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第十四話 第三次遠征


いよいよこの竹林の聖域ともお別れだと思うと感慨深いものがある。

第三次の遠征では、俺は新天地を求めて、もうこの場所には戻らないつもりでいた。


ここに戻ってくるということは、この地で独り一生を終えるしかないということ。


そんなのは絶対嫌だ!


生きている意味がない。


だから、結局八ヶ月ばかり過ごしたこの安住の地を去るのだ。


シミュレーションは十分だ。

もう二ヶ月も前から、俺はこの竹のざる舟の中で寝起きしている。


沖で一週間ばかり過ごす経験も積んだ。

ざる舟の中に根付かせた竹は、舟底いっぱいに根を張り巡らせ、船体強度の向上と、大切な真水の供給に貢献してくれている。


食料も一ヶ月分用意した。

干しタケノコ、干しヤドカリ、干しハゼ。

そして武器は水鉄砲二十丁、竹槍十本。ヤドカリのはさみ各種。

補修用の竹。


寝床の切り株は名残惜しいが、壊したら効果が無くなるかもしれないし、そもそも重すぎるので持っていくのは諦めた。


舟体は直径二メートルばかりの平たい円形。

はっきり言って舟というより、竹で編み上げたでっかいざるだ。

ひとまわり大きな蓋をかぶせれば雨露をしのげる屋根になる。

もちろん、赤黒くなるまで俺の血をたっぷりと塗り籠めてあって、魔物の襲撃は寄せ付けない。


(そり)のように引きずるため、籠の底面にブレードがわりの竹を付け、引っ張るためのハンドルも付けた。


「よし、じゃあ、行きますか」

ズルズルと、まるで赤黒いUFOにしか見えない大きな円盤を引き摺って、俺は旅に出たのだ。


ズルズル、ズルズル。


舟体は編んだ竹なので丈夫な割には軽い。

軽いんだけど、さすがに今は寝る場所以外ぎっしりと食料を満載しているので、俺は干潟に足を取られながら、ゆっくりと進むしかなかった。


疲れるほど急ぐ必要はない。

二日目に第一次遠征の竹竿地点。三日目にお化けハゼを退治した場所で野営し、四日目からは未踏の干潟に進出した。


ズルズル、ズルズル。


半年ほど筋トレも続けているから、力は結構ついていると思う。


シュッ!


よし、大物のハゼをゲットだ。

ヤドカリ目に加えてハゼ目も利くようになった。最初は近くにいても保護色で全然見えなかったけど、今はかなり遠くからでもわかるようになった。


そして何より、(もり)の扱いが上手くなったと思う。さすがに百発百中とはいかないけど、結構遠くの小さな的でも、クイックモーションでストライクがとれるようになった。

この的当て練習は唯一の娯楽みたいなもんだから、寝る時と食べる時以外はこればっかりしていたからな。


血を塗ってない銛で突いたハゼがピチピチと跳ねる。

ヤドカリのハサミ包丁で素早く捌き、今日も刺身の盛り合わせだ。


…でも、はっきり言ってこれはいい加減飽きた。


最初は美味いと思ったが、毎日刺身とタケノコじゃあさすがに辛い。

乾燥塩は作ってみたから、海水だけが調味料というところからは進化したけど、何しろ火が使えないのがね…。


火をおこそうと思えばできると思うんだけど、なかなかハードルが高い。

まず燃料が竹しかない。

落ち葉は湿っているから、わざわざ乾かして燃料を作らないといけない。

それを、どこで燃やす?

竹林の地面はほとんど竹の根で出来ているんだ。

火事になったらそれこそ大変だし、命綱の竹が熱でやられても困る。

もちろん、潮の満ちる干潟に焚き火なんてする場所はない。


気温は過ごした日々を通してほぼ一定だった。

暖かくて過ごしやすいと言っても良いだろう。焚き火で暖を取る必要もない。


そしてヤドカリもハゼも、生で食べてもそこそこ美味い、となると、火にこだわる必要は無かったのだ。


仕方ない。


干しヤドカリと干しタケノコを海水で戻した生ぬるいスープをすすり、刺身に塩を振ってもそもそと食べる。


寝るのだけが楽しみだ。

蓋を開けてUFOの中にもぐり込む。

いっぱい積み込んだ干物と、竹の匂いが充満するけどもう慣れた。

潮が満ちればゆらゆらと浮いて、揺りかごのように心地良い。

もちろん、流されないようにしっかり棹をさしてアンカーはしてある。


ちょうど一週間進むと、満潮になっても潮がかぶらない、砂浜のような部分が現れるようになった。

幅は数メートルくらい。

砂州のように延々と彼方まで伸びている。

俺はざる舟を汀の浅瀬に浮かせながら、砂州に沿って歩いた。


ハンドルが外れたのが三回、ブレードが取れたのが五回。

そろそろブレードがすり減ってきた。

予備の竹で作り直そうか…。


二週間が過ぎた。

砂州はまだ続いている。

修理したブレードが心もとない。

ズルズルと底を擦るから、すり減っていくのだ。

干潟の泥の時は良かったが、砂地になってからとたんに摩耗がひどくなった。


もうブレードの予備にできる竹は一本しかない。

竹槍を使い回せばもう少しあるけど、武器はとっておきたいし…。


ざる舟の底を直接砂に擦ると、竹の根にダメージが来るかもしれない。大事な水の手だ。傷つけるわけにはいかない。

どうしたものか。

俺は顔を上げて、遥かな行く先を見据えてみた。

ずっと砂浜が続いている。

いつまで続くんだろう。

ここ何日か、独り言すら口に出していない。

言葉を、忘れてしまいそうだ。


いかんいかん。

ネガティブなことばかり考えてしまう。

今日はもう休もう。


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