獅子座の国
『獅子座の国』
ライオネス=アリュレが統治する国。オレンジ掛かった髪が短く切りそろえており、十二星座ノ姫君の中では一番身長が小さめである。ハクアが言うに戦うことが好きらしい。
獅子座の国にはあと五分もかからないうちに着くだろう。馬車で行けば2、3日はかかるが速度魔法を使えば1時間もかからない。
天秤座の国や魚座の国など一度行った国には転移魔法で一瞬で行けてしまう。
「この辺は小型モンスターが多いな」
獅子座の国の近辺は小型モンスターが多数出現している。大した強さではないが群れを成して国を襲えばひとたまりもない。だが、獅子座の国は個々に力を持っている者が多いためそんなことは杞憂で終わる。
急いで獅子座の国へと向かおうと思い速度を上げようと思った矢先、とても美味しそうな匂いが鼻腔をくすぐった。
匂いの発生しているところを見ると1人の少女が焚き火をし肉を焼いていた。
「いっただきまーす!!」
肉を口いっぱいに頬張り満面な笑みで幸せそうな顔で一杯だ。。
「美味しぃー!!」
女子らしからぬ豪快な食べっぷりで見てるこっちもお腹がすいてくる。何本かあるうちの一つを食べ終わるとこちらに気づいたらしく声をかけてきた。
「あれぇ? キミこんな所でどしたの?」
「いや、今から獅子座の国に向かうつもりだ」
ほうほうと止めていた手を再び動き出し食事を始める。彼女の姿は白いモコモコした服を着ており、丁度半々に真っ黒の髪と真っ白な髪は二つに結ばれていた。
「なるほどねぇー。そんな事よりさキミも食べる?」
何本か刺さっている串の一本をこちらに渡してきた。
「あぁ。ありがとう」
一本を受け取りそれを口に運ぶとジューシーでとても肉厚で豊満な味が口の中で広がった。
「へぇー。毒が入ってるかもしれないのに普通に食べちゃうんだ」
「そんな姑息な手段を使うようには見えないが」
何もしていなくても彼女は強いことがわかる。そのような強者が毒を盛るなどという姑息な手段は使わないとみた。
「まぁ、毒は盛ってないけどね。それよりも....」
彼女は少し間を置いて口を開いた。
「私って可愛いでしょ? 誰がなんと言おうと美少女じゃん? 私に落とせない男なんていない訳。わかる?」
正直、彼女が何を言ってるかわからない。確かに誰がなんと言おうと美少女なのは認めるが、それを自分で言うのはどうかと思う。
「だからさ、キミ私の男にならない?」
この様な美少女に言われれば男ならば返事はひとつしかない。
「お断りします」
残念ながらルカはそこらの男達とは違う。相手が美少女だろうがなんだろうが付き合う気は毛頭ない。
理由はただ一つ。
女性とお付き合いをした事が一切無いからだ。そのため、死ぬまで1回も付き合わずに生きていくのが運命なのではないかと思うほどになっている。
「初めて断られた!!」
「悪いな」
「いや、いいよ!! これか落とせばいいだけだし!!」
訳の分からない奴に絡んでしまったかもしれないと考えていると、ルカは唇を奪われた。
頭が真っ白になる。何が起こったのかが理解できない。
「ありゃ? 私の魅力も効かないの?」
ルカは顔が真っ赤になるのを必死に抑える。唇には柔らかい感触が残っていた。
「魅力なんて普通の男には使った事ないのに....キミ面白いね」
ニヤリと笑い彼女は脱兎の如く去っていった。
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「ここが獅子座の国」
見渡せば厳つい無精髭を生やした男性が筋肉を見せつけていたりと、腕に自信のある者が集う国と言われるだけある。
一見ガラの悪そう男達がこちらを見ていたがそんな事は気にしない。王宮へと向かおうと足を一歩前に出すと先程からこちらを見ていた男達が絡んできた。
「おい、兄ちゃん。見ねぇ顔だな」
「兄貴こいつ半魔族ですぜ」
「ほう。頭が良いと言われる半魔族か。所詮頭だけだ 」
こういう時に対処は一つだ。
無視する。
こういう輩はいきなり絡んできて罵倒したりと現実世界と同じやり方なのでもうそれはテンプレなのであろう。
無視をしていると体格の大きい男性に肩をガシッと掴まれた。
「無視はよくねぇよ。兄ちゃん」
「兄貴やっちまいましょう」
指の骨をパキパキと鳴らし準備運動を始めた。戦うしかないのかとため息をついた時。
