表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

Crônica

Crônica#5: タライ回すよりピザ生地回せ

作者: Acta est fabula.

 その女は空腹だった。その女は怒り心頭だった。一時間前に頼んだピザが未だに胃袋に収まっていないという事実が、板理(いたり)杏子(きょうこ)のはらわたを煮えくりかえさせていた。この手の不手際は初めてでは無いという事も、彼女の、ただでさえ丈夫では無い堪忍袋の緒を、更に切れやすくしていた。三十分前にも既に店に電話しており、いったい何が起きているのか、あと何分かけるつもりだ、と店側の説明を求めた。――「遅れて申し訳ございません。ただいま道が大変混雑しておりまして、宅配が滞っている状況です。ですが、宅配員の連絡によると、既にお客様のお宅の近くにいるようです。お客様にはあと5分ほどお待ちいただくよう、ご配慮お願い申し上げます。」返ってきたのはデジャヴュすら感じられるほどのテンプレ応対で、これはいよいよもって店に直接文句を言いに行く必要があるな、と杏子は覚悟を決めていた。しかしまさか配達に一時間もかかるとは彼女も思っていなかった。いや、本当はその可能性も考慮していた。だが、人間の性か、淡い希望というのはぬいぐるみと同じで、捨てるのに中々どうして決心のいるものなのだ。

  最後の希望すら踏みにじられた杏子は、恐ろしさすら感じさせた。納得のいく説明を貰うまで、店長の首根っこを締め上げるつもりでいた。善とピザの配達は急ぐべし。そう思い立った彼女は、ピザチェーン店『Pizza no Chateau』(ピッツァ・ノ・シャトー)へ、肩を怒らせながら向かった。


                      *


  イタリア国旗よろしく赤と緑と白のペイントで彩られているその店の入り口で出迎えているのは、なぜかエッフェル塔を模したマスコットキャラクターの置物だった。『瀬野(せの)りいた』という名のそのオブジェは『iBuenos días!』と書かれたプレートを持って、何とも言えない表情で、入ってくる客を睨めつけていた。因みに設定上の高さは3.33mらしい。()()の微妙な視線に戸惑いながらも、板理杏子は店の奥を目指す。注文受付に着くなり、彼女は先の問題について説明し始めた。

  「あの、一時間前に頼んだピザが未だに届いて無いんですけど。これって、どういうことですか?この店は餓えた客をほったらかしにして、配達員に市内観光でもさせているんですか」

  「あ、自分、注文受け付けること以外の仕事、教わってないんで・・・。店長を呼びましょうか?」

  営業スマイルをちらりとも見せない若い店員に、若干眉をひそめつつも、確かにこの案件は店長と話をつけるべきだろう、と考えた杏子は、店長を呼び出すよう要求した。5分ほどして現れたその人物は、ちょび髭を携えた、40ぐらいの男だった。胸につけたネームプレートから、店長の太伊(おおい)利雄(としお)であるようだ。

  「どうかしましたか?お客様」その男は至って冷静に杏子の用件を聞いた。そこで彼女はここに来るまでの経緯を説明し、三回もこのようなミスが発生したことに対する説明を要求した。

  「それは真に申し訳ありません。ですが、この店で働く配達員達だけは全て本店からまわされた人材なので、正確には本店長へ持ち込むべき案件です。何分、彼らの指導も教育も全て本店で行われるので」

  「あなた、この店のいわば現場監督ですよね。ここで働く人員のミスなのに、本店の負うべき責任だって、どういうことですか。そもそも、本当にこの店の責任者ですか、あなた。私が三十分前にクレームを既に入れていたの、知らないみたいですが」

  「確かに自分は、つい先ほどまで別件で不在でした。ただ、それらしい報告は何も上がっておりませんが」

  「本店に責任を丸投げにしておいて、自分は不在だったからこの状況を知らなかったって。少し無責任じゃないですか?」

  「お言葉ですが、店の経営に関する用事でしたので、どうしてもここを離れる必要がありました。従業員が何もコメントしなかったので、残念ながら今回の不手際を存じ上げておりませんでした」

  「いつもあなたは、従業員の報告が上がるまで店のミスをほったらかしているんですか。それでは視察の意味が無いじゃないですか」

  「何分多忙なものでして、お恥ずかしい限りです。お望みであれば、厨房責任者と電話応対係に、その時の状況を確認してもらって構いませんよ。彼らは今手が離せないようなので、少々お時間を頂きますが」

  「何であなたのするべき仕事を私がしなくちゃいけないんですか」

  「では後日また改めてご来店していただけませんか。関係者と十分に話し合いますので、その時ならちゃんとした事実確認が出来ると存じます」

  駄目だ。埒が明かない。これでは責任を取ってもらうどころか、水掛け論だけで夜が明けてしまう。てか何よ『では』って。この一連の会話(最後に至っては会話のドッジボール)でこの店長に直接責任を取らせるのは無理だと悟り、杏子は不本意ながら『Pizza no Chateau』本店へ行くことを決意する。利雄の説明に全く納得していなかったが、これ以上実にならない会話に時間を割く気になれなかった。それよりも本店に直接クレームを入れたほうが有効かもしれない。

  「わかりました。本店に行って直接ここのサービスの低品質さに対するクレームを入れてきます。全く役に立ちませんでしたが、有難うございました」

  「いえいえ、お客様のまたのご注文、お待ちしております」


                      *


  『Pizza no Chateau』本店に着く頃には、既に20時を過ぎていた。空腹と、無駄な移動と、宇宙人(太伊利雄)との会話で、杏子はかなり意気消沈していた。しかしここまで来た手前、何の収穫も無しに帰宅するわけには行かなかった。

