番外編『戌(いぬ)』
今回は番外編ということで、主人公達の敵である『十二支』の過去編です。
楽しんでいただければ幸いです。
暗い闇の中で誰かが呼んでいる気がする。
「ーーーー。」
呼んでいる声はどこが聞き覚えのある声だ。少し高い声だが聞いていてとても心地の良い。
「ーーーング。」
身体をゆさゆさと揺らされているが、一向に起きようとはしない。まだ眠っていたい、そんな気持ちなのだからもう少し寝かせてほしい。
「ーーファング。」
さっきよりも強い揺れで頬をバシバシと叩かれた。ここまでされたら起きるしかないだろう。
仕方無く目を開けると、犬の耳をぴょこぴょこと動かしている少女がそこにはいた。
その少女の名はーーノア。ファングが幼い時からずっと傍にいるただの幼馴染みみたいなものだ。毎朝ノアは勝手に家に上がりファングを起こしに来るのが日課になっている。だが、まだ寝ていたいファングにとってはウザイだけだ。
「ったく。なんだよ、ノア。俺は眠てぇんだよ」
「いいから!! 起きてよ、お母さんが呼んでるよ!!」
「母さんが? 何の用だよ」
渋々だがベットから起き、母がいるであろう一階へと降りる。朝食の準備の最中だったのか、いい匂いが鼻腔を擽りグゥーっとお腹が鳴る。
「あら、ノアちゃん起こしてくれたの? いつもありがとうね。ほら、ファングもお礼言いなさい」
「なんで俺がオメェにお礼なんて言わなきゃならねぇんだよ」
「えー、言ってくれないの?」
可愛く上目遣いでファングを見る、ファングはチッと舌打ちをした後。
「.....ありがとうよ。これでいいか」
「うん!!」
頭をガシガシと乱暴に掻き、椅子へと座る。ノアはファングの横にいつもの様に座り母と話している。
いつもは父もいるのだが、今日は仕事で外に出ているのだろう。小さく一口サイズのパンを口に放り込む。パンを飲み込むと母に何故呼ばれたのかを聞くのを忘れていた事に気付いた。
「母さん、何か用があったんじゃねぇの?」
「あー、今日はお父さんの誕生日でしょ? だから森でエリシカを狩ってきてってお願いしようと思ってたの」
エリシカは少し森の奥に行かないと会えない草食動物だ。足が速く、危険を察知するとすぐさま逃げてしまう。
「あぁ、わかったよ。飯食ったらすぐ行くわ」
「あ、なら私も行くー!!」
「はぁ!? なんでお前が着いてくんだよ。俺一人の方が断然楽だわ。オメェは足で纏いなんだからここにいれ」
「絶対に嫌だ!! 私も行きまーす。もう決定しましたー」
プクーっと頬を膨らませ、拗ねるノアを見てはぁと溜息をつく。
母を見ると二人のやり取りを見て軽く微笑んでおり、気恥しくなり顔をぷいっと背けてしまう。
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「じゃあ、ちょっと行ってくるわ」
母に挨拶をし森へと出かけた。勿論、ノアも一緒だ。ノアはファングと手を繋いでランラン気分で歩いていた。
「ってなんで俺がオメェと手を繋いでんだよぉ!!」
「なんでってファングが迷子にならない為に」
「何言ってんだよ、オメェと手を繋いでたら、ただの子供をあやしている様にしか見えねぇよ!!」
ノアはファングと同じ年なのに身長が小さく、幼女と言えば誰もが納得するぐらいだ。だが、それをノアは気にしている。
「あー言っちゃいけない事言っちゃった!! ふーんだ」
顔を背けてしまうが、手はファングが振り払った筈だがまた繋ぎ直してきた。少し早足になりグイグイとファングの手をもって進む。
「おい、そんな急ぐなって。迷子になっても知らねぇかんな」
「手繋いでるから大丈夫だしー」
さっきみたいに強引に振り払おううとはしない。ここでノアが迷子になれば二度手間になり、帰りが遅くなってしまうから、仕方無く繋いでいるのだ。
「ねぇ、どこにいるのエリシカ!! 全然出てこないじゃん!!」
「まだ出るわけねぇだろ、もう少し奥だ」
暫く二人で歩いていると、ファングは鼻をクンクンとと鳴らし匂いを嗅いだ。犬人は鼻がよく効く。特にファングは村の中でも鼻がとても効く、運動神経も村の中で群を抜いている。