「ちょっとその喧嘩ウチが預かっていいか?」
オレンジ色の髪をした少女が男達に前に立ちはだかる。ルカは彼女を見たことがある。少女のような外見だが姫君としての貫禄がある。
「ア、アリュレ様!!」
獅子座の国の姫君ーーライオネス=アリュレの姿を見ると男達の顔がみるみると青ざめていく。
「失礼しました!!」と男達は深々と頭を下げ走り去る男達の後ろ黙って見送るとこちらへと振り返った。
「よぉ。大丈夫か? 契約者」
「あ、あぁ」
喧嘩というよりも絡まれただけだが、アリュレが間に入ってくれたたお陰で戦闘にはならなかった。
「こんな所に何しに来たんだ?」
大して汚れてはいないが服についた砂埃をパンパンとほろいながら問いかける。
「契約をしに来た」
"契約"その言葉を聞いた途端目の色が変わったのは気の所為だろうか。
「契約ねー。私と?」
「いや、それが....」
天秤座の姫君のウルカや魚座の姫君のハクアと同じように説明をした。この説明は嘘偽りがない。むしろ、もう偽らなくていいと天秤座の国で教えてくれた。
「全員と契約するのか!! 随分と面白い事をするな」
アハハっと声を出して笑った後、真剣な目でこちらを見てきた。
「契約を舐めてんじゃない?お前」
先程の明るい声とは裏腹に低い声でアリュレは言った。その言葉には一種の苛立ちが篭っているようにも見える。
「ウチは真剣に契約に向き合ってるの、それをそんな自己満足でどうにかしようとするなんて馬鹿馬鹿しい」
アリュレは契約と真剣に向き合っている。その証拠に"契約"という言葉を耳にした時、目の色が変わったのが証拠だ。
だからと言ってここで退く訳にもいかない。
「そうか。だが俺にも退けない事情があるんだよ」
ルカは家族を守るため、ただそれだけだ。
自己満足で自己中かもしれないが、それでも彼女達は契約をしてくれたということは彼女達は自分を信じてくれた。その気持ちを無下に出来るわけがない。
「はぁー。そんな真剣な目で見られてもな。わかった、ならチャンスをやろう」
何かを思い付いた様で頭を軽く掻きながらアリュレは言う。
「百人組手。それで全員に勝ったら少しは考えてあげなくもない」
獅子座の国の名物"百人組手"。
実力者との一騎打ちが百回続くのだ。数字が高くなればなるほど難易度が上がる。特に百人目は殆どの人が手も足も出ない。百人組手は未だ誰もクリアする事が出来ていない。
こんな事を提案するのは卑怯だと思ったが仕方が無い。これで負ければその程度の者だったということだ。
「やるかやらないかは後日でいいが....」
「やるよ」
アリュレの言葉を遮るようにルカは言った。その回答の早さに目を見開いて驚いている。
「お前百人組手だぞ!? 勝てる訳ないだろ!!」
自分で言っておいて止めるのも変だがこうも回答が早いと不安になるのだ。百人組手の怖さをまだわかっていないのか、何か策があるのかと思案していると。
「勝ったら少しでも考えてくれるんだろ? ならやるよ」
「....馬鹿なのかコイツは」
彼は私が会った中の誰よりも馬鹿だ。
だが、どんな強い奴であろうと百人目には勝てない。私でも勝てるか怪しいぐらいだ。
そんな奴をどう相手にするか楽しみだと心を踊らせた。
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ポケットに手を入れてお菓子を出し口に運ぶ。甘い食感が口の中に広がり思わず頬が緩む。
「やっぱりこのお菓子好きぃー!!」
お菓子を食べながら魅力が効かなかった男の事を想う。魅力が効かないのは私達のリーダーであるフレイヤ様だけだと思っていたが違うらしく世界は広いんだと実感できた。
「何してるんだ、エトーレ」
「あ、フレイヤ様!!」
透き通るような白銀の髪を風で揺らして卯ーーエトーレの後ろに立っていた。
「フレイヤ様!! 私の魅力が効かない男がいましたよ!!」
フレイヤにはその人物に心当たりがある。天秤座の国で会った契約者である事は確実だと言える。
なぜわかるのか。
彼女ーーエトーレの魅力が効かないのはこの世界では私だけだ。それぐらいエトーレの魅力は強力だ。
その魅力が効かないのは契約者しか考えられない。
「そうか。そいつは半魔族だろ」
「そうです!! なんでわかったんですか?」
「会ったことがあるからな」
フッと笑いながら答える。
