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第十六話 洗濯

うねうねと蠢く触手。

けれど、これだけ大きくなったら気持ち悪さというよりも、殺らないと殺られるという緊迫感でいっぱいいっぱいだ。


「これでも喰らえ!」

奴との距離は数メートル。

これだけ至近なら外しようがない。

俺は奴の顔面に、俺の血入りの水鉄砲を食らわせた。

もうもうと煙があがり、奴は悲鳴をあげてのたうつ。


「まだまだっ!」

俺は我を忘れて目の前に横たわる太い胴体を竹槍の穂先でぶった切っていた。


ベチッ!

俺の一撃で、奴の長い胴体が頭と尾の二つに切れた。

切断面から青い血が飛び散る。

…やったか?


と思った次の瞬間、頭側と尾側の2匹のゴカイが同時に襲い掛かってきたのだ。


触手が半分溶け落ちた気持ち悪い頭部と、頭の無い体がシンクロするように俺に向かってくる。

「ずるい!ちょ、ちょ、ちょっと待って!」

もちろん叫んでも相手は待ってくれない。

「こいつ!こいつ!こいつっ!」

俺は狂ったように、襲い来るゴカイを叩き斬った。


けれど何てこった!

嘘だろ!?

切ったら数が増えるなんて反則だ!


気がつけば、俺は周囲を切れ切れになったゴカイの群れに囲まれていた。


はあ、はあ、はあ…。

息が上がって心臓が口から飛び出しそうだ。

飛び道具の水鉄砲はもう手元にない。残りはざる舟の中まで取りに行かないとダメだ。


「くそっ…、こうなったら一か八か」

俺は視界の端に狙いを定めて、ゴカイの群れの中に駆けだした。

「とりゃあああっ!」

まとわりつくゴカイの切れ端を振り払う。

そして…。


グシャ。


俺は群れの中に紛れていた、奴の頭に竹槍を突き立てたのだ。


シュワッ!

触手のついた頭部が灰になると、俺にまとわりついていたゴカイの切れ端たちは動きを止めた。



「…ふう、酷い目に遭った」

俺の一張羅のツナギは、ゴカイの体液で真っ青に染まってドロドロになっていた。

「どうすんだよ…これ」


もう気持ち悪いを超えて放心状態だ。

生臭い潮の臭いで吐きそうになる。


とりあえず俺は素っ裸になって服を全部脱ぎ、浅瀬の潮だまりで汚れた服を必死に洗った。

「ダメだ。取れん」


これ以上ごしごしとこすると生地を痛めそうだ。

作業着は布も縫製もしっかりしているが、俺の着るものはこれしかないのだ。ボロボロにするわけにはいかない。

俺はブルーな気分のまま服を絞って、とぼとぼとざる舟に戻った。

誰が見てるわけでもないし、いっそ裸のままでいるか?

もう色はいいから、せめて臭いだけでもなんとかしてほしい。


ふと、俺は思いついて、俺の血の入った水を水筒からたらたらと服にこぼしてみた。

「おおっ!」

凄い!

やっば俺の血、半端ねえっ!


まるで強力な漂白剤を垂らしたように、水のかかったところが元の色に戻っていく。

「やった!凄い凄い!」

俺は嬉しくなって、水筒一本をすっかり空にして服に水をかけた。


「いや、待てよ?これって、俺の血を混ぜたら海水でもいいんじゃないのか?」

真水は貴重なのだ。

海水でいいなら、ほんのちょっと血を出すだけで足りる。


俺は空の水筒に海水を汲んできて、指先を切ってせっせと血を垂らした。


シュワワワ…。


汚れたツナギの服も、Tシャツもパンツも、水に浸けると一瞬で新品のような色を取り戻したのだ。


「凄い!これ、聖水だよ!?」

俺はこれから俺の血入りの水を聖水と呼ぶことにした。

ちょっと不遜だと思うけど、独りぼっちなんだ。誰に聞かれるわけでもないからいいだろう。


そういえば、周りにゴカイの切れ端が散乱している。

頭は灰になったけど、切り取られた体は残るらしい。


そういえばヤドカリのハサミも消えてないわけだから、魔石のある部分から切り離してしまえば死んでも灰にならないということなのかもしれない。


「そうそう、魔石、魔石。あるかな?」

何の役に立つかはわからないけど、綺麗だし、集めておいて損はないだろう。

灰になったゴカイの頭のあたりに、赤紫にキラリと輝く魔石が落ちていた。

それにしても魔石って丸い石のイメージだったんだけど、この世界ではドーナツそっくりの形をしているのだ。

ヤドカリもハゼも、大きめのドーナツぐらいだったのだが、このゴカイのは結構デカくてちょっとしたリングケーキぐらいある。

確かに、その分だけ難敵だったと思う。


せっかくゲットした魔石だ。

聖水に当てないように注意しないとな。

ヤドカリのハサミとか、魔物からゲットした便利なグッズは、聖水に触れると灰になってしまう。

「海水の聖水もここで処分してしまおう」


血さえ垂らせば聖水はすぐに作れるし、飲み水にもならない海水は荷物になるだけだ。

ここらに散らばっているゴカイの死骸にかければ灰になるんだから、ゴミの始末にもなるだろう。

俺はざる舟から、海水で作った聖水を入れた水筒を抱え持って、あちこちに散らばるゴカイの切れ端にかけてまわった。


シュワー。シュワー。

面白いように煙をあげて、肉片が灰になっていく。

こいつらのせいで俺の一張羅が台無しになるところだったのだ。


シュワー。シュワー。


何本目かの水筒が空になって、新しい水筒の水をかけた時だった。

「ぎょわっ!?」

いきなりゴカイの切れ端が走り出して、俺は飛び上がって驚いた。


「何で!?」

もう死んでるはずなのに?

あらぬ方向に走りだしたゴカイは、しばらく走り続けて動かなくなった。

俺は動転しながら、別のゴカイにも水をかけてみた。

「これも?」

同じようにビクビクっと痙攣して、3つほどの体節でできた切れ端が走り出していく。


「…?」

俺ははたと気づいて、水筒の水を飲んでみた。

「これ、真水だ…」

水筒の水は、竹から汲み出したばかりの真水だった。

汲みおきの飲料用の水筒を間違えて持ってきていたらしい。

血をいれてない、聖水じゃない水だ。

「真水をかけると動くのか?」


動きを止めた切れ端に、もう一度水を垂らしてみる。


てけてけてけてけ…。

ゴカイの切れ端はまた走り出した。

「これ!」

その瞬間、俺は素晴らしいアイデアを閃いたんだ。


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