「獣臭。なんでこんなとこにいやがんだよ」
「どうしたの? トイレ?」
「ちげぇよ!! 近くにエリシカかがいんだよ」
結構森の中を歩いたが、こんな所にはエリシカがいるはずか無い。だが、獣臭が鼻に残る。それはエリシカが近くにいることを表している。何か嫌な予感がした。
「俺の考えすぎってか。ノア行くぞ」
「う、うん!!」
獣臭がする方向へと向かうと、案の定エリシカはそこにいた。ただ、何かに怯えている様子のエリシカ。こちらとしては好機なのだが、何か罠のような気がしてならなかった。色々と思案しているとパッと手を離しエリシカへとノアは走っていってしまった。
「お、おい!!」
「いっくょぉーー!!」
『爆散風』
小規模な爆破がエリシカを襲った。ノアの得意とするのは『爆破魔法』。ファングは身体能力などには自信があるが魔法は使えない。ノアのそういう部分では尊敬をしている。
「何してぇんだよ!! 何かの罠だったらどうすんだよ!!」
「でも、罠じゃなかったしょ? 罠だったらファングが助けてくれるでしょ?」
「ーーーっ!!」
何も言えなかった。
ノアの言ったことは図星だ。ノアが危なかったら必死になって助けようとするだろう。それぐらい大切だ。こう言われれば責めることが出来ない。それもノアはわかっているから卑怯だ。
「無事エリシカもやっつけたし、家に帰ろー。お父さん待ってるよ」
「ったく。わかったよ」
爆破でやられたエリシカをファングは担いで右手にはしっかりとノアの手を握っていた。
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ファング達がエリシカを仕留めた場所よりもっと奥の森。透き通るような白銀の髪をした青年が目を赤く光らせファングがいたであろうところを凝視していた。
赤い光が収まるとふぅと溜息をつき、汚れてもいないのに白を基調とした服をパンパンとほろった。
「アイツが犬人族最強のファングか。近くにいる子は誰だろうか。関係ないけどな。.....さて、どうやるか」
白銀の髪を手で梳きながら、笑みを浮かべた。
『悪魔創造』
黒い大きな魔法陣が床に広がり、多数の黒い影が次々と出てきた。不定形の姿のモノや小さい悪魔、大きな角を持った魔獣といった姿形がバラバラではあるが全てが異質。
「お呼びでしょうか、フレイア様」
「お前達に頼みたいことがある」
獅子の顔を持っており、長い尻尾をブンブンと振り回している魔獣がフレイヤと名乗る白銀の髪を持つ青年に膝まづいている。
「何なりと仰ってください」
「その前にお前達で一つの村を殲滅するのに何分かかる」
「10分もあれば余裕かと」
「遅い」
フレイアの一言でその場が凍りつくように冷たくなる。
「....5分で殲滅できます」
「まだ遅いが、いいだろう」
「行け」と魔獣達を解き放った。その場に残ったフレイヤは自然に拳に力が入る。
「ーーーこれでいいんだ」
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家に着いたファング達は母にエリシカを渡し、今はそれを調理してもらっている。椅子に座り、小腹が空いたとノアが言ったため出してくれたお菓子に手を伸ばし口に入れる。
「ねぇねぇ、お父さん帰ってこないねー」
「そうだな。ってかなんでオメェがまだいるんだよ」
「今日はおばあちゃんにファングの家に泊まってくるって言ってきたから大丈夫」
「はぁ!? オメェが泊まるのかよ、なんでだよ。さっさと帰れよ」
文句を言いながらも、泊まることに対してはそんな嫌ではない様子だ。椅子から立ち上がり布団のシーツを付けて色々と準備をしている。
「そんな事言って布団の準備してくれてるじゃん。言葉と行動があってないなー」
「は、はぁ!? ちげぇし。てめぇ殺すぞ」
悪口を言いながらも布団のシワを伸ばして綺麗にひいている。その光景を見たノアはニヤニヤと笑っている。