エトーレは「そうなんですか!!」と少し大袈裟に首を振っている。
「そんな事より獅子座の国はどうだ?」
「問題ありません!!」
満面な笑みでビシッと敬礼をする。
「わかってるな? 失敗は許されない」
もう失敗は出来ない。
十二支は2回失敗している。これは十二支にとって有るまじき事だ。依頼を完璧にこなしてこその十二支なのである。
「わかってますよー。あとあと!! 魅力の効かない男貰っていいですか?」
「構わない」
なぜこのような事を言うのかが疑問だったがすぐに察した。
エトーレは契約者に惚れたのであろう。
「エトーレ、惚れたのか?」
フレイヤの言葉を聞いてみるみると顔が紅潮していく。色白の肌のため紅くなるのが特にわかりやすい。
「ち、違いますよ!? 惚れてなんかいません!!ただ....ちょっとだけカッコイイなぁーなんて」
紅らめた顔を手で覆い隠しながら恥ずかしそうに言った。フレイヤは「そうか」と至って冷静に応えその場を後にした。
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選手控室にルカは案内されそこで時間がくるのをただじっと待っていた。
外の音が一切遮断されており、選手控室と言うよりも一種の牢獄の様にも感じる。武器や防具などといった物が沢山揃えられてはいるが百人組手は武器、防具の装備は禁じられており、素手でしか百人組手には出れないようだ。
ルカは天秤座の国で一通り剣についの技は覚えた筈だが、やはり現実世界で触ったことの無い物を扱うのには多少不便だ。幸いにも、素手でしか出れないと言うので心から安堵した。
部屋に設置された時計をチラッと見るが、試合開始までは多少時間がある。静かな部屋で時計のチクチクという音だけが鳴っている、その静けさを遮るようにドアがノックされ一人の少女が入ってきた。
「大丈夫かー。緊張してないか?」
獅子座の姫君であるアリュレは自分が提案したのだが、少しは不安があるみたいで心配そうな顔をしている。ルカが「大丈夫だ」と一言話すと少しはその心配が和らいだようにも見える。
「最後の方には見れると思うが、仕事があるので最初の方が見れないのだ」
姫君であるのだから仕事は沢山ある。それは仕方が無いことなのだ。それに対してとやかく言うつもりも無い。
「そうか。心配してくれてるのか? ありがとうな」
「は、はぁ!? べ、別に心配してないし!!」
アリュレは少しは頬を赤くしてプイっと顔を逸らしてしまった。その表情もとても可愛らしい。
「ただ仕事あるって言いに来ただけだし!!」
ここに来てくれた理由は心配もそうなのだろうが、緊張緩和の為でもあるのだろう。
「それに、百人目の奴について少し教えてやろうかと思ってさ」
獅子座の国最強の武人と言われている程の実力を持った者が百人組手のトリを任されている。
「百人組手の百人目は武帝王と言われている。闘いを好み、無敗の王だ。彼との闘いは一瞬で終わる、それぐらい強いのだ。危なくなった我々が止める」
話し終わると真っ直ぐにルカの目を見て。アリュレの真剣な瞳から思わず目を背けてしまう。
「ーー決して死ぬなよ」
そう言い残し部屋を後にした。
女性に対しては失礼に当たるのだろうが、アリュレは非常に男らしかった。
トントン再びノックされ、眼鏡をかけたスーツ姿の男性が入ってきた。
「そろそろ時間です。ルカ様」
彼は百人組手を盛り上げてくれるいわゆる実況者であろう。
アリュレと話していたらあっという間に時間が過ぎたようだ。
暗い道を進んでいくと明かりが見えてきた、その明かりに目が慣れると観客の歓声がルカを包んだ。
ガヤガヤと賑やかだった。先程、静かな部屋に居たので声がいつもより大きく感じる。
こんな事も前にあったなと思いながら足を前に出す。
「レディースアンドジェントルメェェェェンーーーーーー!!待ってたか、荒れ狂うお前達!!」
部屋に来た時とは一変し声を荒らげて盛り上げている。その盛り上げに返すように観客も大きい声で反応している。
「今日はスペシャルゲストの登場だぁぁぁぁーーー!! 契約者のルカ!!」
再びルカは観客の声に包まれる。アリュレがいるであろう席を見るがそこにはアリュレはいない。
自分とは逆の入口から一人の男性が出てきた。その男性が百人組手の最初の相手だろう。男性が一礼するとすぐに身構える。
