第十八話 発見
ざる舟の底に取り付けたゴカイの自動歩行装置。
そのお陰で大幅なスピードアップが出来るようになって一週間が過ぎた時、俺は水平線の果てに、ついに何か(・・)を見つけたのだ。
ずっとずっと、水平線ばかり見続けてきた俺だからわかる。
それは米粒より小さな点だったが、歩みを進めるにつれて次第に何か自然の造形とは思えない形を現しはじめた。
…何だろう?
俺は期待と不安の狭間で落ち着かないながらも、気がつけば小走りになるぐらい、一心不乱にそれを目指したのだ。
「船?…船か?」
黒い影の塊に見えていたそれは、巨大な船だった。
…難破船?
船底は砂浜に打ち上がり、黒々とした船は不安定な巨体を晒して、何もない地面にぽつんと聳えていた。
「人は…人はどうなったんだ!?」
俺はざる舟を放り出して駆け出しそうになり、それから思い返して竹槍と、ヤドカリのハサミを持って砂浜を走った。
油断したらダメだ!
人を襲う魔物がいるかもしれないし、もしかしたら人にだって襲われるかもしれない。
魔物なら俺の血の力でなんとかなるかもしれないけど、盗賊なんかに襲われたら戦って勝てる気なんてしない。
船は、見上げるほどに大きかった。
たぶん海に浮かんでいる姿だったらそこまで大きいと感じなかったかもしれない。
けれど座礁して船底まで晒した船は三階建ての建物ぐらいの高さに聳え、そして船体は真っ二つに折れていた。
真っ黒な廃墟のようなその姿に、俺はごくりと唾を呑んだ。
そして船縁をぐるりと見渡した時、はるか高い所に人の姿を見つけたのだ。
「人だ!」
俺は叫び、走った。
聳えるように高い船べりから、人がぶら下がって落ちそうになっている。
「おーい!大丈夫か!」
大声で呼び掛けても反応はない。
気を失っているのか。
それとも、死んでいるのか。
無造作に壁に掛けた布きれのように、その人は船縁から突き出した構造物にだらりと引っ掛かっていた。
「た、助けなきゃ!」
…どうしよう!
俺は子どもを助けに、川に飛び込んだときのことを思い出した。
…今度からは、浮き輪を投げてあげたり、竹竿で手繰り寄せたりする方がいいね…
なぜか神様に言われた言葉を思い出すと、浮足立った心が落ち着いた。
とにかく、あそこまで登って、船縁から引き上げる以外に手はなさそうだ。
二つに割れた船体の間から、なんとかよじ登って船の中に入り込む。
木は湿って滑りそうだが、腐ってはいない。
甲板にあがる梯子を見つけて、俺は一息にてっぺんまで駆け上ったのだ。
難破船の甲板は、少し斜めに傾いている。
あの辺か?
雑多な荷物が散乱する甲板を横切り、俺は人がぶら下がっていたあたりの船べりを覗き込んだ。
…いた。
いつ難破したか分からないような船。
こんなところにぶら下がって、生きているわけがないか…。
大きなショールのようなものが被さって、下を向いているので背中しかみえない。
けれど、体つきから若い女性のようだった。
死んでいたとしてもこんなままじゃ可哀そうだ。
ちゃんと弔ってあげないと。
だから俺は彼女を引き上げることに決めたんだ。
半年以上も独りぼっちで過ごして、俺は本当に人恋しかったんだと思う。
ちょっと怖いような気がしたけど、この世界で初めて見つけた人間なんだ。
このまま見捨てるなんてできなかった。
幸い、甲板にはそこかしこにロープが散乱していた。
ロープ。
欲しかったんだよ。あればどんなに便利だったか。あとで何本か拝借しよう。
俺は自分の身体にロープをしっかりと結わえ付け、頑丈そうな帆柱に繋いだ。
ぴんと引っ張って切れそうにないのを確認し、船べりに立つ。
下を覗くとちょっと足がすくんだ…。
俺は勇気をだして身を乗り出し、ほとんど逆さまになりながら、ぶら下がっている女性の身体に目いっぱいに手を伸ばした。
「ぐ…、頭に血が上る」
どうにか胴体にロープを回し、落ちないようにしっかりと結わえ付ける。
「よし…」
昔、友達に誘われて軽い気持ちで受けた2級船舶免許。実技で習ったロープの結び方の練習がこんなところで役に立つ。
ほどけないのを確認して、俺は彼女の身体を一気に引き上げたのだ。