「ったく。その枕じゃ寝れなかったら言えよ、変えてやっから」
「優しいー!!」
「うっせぇ」
二人が話していると勢いよくドアが開かれ、父が帰ってきた。その様子はどこか焦っている様子で額に汗を滲ませている。
「あ、おかえりなさい。あなた」
母がキッチンから顔を出して父を迎えに行く。父はゼーゼーと息を切らせ、何かを伝えようとしているが上手く空気を取り込めないため言葉が出ない。
深く深呼吸をして、息を整える。
「お前ら、ここから逃げろ!!」
その瞬間大きな揺れと何かが焼け焦げている匂いが鼻についた。ファングは急いで家の外へと出ると村が火の海となりなんとむ悲惨な光景を目にする。
「な、なんだよこれは!!」
複数の魔獣が村を襲っている、そのうちの一匹が炎を吐いており火の海にした原因はアイツであろうとファングは考え走り出そうとしたその時。手をガシッと掴まれ後ろを振り返るとノアがファングの手を掴んでいた。
「なんだよ、離せよ!!」
「嫌だ」
「離せっつってんだろぉぉ!!」
「あの魔獣を倒す気でしょ? お父さんは逃げれって言ったんだよ!! 誰も倒せなんて言ってないじゃん!!」
ノアの言っていることは正論だ。誰もあの魔獣を倒せとは言っていない。だが、ファングこの村を大切な村を燃やしているアイツを許すことはできない。
「一緒に逃げようよ!! お母さん達と一緒にーーーー」
ドガシャーン。
ノアの言葉を遮るように何かが潰れるような大きな音がした。音の方向を見るとそこには獅子の顔を持つ魔獣が降り立っていた。
魔獣が降り立った場所には赤い血がダラダラと流れている。
「うそ....だろ...う」
「きゃあぁぁぁぁぁぁーーー!!」
その血の正体はわかっている。
何故なら、獅子の魔獣が降り立ったのはファングの家の丁度真下だからだ。激しい怒りが心の底から上がってくる。何も考えることは出来ない、ノアの掴んでいる手を振り払い獅子の魔獣へと走る。
「死ねやぁぁぁぁぁぁぁぁーーーー!!」
鋭い爪が獅子の魔獣を襲うが、長い尻尾に手を巻き付けられ獅子の魔獣には届かなかった。凄い力で引っ張られ床に叩きつけられる。
「ファング!!」
『爆散風』
エリシカに食らわせた『爆破魔法』を発動するが、獅子の魔獣は無傷。ニヤリと笑いノアにのしのしと近づく。
『爆散風』『爆散風』『爆散風』
『爆散風』『爆散風』『爆散風』
『爆散風』『爆散風』『爆散風』
幾度となく『爆破魔法』を獅子の魔獣に放つも、全く効いている様子はない。
「効かないな。この村の者はこんなにも弱いのか。まぁいい、死ね」
獅子の魔獣は大きな手を振りかぶりノアに下ろした。血飛沫が飛び散った。その血はノアからでは無く、獅子の魔獣からであった。
「ぐ...うぁぁぁー」
獅子の魔獣の腕が切断され、断面からドバドバと大量の血が吹き出ている。
「ノアに近づくんじゃねぇ」
鋭い目付で獅子の魔獣を睨みつけ、ノアの前にはさっき叩きつかれたはずのファングが立っている。
「な...なぜだ。動けなくした筈だ。さっきとは大違いじゃないか」
「黙れ」
さっきと同じく鋭い爪が獅子の魔獣を襲う。獅子の魔獣が長い尻尾で抵抗するが引き裂かれ、獅子の魔獣の顔が撥ねられた。
「大丈夫か!! ノア」
ノアに急いで近付き確認するも、目立った傷は無く酷く心から安堵する。
「ファング!!」
泣きじゃくりながらもファングに勢いよく抱きつく。普通なら引き離すが、ファングはギュッとノアを抱きつき返し、宥めるように頭を撫でる。
「ほら、逃げっぞ」
「...ファング」
手を差し伸べようとした時、か細い声がファングの名を呼んだ。
「あん? どうしたーー」
聞き返そうと思ったが、その答えは意図も簡単にわかった。ファング達を囲むようにして複数の魔獣が待機している。
「ノア、ぜってぇ俺から離れるんじゃねぇよ」
ワォォォォーンと月に向かって遠吠えする。簡単なことだコイツらを倒し、ノアと一緒に逃げる。
ーー現実はそう簡単なものではなかった。
「おいおいおいおい!! 嘘だろ!! 何してんだよオメェはよ」