「さぁさぁ!! 試合開始だぁぁぁーーーーーー!!」
試合開始の合図と同時に男性はこちらに殴りかかってきた。
だが、それでは遅い。
ここに来るまでに色々と戦ってきたがそいつらには到底及ばない。
ひらりと身を躱し男性のお腹に一発、拳をねじ込む。
百人組手は相手が気絶、又は相手がギブアップすれば勝ちとなる
ルカの打撃をお腹にまともにくらった男性はばたりと倒れ込んだ。
一瞬闘技場内が静まり返ったが、さっきとは大違いの歓声が巻き上がった。
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獅子座の姫君であるウチは毎日が仕事に追われており、とても多忙だ。だが、それは苦ではない。むしろ国民の為に働けて嬉しいと思っている。
そんなある日に契約者がウチの国を訪れてきた、色々と話を聞いたが未だに納得ができない。契約を結ぶ事を甘く見ている節がある。それに契約者の話で契約以外に気になる点があった。
ーー十二支。
その言葉を聞いただけ悪寒が走る。ガタガタと震える身体を必死に止めながらも書類に目を通していく。書類に目を通してはいるが一向に頭に入らない。
ウチは十二支にトラウマを植え付けられた。
ウチがまだ獅子座の姫君になる前の話なのだが、忘れようにも忘れる事は出来ない。姫君としてしっかりしないといけないというのに私は臆病で怖がりなただの女に過ぎない。
ウチは十二支に家族を殺された。
その時は用事があり家を早朝から出ていた。用事が終わり家に帰るとそこには家は無かった。あるのは白い骨とフードを深くまで被った人がいるだけ。
「おい!! ウチの家族に何をした!!」
恐怖で声が震えながらも必死に腹から声だす。
「ーーーー」
ヤツは何も話さない。だが、このフードをウチは知っていた。黒っぽいフード、黒っぽいローブこれは十二支特有の衣装だ。なぜ、ウチの家に十二支がそれにその白い骨は一体。
色々な考えがグルグルと頭の中に浮かんだ。そして、一つの結論に至った。
「まさか、ウチの家族を!!」
落ちている頭蓋骨は独特である。普通の人間の骨では無い、獣人と言って耳や鼻が長いといった特徴がある。獣人は獅子座の国でウチの父と弟だけだった。
信じたくはない、だが落ちている頭蓋骨は真実を物語っている。怒りでどうにかなりそうだったが恐怖の方が勝ってしまい足がすくんでしまう。
「ーーーー」
ヤツは無言のままこちらにゆらりゆらりと近づいてくる。
「く、来るな!!」
必死に声で抵抗するもヤツはそのまま手を伸ばしてきた。咄嗟に目をつぶったが何もされた感覚がない。恐る恐る目を開けるとヤツは居なくなっていた。
何がしたかったのかがわからない。だがこれだけはわかった。
一生消えることは無いしっかりとウチの中に刻まれた。
頭を振って頬をパンパンと叩く。
「しっかりしろ、今はウチは姫君なんだ」
こういう風に言い聞かせなければやっていけない。今は仕事に集中しようと再び書類に目を通そうとすると部屋をノックし兵士が入ってくる。
「アリュレ様」
この兵士はウチが一番信頼している兵士であり、父の部下でもあった。
「どうした? 契約者が敗れたか」
「いいえ、違います。むしろ無双状態になっております」
目を見開いた。
何かの間違いではないかと思い再び同じ質問を投げかけた。
「無敵と言ってもいいでしょう。只今86戦目でしたが全てにおいて一発でしかも無傷で勝利を収めています」
開いた口が塞がらない。父が考案した百人組手は実力者が殆どであり、一発で終わるような者はいない思っていたが契約者の事を少し見誤っていた様だ。
「あともう一つお知らせしたい事が」
「まだあるのか」
さっきの事を考えていたのと、この事で少し頭が痛くなってくる。
「はい」
兵士は少し間を置いて、軽く息を吸ってから口を開いた。
「ーー武帝王が死にました」
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「次で100戦目に突入だぁぁぁーー!! ここまで全て無傷!! 誰かこいつを止めてくれーー!!」
観客に盛り上がりもさらに増しているが、こうも連続で試合をすると流石に疲れがみえる。例えそれが全て一撃で終わったとしてもだ。
