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第二十話 襲撃

今から思えばすべてが罠だったのかもしれない。


あの事故。

お父様と、お父様の右腕としてアリシオス商会を支えてきた事務長を同時に失うという衝撃的な事故。

その悲しみに打ちひしがれる暇もなく、姉と私は夜明けの王国へと向かう船団を指揮するために船に乗り込むことになったのだ。


この交易は商会の命運をかけた事業。

他人に任せるわけにはいかない。

自分たちがこの事業を成し遂げなければ、商会は倒産し、皆は路頭に迷うことになるのだ。


王国に向けて物資を満載した5隻の船団は、気候にも恵まれて、それこそ順風満帆にターミナ海を横断していた。

出帆して5日。

船は洋上まっただ中を進んでいる。


ひとたび僚船を見失えば、再び見つけることも難しい。

そんな大洋の真ん中で海賊に襲われるなんて、誰が考えるだろうか。


今思えば、船団の中に手引きする者がいて、海賊に後をつけられていたとしか思えない。

いつ現れるかもわからない獲物を、大洋の真ん中で呑気に待ち受ける海賊などいる訳がないのだ。


深夜に襲われた私たちに、なすすべは無かった。

小早舟で次々に乗り込んでくる海賊たち。

前夜になぜか酒樽が開けられていて、泥酔していた用心棒たちは何の役にも立たず、船はあっという間に占拠されたのだ。


姉と私は荒くれ者の海賊たちに捕らえられ、甲板に引き出された。

恐ろしい男たちが、月明かりにギラギラと刀を光らせながらずらりと並んでいる。

「ケケケ…、おとなしくしてりゃあ命までは取らねえよ」

海賊の親玉とおぼしき男が下卑た笑いを浮かべて姉の顔を覗きこんだ。


「やめてよっ!」

あごを持ち上げられて、姉が必死に抵抗する。

「あのごうつく親父の娘とは思えねえ上玉じゃねえか。(おか)にあがったらたっぷりと可愛がってやろう」

「くっ…、下郎が!」

気丈にも口答えする姉。


私はといえば、強面の海賊にギロリと視線を向けられて、恐ろしさの余り声も出せなかった。


怯える私を値踏みするように眺める海賊に、姉が叫んだ。

「アリシオスの当主は私よ!この子は関係無いでしょう!すぐ放しなさい!」

「お姉ちゃん!」

「あなたは黙ってなさい!」

姉は私をかばうように前に出た。


「ケケケ…なかなか肝の据わった娘じゃねえか。気の強いのも悪くねえ。お前、名前は?」

「…」

「おめぇ、おかしらが名前を聞いてんだよっ」

無視する姉の背を、横合いから男が蹴った。

「お姉ちゃん!」

「…くっ」

唇を噛みしめて、姉は顔をゆがめた。


「まあ待て。傷ものにしちゃいけねえ」

おかしらと呼ばれた男が目の前にしゃがみこんで言った。

「いい度胸してやがる。でもな、俺の言うことを素直に聞かねえと、どうなっても知らねえぞ?」

ニタリと男が笑った。

「海の男はみんな女に飢えてるんだ。ここでお前の妹をたっぷりいたぶってやってもいいんだぜ?」

姉は顔色を変えた。

「…卑怯者!」

「どうすんだ、え?」

「…クエラ」

「あぁん?何だ?」

「クエラよ!私の名前。これでいいでしょ?妹を放して!」


「ケケケ…あんたがクエラちゃんかい。おい!お前ら、この娘をエスケレート号に連れて行くぞ。ガスパル、お前はこの船を回航しろ!」

男たちがわさわさと動きだす。

「ちょ、ちょっと!何するの!」

「さっさと立たねえか!」

男たちに引っ立てられていく姉に、私はすがりついた。

「お姉ちゃんっ!」

両手を縛る手枷がガチャガチャと音をたてる。

「邪魔だ!どけ」

足蹴にされた私を見て、姉が騒いだ。

「何をするの!妹に乱暴しないで!」

「うるせえ!」

離ればなれになったら、もう二度と会えない。

そんな予感がしてなおも必死にすがりつく私を、男が無慈悲に振りほどいた。

「お願い!妹には何もしないって約束して!」

「それはな、嬢ちゃん。お前の態度次第だぜ?」

長い耳元に囁かれて、姉は身体を硬直させた。

「くっ、…お願い、します」


うなだれた姉を、男たちは別の船へと連れ去って行った。

私は涙も涸れるまで泣き叫んだが、どうすることもできなかったのだ。


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