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第十二話 新たな敵

「…朝か?」

かすかな波の音に、俺は目を覚ました。

足が、結構筋肉痛になっている。

そう言えばあの切り株で寝れば、どんなに無理して働いたって、翌朝には完全復活できるのだ。

筋肉痛なんかなったこと無かった。


昨日は一日中歩いたんだから、翌日に回復しきれないほどのダメージがあっても不思議じゃない。むしろ普通のことだ。

聖域の奇跡が普通になって、すっかり運動後の筋肉痛の存在など忘れていた。

「いてて…」

俺は太ももをさすりながら、テントの竹籠を上げようとして、ふと手を止めた。


…静かすぎる?


何か嫌な予感がして、俺は籠の隙間から外の様子を探ってみた。


特に異常はない。でも…。


俺はすっかりヤドカリに敏感になって、奴らの歩く小さなカサコソという音もすぐにわかるようになっていた。


なのに、今は全く音がしない。


そんなことは今までなかったんだ。


昨日寝る前には、確かに音がしていたはず。

なぜか?

奴らが息をひそめるのは、敵が近づいた時だけ。

聖域から遠く離れたこの場所では、俺は奴らに敵と認識されていない様子だった。

じゃあ敵は誰だ?


俺は籠の隙間からさらに注意深く様子をうかがった。

けれど、どうしても何も発見できなかったのだ。


「気のせいか?」

ずっとこうしているわけにもいかない。

そろそろ戻り始めないと、日が暮れるまでに竹林の聖域に戻れなくなる。


一応竹槍を手繰り寄せ、水を手に持ちながら、そろりと竹籠のテントを持ち上げた。


「わっ!?」

その瞬間、突然目の前の干潟ががばっと膨らんだのだ。

咄嗟に血水を投げつけ、竹槍を握りしめる。

バシャッ!

盛り上がった干潟から、沸騰したように湯気が沸き、次の瞬間、干潟はまた平らになった。


「魚!?」

俺は竹槍を構えて飛び出した。

一瞬干潟が盛り上がったように見えた部分にいたのは、ハゼか、アンコウに似たような平べったい魚だった。

保護色で全くわからなかったが、俺がテントから出た瞬間に丸呑みしようと大口を開けたのだろう。

ヒトを丸呑みできるほどの巨大な魚だ。


初撃を凌いだ俺は、奴に反撃を食らわそうと竹槍を握りしめたが、もうその必要はなかった。

大口の中にぶちこんだ俺の血入りの水が、一瞬で奴を絶命させていたのだ。


「あっぶねー!助かった」

まだ心臓がバクバクしている。

異常に気づいてよかった。

ほっと胸を撫で下ろす。


シュウシュウと湯気を立てながら灰と化していく魚は、俺の背丈の五倍ほどある巨大魚だった。

浅瀬の干潟に住む、ハゼとかムツゴロウみたいなやつの化け物だろう。

こんなのに食われたらイチコロだった。


しかし、俺の血は無双だな。

油断せず異常に気づけたことと言い、一撃一瞬で仕留めたことと言い、ちょっとは自分に自信を持っても良いような気がする。


けど、もう一度同じことができたかというと、偶然の要素も大きいとしか言えない。


奴が残した魔石を眺めながら、俺は改めて遠征の怖さを思い知ったのだった。


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