最後の相手は武帝王と言ったか、どれぐらい強いのかは聞いているが自分の身体で実感してみないとわからない。
「待ちに待った、武帝王の登場だぁぁぁぁ!!」
自分とは反対側の入口から白いローブ姿でフードを被っている者が現れた。
武帝王を勝手に厳つい男だと思っていたが見るからに細い。フードを被っているせいか顔が良く見えない。
試合開始の宣言がされると、先制をくらった。拳が腹に入り後方へと飛ばされる。というより速すぎて目が追いつかない、今まで戦ってきた者より格が違う。
回し蹴りをしようとした足を掴み壁へと飛ばすが、壁を蹴り戻ってくる。壁を蹴った勢いの蹴りを紙一重で躱す。随分と戦闘慣れしている。
ふと観客席とは違く隔離されている一室に目をやる。そこはアリュレが座るであろう席が置いており、前面がガラスばりになっている。
先程見た時は姿は無かったが、今は何か焦っている様子のアリュレがいた。
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「アリュレ様これは一体どうゆう事でしょうか?」
武帝王が死んだと聞かされ来てみれば武帝王は今、彼と戦っている。
「なぜ武帝王がここに!?」
目を見開いて驚く兵士の横でアリュレはガタガタと身体が震えている、必死に抑えようとしているが身体に刻み込まれたトラウマがここにきて再発した。
「......十二支」
「アリュレ様? 今なんと?」
「おい!! すぐにやめさせろ!! あいつ死んでしまう。また同じような事が起きてしまう。早く止めさせろ!!」
兵士の言葉になど耳を傾けることが出来ない、部屋に怒号が響く。観客の盛り上がりがピークに達しており今から試合を止めても遅い。試合はもう始まってしまっている。
「アリュレ様!! 気をしっかりしてください!! 試合はもう始まってしまっています。これから止めるということはできません。どうしてしまったのです、取り乱すなど珍しいのでは」
「十二支だ。アイツは武帝王の皮を被った十二支だ」
兵士は武帝王の死体は見ていない。武帝王の一室に行ったもう一人の兵士から聞いたのだから。やはり確認すべきだったと後悔してももう遅い。
武帝王がこちらを見てニヤリと笑ったのが見えた。思い違いかもしれないが寒気が背中を撫でるように伝ってきた。
アリュレが必死に抑えようとしているのをただ黙って見ている事は出来ない。何とかしようとアリュレに近づいた時、観客が歓声とは違うどよめきが走った。見ると下の闘技場で戦っていたはずの武帝王がガラスを挟んで目の前にいるのだ。
武帝王がフードを外すととても可愛らしい顔がそこにはあった。
「あれぇ? キミが姫君ですかぁ?可愛い顔してるねー。まぁ私の方が可愛いけどさ。それよりさ、なんでそんな身体震えてるの? 怖いの? 私が。そうか。そうか」
兵士は咄嗟にアリュレの前に立つがエトーレは兵士なんて眼中に無い。アリュレの身体の震えは増している。
「な..なんで....十二支が」
平静に戻ろうとしているが身体は正直だ。恐怖で口が回る訳が無い。
「アリュレ様、お下がりください!!」
「うーん。キミ少し邪魔なんだけど」
エトーレの赤い瞳が光ると兵士が足をガクガクと揺らして腰を抜かしてしまう。必死に立とうと試みるもエトーレの赤い瞳に威圧されてしまい立つことができない。いや、許されない。
「ガラスも邪魔だなぁー。あ、それよりもキミ何かトラウマがあるみたいだね。そうだな....」
間を少し置いてからエトーレは低い声で言う。
「ーー私の事ちゃんと見ててね」
エトーレの姿がうにょうにょと不定形のモノに変わり、人型の形に変わった。その姿はヒトと言うよりも獣人だ。
「あ...あぁぁぁぁーーーー!!」
声にならないアリュレの叫びが部屋に響き渡る。自分の目の前にいるのは母だった。
「気持ちがぐちゃぐちゃになってるねー。こういう仕事をしてるとこういうのがあるから面白いんだよね。でもさ、もうそろ終わりにしないかい? 早くしないとダーリンが来ちゃうんだよね」
自分の母が身の前にいる。死んだ筈の母が自分を迎えに来ていると錯覚してしまう。エトーレがガラスを破り手を伸ばしてくる、その手をアリュレは取ろうとした時。
「やっと、追いついた」
ドアを勢いよく蹴り一人の男が入ってくる。彼は長い耳が特徴的な半魔族だ。
十二支のエトーレと契約者のルカの闘いが再び開始される。
