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第十話 第一次遠征

毎日毎日干潟を眺めていれば、潮の満ち引きのパターンもわかってくる。


竹林の聖域は、舟のように細長い形をしていた。

その舳先か舟尻か、太陽の沈む方角に向いた先端に続くように、満潮になっても僅かしか潮がかぶらない部分がある。

よく見れば少し色が違うからわかるのだ。

その部分は細長い道のようになって、干潟の真ん中を突っ切るようにずっと遥か向こうまで伸びていた。


ずっと遠見ばかりしていたせいか、視力は絶対良くなってる。

もともと目は良い方だが、ほんとにヤドカリ目がきくようになった。

今ならお化けヤドカリが現れても、一キロ以上先で発見できるんじゃないだろうか。


少しばかり自信をつけた俺は、探検に出掛けてみることにした。

朝イチで満潮になるタイミングをはかり、干潟の道を突き進んで干潮になるまで歩いてみる。

そこで印の竹竿を立てて、再び戻ってくる。


どれだけ歩けるのか、実験だ。

敵の襲来に備えて、短めに作った竹槍二本と、飲み水を兼ねた水鉄砲五本。それに標識用の竹竿を担いで出発。


空は相変わらずどんより曇っている。

ジリジリ炎天下を歩かされるよりは全然いいが、ここの空はほんとにいつも晴れることはない。

太陽も数度しか見たことないし、星空なんて皆無だ。

だからこの世界に月があるのかどうかも知らない。


干潟の道は、潮をあまりかぶらないせいか泥が浅く歩きやすい。

足元を見ただけでは区別がつかないが、遠くを見ると、本当に干潟の中に一本の道が通っているように見える。


以前一度だけ見ることのできた夕陽は、この道の遥か先に沈んだのだ。


まだ潮が引き初めて間もない。

ちゃぷちゃぷと、波がくるぶしを洗う。

海水は生ぬるく、気温も暖かい。

湿度がすこし高いぐらいで、快適だ。


もしこの世界に季節があって、この快適な気候が変化するなら困ったものだ。

暑いのはまだ耐えられるだろうが、凍えるほど寒い冬が来たらどうしようか。

その時は聖域に籠るしかないか。


そんなことを考えながら、どれだけ歩いただろうか。

振り返っても、もう竹林の聖域は見えない。

確か水平線までの距離って案外近かったんだよな。十キロもなかったような。

この星が球体で、半径が地球と同じっていう前提だけど。


そろそろ干潮だから、六時間ばかり歩いたことになる。

時速四キロとして、二十キロ以上か。

帰りも同じだけ歩くことになる。

俺、一日に二十キロも歩いたことあるかな?

ちょっと疲れた。

マラソン選手は四十キロも走るんだから、まあ何とかなるだろ。


「よし、今日はここまで」

俺はそこら辺の泥に竹竿を立て、まだまだ遥かに続く干潟の先を睨んだ。


半日行程の先には新天地は見つからなかった。

もう半日歩いても安全な場所が見つかる保証はないから、これ以上遠くに行くためには干潟の真ん中で野宿をする覚悟が必要となる。

さすがに、寝ている間にヤドカリに襲われたらアウトだろう。


「どうしたものかな…」


その日はどうにか日暮れまでに聖域に帰り着き、俺は疲れ果てて切り株の中で死んだように眠ったのだった。


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