  店の中は、家族連れやカップル、友達グループや、中には所謂『オフ会』らしきものまで、様々な年齢層の客で賑わっていた。暴力的なまでに食欲をそそるピザの匂いに耐えながら、融合しそうな腹部と背中を持ちこたえさせて、杏子は店員に責任者を呼ぶよう頼んだ。数分後、あごひげを携えたやはり40代の男が現れ、目の前の少女の用件を聞いた。

  「何用ですかな?」

  「S区の『Pizza no Chateau』支店で配達を頼んだのにもかかわらず一時間経ってもついにピザが届きませんでした。そこにクレームを入れに行ったら、支店長が『本店に持ち込むべき案件だ』と、碌に相手してもらえませんでした」

  そう告げるや否や店長の『ドン・カマド』(本名:土間(どま)窯弩(かまど))は顔を顰め、

  「またですか。支店で起きた問題は支店の問題だと、あれほど言っているのに」

  と、うんざりしている様子を隠しもせず苦言した。その時点で既に杏子には嫌な予感がしていた。

  「ええと、この場合、誰の責任になるんですか。一消費者の私としては、然るべき対処をして、再発防止に取り組んでほしいところですけど。あと、何らかの形で賠償してくれるんですか?」

  「賠償も、改善も、それぞれ指導員と会計に要求しないといけません。私は飽くまでも大まかな指示と視察のみなので。そしてそのためには、物的証拠が必要でして・・・」

  「物的証拠?そんなの初めて聞きましたけど」

  「ええ、例えば何時に電話して応対係が実際に何時にどう応答したか、とか。或いは間違ってピザが来たときには、実際の注文と問題の店のシステムに残っている注文履歴、とか。とにかくミスがあった事を示す物ですね」

  杏子の眉間の皺は更に深くなっていった。そんな馬鹿な話があってたまるものですか。それではクレーム一つまともに出来やしない。理不尽に腹を空かせている彼女には到底納得できる無いようではなかった。

  「誰もがそういった証拠を一々手元に残しているわけじゃないでしょう。無かった場合にはどうするんですか。泣き寝入りするしかないんですか、間違っているのは店側なのに!」

  「レシートとか、よく破いて捨てるお客様が多いのですよ。何時に電話して、誰が応対したのかとかを正確に把握できるお客様は逆に少なくて。それでは従業員に注意することも出来なければ、安易に弁償することも出来ないのです」

  「誰も店が不手際を起こすなんて前提で注文したりしませんよ。なんで客のほうが気を付けなければいけないんですか。本来は逆じゃないんですか?」

  「本来も何も本店(うち)ではそういう決まりなので。とにかく、その事は指導係と支店店長も交えて話し合うことにします。恐らくはS区支店の従業員のミスでしょうが」

  呆れるしかなかった。なぜ店側が注意すれば防げる問題の解決を、客側に任せるのか。しかも今の所誰一人として自分の責任を認めていない――やれ本店からまわされた配達員の所為、やれ支店で働く従業員の所為と、責任転換のオンパレードだ。極めつけに、たらい回しされてまで弁償及び謝罪を求めたのに、『証拠不足』の所為で暗に「泣き寝入りしろ」とまで言われてしまった。その事実は杏子にとって受け入れづらかった。

  「…過去にホームページやSNSで二回クレームを入れているはずですが、にもかかわらずこんな事が起きて、しかもまだ謝罪すらされていません。それでこのチェーンの店長であるあなたは何も思わないんですか?」

  ドン・カマドは少し白髪の混じり始めた髭を指でさすりながら、右斜め上を見た。何かを思い出そうとしていたが、結局思い出せなかったようだ。

  「…そういったご意見のチェックは全て広報部に任せています。私の記憶では、広報部からはそのようなクレームに関する報告は聞いてないのですがね」

  「…」

  「いずれにせよ、今回のミスも、その過去二回起きたというミスも、店長の私としては恥ずかしい限りです。これから支店長や従業員に対する指示や指導を強化して、サービスの改善に努めましょう」

  このドン・カマドの当たり障りの無い、毒にも薬にもならない発言は、おおいに杏子の気持ちを萎えさせた。最早戦意喪失した彼女は、ただ家に早く帰ってカップラーメンでも食べたかった。

  「…それで、あの、ついに食べることの叶わなかったピザの代金については…?因みに私、物的証拠なんて何も持っていませんけど…」

  少し考え込んだあと、ドン・カマドはズボンのポケットをまさぐり、一枚の紙切れを彼女に渡した。

  「近くにそれなりにおいしい寿司屋があります。ピザがなければ、寿司を食べるのも一興でしょう。『Pizza no Chateau』系列店のミス()()()()ので…」

  店長の渡した紙切れは、回転寿司屋『オオタライ』の少しくたびれた割引券だった。それを貰った板理杏子は、さながら『瀬野りいた』のような、虚無感溢れる無表情にならざるを得なかった。

■今回のテーマは「盥回し」。もう責任転換に溢れてて、知らぬ存ぜぬが当たり前のこの社会。たまには毒づきたくもなりますよね。この話はそういった管理職の姿勢に辟易した、ある一物書きの憂さ晴らし。感情に任せて書いたので、クオリティ自体は他に比べて少し下がっているかもです。

■最後に、ここまで読んで下さりありがとうございました。ご意見・ご感想など、常に歓迎しております。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