「ダーリン!! やっぱり来たんだね。そんなに私が恋しいのー?」
「誰がダーリンだ。恋しくねぇよ」
赤くなった頬を手で覆いくねくねと体を捩りながら「照れちゃってー」と言っているが今はコイツよりもアリュレが先だと思いアリュレに近寄る。
「け....契約者...?」
「あぁ。大丈夫か?」
ルカがアリュレに近付いた瞬間、エトーレの赤い瞳が激しく光った。
「なんで!! なんでその女に近付いてるの!! 私という妻がいながら他の女に言い寄って。なんでなの、ねぇ、聞いてるんだけど。無視しないでよ!!」
エトーレがまた不定形のモノに変わり元の姿に戻った。
「無視って俺が話す前に話してるんだろ。それに、お前の夫になったつもりは無い」
「ウチの事は...いい。お前は..逃げ..ろ」
震えながらもルカの服の裾をギュッと力一杯握っているが、大した力では無い。
「逃げるワケないだろ。アリュレを置いてはいけない」
「もういいかな!! 私を置いて他の女とイチャイチャしてさ!! 浮気なの? それでも私はダーリンが好きだよ?」
地団駄を踏んでエトーレは怒るがルカの事が好きなのはブレないみたいだ。闘技場での一戦ででエトーレはいきなり告白をしてきたのだ、返事をする前にもう『ダーリン』という呼び名だ。
「はぁ、闘技場へ行こう。ここで戦うのは無理だろ」
「ダーリンからのお誘い!? やったー!! いくいく。どこまでついていくよ!!あ、そうだった」
エトーレはアリュレに向き直って不敵な笑みを浮かべた。
「ーーまたね。ライオネス=アリュレ」
そう言い残しエトーレは闘技場へと降りていった。アリュレはストンと腰を椅子に下ろした。震えは収まっているものの恐怖はまだアリュレの中に刻まれつつある。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
さっきの盛り上がりは一体どこへいったのだろうか。観客席には誰一人居なかった、観客は全員無事避難されたのであろう。
「それでそれでぇー!! 結婚式はいつ挙げる? 教会でもいいなー。あ、子供は何人欲しい? 私はねー3人かな? ダーリンが欲しいって言うなら何人でもいいけどね」
頬を赤く染め上目遣いでこちらを見てくるが、顔立ちが整っているせいか少し可愛く見ているがそれは口には出さないでおくとした。
「そんな事よりも、勝敗。まだついてないぞ」
闘技場での試合はエトーレが空高く飛んでアリュレがいる部屋に行ってしまったので勝敗はつかないまま終わっている。
「うーん。ダーリンと戦うの正直嫌だなー。あ、そうだ!!」
小首をかしげて可愛らしく考え、何かを思いついたらしく軽く微笑んで口を開いた。
「私が勝ったら結婚して!!」
絶句した。
何を言うかと思ったら只の我が儘だ。エトーレの頭の中には姫君を殺すことよりも契約者とどう結ばれるかが先のようだ。
「なんで俺なんだよ」
正直な疑問だ。ルカの顔は特段カッコよくもないがカッコ悪くもない所謂、平凡の顔だ。特徴があるとしたら半魔族なので耳が長い事だけだ。
「えぇー。今言うのー? 恥ずかしいなー。うーんとね普通に私の好みだった。最初に会った時からビビっと来てね」
「何を言っているかわからないんだが」
「恥ずかしいのー!! 恥ずかしがってる姿見て興奮しちゃってるの? ダーリン。ダメだよ!! こんな所では」
会話をしているように見えるが、ただ一方的にルカに話されているのが現状だ。証拠にこちらの話をあまり聞かない。
「結婚の約束してくれないと戦ってあげなーい」
意地でもルカと結婚したいらしい。ここでこれを承諾しなかったらこのままずっと平行線だ。
「わかったよ。俺が負けたらな。早く終わらせたいんだ、早く次の国へと向かわないと」
ここで時間を取られても後々厄介なことになる可能性がある。その可能性を潰すために早く次の国へ行かないといけない。
「次の国? 何言ってるの? 私と結婚するんだから国になんて行かせないよ。どうでもいいけど他の国なんて同族に落とされるんだから」
「仲間じゃないのか?」
「仲間!? アイツらが? 仲間じゃないよ。只、育った所が同じだっただけ。二人を除いてはだけどさ。アイツらはビジネスパートナーみたいなもん、だからどうでもいいの。今はダーリンだけなんだからー」