倒しても倒しても湧き上がってくる魔獣に最初から勝ち目なんてなかった。思い上がっていた。
長時間の戦いの果て、集中力は散漫し飛び礫など警戒なんてしていなかった。鋭いナイフのようなものがファングへと投げられ気づいた時にはもう避けることの出来ない距離にあったのだが横からなにかに押されファングは床へと倒れた。
信じられなかった。
一人の少女が自分を守って死んでいくその光景を。
「ファング....」
「喋んじゃねぇよ!! 今治療すっからな、ぜってぇ死ぬなよ!!」
治療と言ってもファングは魔法が使えない。だが、いつも救急パックを小さいやつだが持ち歩いている。そんなものじゃこの傷は癒せないとわかっていても。
「....お願い事....聞いてくれ..る?」
「なんだよ、なんでも言えよ!!」
「ーー泣かないで」
涙でぐちゃぐちゃな顔になっているファングの顔を触りノアは言った。
「そんなこと...そんなこと出来るわけないだろ!!」
そう言いながらも必死に涙を堪えている。
「素直...じゃない...な」
ファングの顔を触っていた手に段々と力入ってきてないのが伝わり、その手をしっかりと握る。
「最後に...一つ...だけ」
ノアはクスッと微笑み。
好きだよ。
その一言だけを伝えノアの命は消えてしまう。
「おい...? 嘘だよな!! なぁ、ノア!! なんで死ぬんだよ。俺のせいか、俺がオメェを守れなかったからか!! なぁ....答えてくれよ」
もう、ここで死んでもいい。
最愛の友人であり、初めて好きになった人を失い、家族を失った何もかもがすべて消えた。生きる希望も無い。魔獣にこのまま襲われるのもいい、火に巻き込まれて死ぬのもいいどちらでもいいから早く俺を殺してくれ。
そんなことを思っていると熱かった空気が一瞬にして冷たい空気へと変わる。
「何を諦めている。キミにはまだ希望がある」
白銀の髪をした青年が上空から軽やかにファングの近くに舞い降りた。
「...オメェは」
「私は十二支のリーダーであり、子のフレイヤと言うものだ」
「意味...わかんねぇよ」
「少し賑やかすぎるな」
パチンと指を鳴らすと魔獣達が一気に凍り、パラパラと音を立てて崩れ落ちていった。火に囲まれていた村も一瞬にして、収まってしまった。
「彼女は爆破魔法が得意なのだな...彼女の力を使い私の部下にならないか」
「力...?」
「キミは魔法が使えないようだね、私に付けば彼女の魔法も使えるさ。それに...彼女を救えたかもしれない治療魔法もね」
ピクッと身体が反応した。
治療魔法が使えるようになったとしてもノアは生き返らない。
「なんで..俺がオメェの部下なんかに」
気づいた時にはフレイヤはすぐ近くに来ていた。今は生きる気力が無いため警戒心なんてのはない。
「彼女もそれを望んでいる」
そっと耳打ちされ、寒気が身体中を走った。
「ノアが...それを」
「そうさ。彼女の力を使い人々を救う事こそが彼女が望んでいること。それでもこの話を蹴ってしまうとなると彼女は悲しむと思うのだが、そんな事はしないよな。キミはーーファングは彼女を愛している。勿論、彼女もファングを愛していた。その愛する人の能力を使い人助ける事は本望じゃないかね? ファングの主人は私だ。私の部下になれば如何なる願いも叶えられる。彼女を生き返らせる事だってできるかもしれない。さぁ、どうする」
「あなたが...主人」
一種の洗脳を受けているが、ファングにはそれが洗脳だということはわからない。フレイヤは笑みを浮かべながらも答えを待っている。
「俺は..」
フレイヤがファングとあった時点で答えはもう決まっている。そう答えざるを得ないよう仕向けられている。
「一生付いていきます。フレイヤ様」
「ははっ。そうか。いいだろう、来たまえ。ファングよキミは今日から私の仲間だ」
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「さぁてと、どう攻めっかな」
ーー彼が天秤座の国を襲うのはもう少し先の話。




