらが上でどちらが下かもわからないほどに激しく打ち付けられた。

水が溜まっていなければ、あるいは部屋の中に積まれた荷物が重い物であったならば、私は全身を骨折して死んでいたに違いない。


船は物凄い勢いで押し流され、私はそのまま気を失ってしまったのだ。


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