魚座の国で同族の死に涙した、アリアステリアだったが中にはこういう同族の事を何も思っていないやつもいるんだなと考えていると、ふと自分の身体から何かが消えた様な感覚に襲われた気がした。
はぁ。はぁ。はぁ。
さっきまでと大きく違うことがある。どんだけ戦って疲れていても息切れがしなかったのだが息が切れる。
ーーなぜだ。
理由がわからないままエトーレとの戦闘が始まっている。このままでは負ける、自分が負ける事はいい。だが、アリュレが次に狙われてしまう事だけは避けねばならない。
「ダーリン? さっきと全然違うよ、なんだろうなー。....弱くなった?」
図星だ。
ルカは弱くなっている。さっきから魔法を使おうとしているが一切使えなくなっている。身体能力は少しはあると思うが上手く身体を動かせていない。
「弱くてもだいじょーぶ!! 私が強いからね。てか、何でそんなに弱くなっちゃったの? 息切れしてるし」
「ーーーー」
息が続かず、エトーレの問いには答えれない。エトーレの攻撃を避けるのに精一杯、攻撃はまだ本気を出していない様だ。
「負けちゃうよ? 結婚できるからいいんだけどね!!ーーっ!!」
ルカに放たれた打撃が蒼光によって防がれた。
「ーー魚座の加護!!」
満身創痍のルカには何が起こったのかがわからなかった。パッと自分の身体を見ると蒼光に包まれており、攻撃を防げた理由がこれでわかった。
魚座の加護。
それは魚座の国の姫君ハクアがかけてくれた加護だ。『水系魔法』を一通り使用できるようになるのだが、あの時のルカなら魔法が使えたため特段必要ではなかった。
今のルカは違う。
魔法も使えない、身体能力も低下しているため最強ではなくなっているのだから、この加護はとても有難い。
「チッ。忌々しい姫君が私のダーリンに変な事してくれたな」
『水神撃』
水を手に纏い、鋭い一発がエトーレの腹に入るが大した食らっていない様子だ。うにょうにょと形を変え、不定形のモノからアリュレの姿へと変わっていった。
「これでダーリンは私を殴れないしょ? 私頭良いね!! 褒めて褒めてダーリン」
「あぁ。凄いよお前は」
『水系魔法』も効かない、これで手段がない。それでも、諦めるわけにはいかない。どうするかと色々と思案するが浮かんでこない。
「おい!! ルカ!!」
アリュレがいた一室を見ると、アリュレが身を乗り出している。
「負けるんじゃねぇよ!!」
オレンジ色の光がルカを包みこんでいた。この感覚は前に経験があった。
ーー加護か。
獅子座の加護がルカにかけられ、身体が軽くなっている気がする。ハァハァ息切れをしていたが今では止まっている。
「何してんだよ!! 私のダーリンに何してくれてんだよ!!」
アリュレに向かってエトーレは吠え、速度をつけて向かっていったがそれよりも速くエトーレの前に立ち投げ飛ばす。
投げ飛ばされるがくるりと回転し勢いを弱めアリュレに飛びかかる前の位置に戻る。
「ダーリン、また変わった」
「そうだな。これで仕切り直しだ」
獅子座の加護のお陰で、身体能力が上がり持久力も上がった。加護は契約者にしか与えられない。契約者だけなのだ。
「本当に姫君ってウザイなー。もう少しでダーリンが私のモノになったっていうのに」
足をとんとんとやると、一瞬でルカの近くに移動する。身体を回して蹴りをお腹に入れようとするがルカはそれを回避する。距離をとろうとするエトーレに近付き首に鋭く蹴りが入り少しクラついた隙に、もう一度蹴りを入れようとするが動きが止まる。
「ーーーー」
ウネウネと再び不定形のモノに変わり、変化したその姿は昔お世話になった孤児院の叔母さんだ。
「やっぱ、コレには弱ーー」
言葉に被すように、再び蹴りが入る。
「な...なんで」
「もっと叔母さんは太っているよ。キミは痩せすぎだ」
「そっかー。残念。でも、もう終わりにしよ?ね?」
エトーレは後ろへと軽く飛び、ルカから距離をとる。
『魅力奴隷』
「さぁ。決着だよ? ダーリン」
エトーレを囲むように黒い光が包み、そこから人間の男や大きさや形がバラバラの魔獣が召喚される。全部に共通しているのは目に光がなくどこか遠い目をしている。
「コレは一体なんなんだ」
表情には出さないが、冷や汗が驚きを表していた。一騎打ちならまだしも、数で押されると例え加護を持っていようと危うい。
「コレはねー。私の魅力で操られて、奴隷になっちゃった人だよー。まぁ、所詮は駒の一つ」
「駒か....」
「そう!! このままじゃ負けちゃうよ? 降参するならやめるけど?」
「ーーーー」
エトーレの言うことは一部は図星なのだから無言で答える事しか出来ない。ここでどう答えようと万事休すなのは変わらない。エトーレがニヤリと笑い『魅力奴隷』で召喚されたモノ達に指示し、こちらに走り出してきた。
「ウチも混ぜてよ!!」
オレンジ掛かった髪色を風で揺れ、可愛らしい顔をした少女がルカの前に腕を組んで立ちはだかった。
「アリュレ...」
「待たせたな、ルカ」
「アリュレ、大丈夫なのか?」
「そうだなー。まだ怖いよ。でも、お前が戦ってる姿見てていてもたってもいられなくて。それにーー」
アリュレは震える手にグッと力を入れて真剣な目つきでルカを見る。
「ーーウチは獅子座の姫君だからさ」
そう言ってアリュレはエトーレの方に向き直る。エトーレの顔から笑みが消え、憤怒の表情を浮かべている。
「ねぇ、何してんのお前? 私のダーリンとの結婚を邪魔ばっかしてさ....お前ら、姫君を殺せ!!」
エトーレが再び召喚されたモノに指示すると、アリュレに向かって一斉に走り出した。
「ルカ。少し手を握ってくれないか?」
ルカは黙ってアリュレの手を握る。それを見たエトーレはさっきとは大違いの怒りが込み上がり発狂している。発狂を聞いた、召喚されたモノは行動速度が上昇し、物凄い速さで向かってくる。
『獅子の波動』
オレンジ色のオーラが召喚されたモノに襲いかかり、呻き声をあげ消滅していく。
パッとルカの手を離すとアリュレは言った。
「ルカの魔力を少し分けてもらった。悪く思わないでくれ。ウチはもう魔力が空だ」
軽くアリュレはルカにもたれかかり、それを受け止める。
「チッ。本当に姫君ってウザイなぁー!! 仕切り直しって言っても私もちょっと疲れたからここで別れるよ」
エトーレは高く飛び上がり、高台へと乗る。そして、ルカの方にくるりと振り返り。
「ーーまた、何処かでねダーリン」
そう言い残しエトーレはその場を去ってしまう。
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エトーレが去ったその日の夜。ルカはアリュレがいるであろう一室へと足を運んでいた。
「アリュレ、今日はありがとう」
深々と頭を下げ、礼を言う。その姿を見たアリュレはガシガシと頭をかいて鋭い歯を見せて笑う。
「ウチは何もしてないぞ。こっちこそ助けてくれてありがとうな、ルカ」
実際、獅子座の加護が無ければ死んでいただろう。身体能力だって低下したままだったのだがら。
「アイツがまたウチの国を襲ってきても心配すんな。もう、恐怖からは逃げないからさ」
これがアリュレの出した結論だ。最後に「大人にならないとな」と付けたし微笑んだ。
ーーなんでこうも姫君の笑顔は絵になるんだろう。
口に出そうとしたが、照れくさくて言葉を飲み込んだ。
「ルカは次はどこの国行くんだ?」
「そうだな」
ここから近い国は乙女座の国だが、少し天秤座の国に寄りたいのでそこから近い水瓶座の国も行かないといけない。
トントンとドアをノックされ部屋に兵士が入ってくる。焦っている様子だ。
「あ、ルカ様もいっらっしゃいましたか。ちょうど良かったです」
「そんな焦ってどうしたんだ? また、アイツが襲ってきたか?」
「いいえ。違います」
額の汗を拭って、二人の顔を見て少し息を吐く。
「ーー乙女座の姫君リベラル=ベルセ様が亡くなりました」
二人は何も言わず互いの顔を見合わせる。そしてアリュレが口を開き一言。
「そうか。残念」
「仲間が死んだのにそんな冷静でいられるのかよ」
「そうだな。一つルカの考えを正そうか。我々姫君は姫君になった時点でいつ狙われるかを覚悟してやっている。それに、我々はそんな仲良しこよしはしていない。寧ろ、仲が悪いと言った方がいいだろう。だから、助ける義理も無い。天秤座の姫君ウルカとかだったら助けてくれるだろうが、ウチは違う」
聞いていたとおり姫君の関係はとてもドライな関係なのだ。なら、現状行けるのはルカただ一人。
「俺は...乙女座の国に行くよ」
そう決意しルカは一室を出て、直ぐに乙女座の国へと向かったのだった。
次の『乙女座の国』の更新はまだ未定です。
少しお待ちください。




