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十二星座ノ姫君  作者: 麦猫
第一章
2/7

天秤座の国


 彼が言った「十二星座ノ姫君全員と契約する」というのが未だに信じられないでいた。

 普通は一人と契約し、王都の王になってくれれば良いと思っていたからだ。彼が言うに、十二星座ノ姫君は個々の国を持っているため王にならなくてはいいのではないかと、王は立て替えとしてやっていたアンザルがそのまま王になればよいと。


 なら、この契約の意味が無いのでは?と質問した時には、彼は"王はアンザルさんで、助けが必要な場合は十二星座ノ姫君を頼れば良い"と。

 その意見を通すために彼女等と契約を結びに行くと言っている。

 暴論だ。とてもお世辞に良い案だは言えない。

 意見を通すだけなら契約などしなくても良いはずだそれをわざわざ国まで行って契約する必要性を感じないが、何を考えているかわからずアンザルは頭を抱える。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 馬車に揺られながらため息をつく。

 とりあえずは、アンゼルは言いくるめられたが彼女等は言いくるめられるか疑問だった。

 人の心を読むのが得意なリューズでさえ彼の考えはわからないであろう。


「天秤座の国まではまだ時間があるか」


 アンザルから頂いた十二星座ノ姫君のプロフィールが載っている紙に目を通す。

 裏面までびっしりと書いており、1通り目を通すのにも一苦労だ。


「天秤座のウルカか」


 十二星座ノ姫君の中でも真っ先に話をするのはあの時にリーダーシップを取っていたウルカであろうと思って天秤座の国へと向かっている。

 やはり、約350kmも離れていたら流石に馬車の中では暇である。

 そんな事を考えていると、ガシャンと馬車が何かに当たった様な音がし、馬車が止まった。

 何かあったのかと声をかけても馬車の兵士は返事をしなかった。

 外に出てみると、何もぶつかって痕跡は無かった。むしろ、何も起こっていない様だった。

 だが、馬車の兵士は居なくなっていた。

 何も無い草原にルカと馬車が置かれていた。


「これからどうしたら良いんだ」


 一歩踏み出したその時ー


『魔法発動ー爆破マジックボム』


 魔法が発動した瞬間爆発が起こった。

 だが、ルカは爆破する瞬間に飛び、回避したのである。


「へっはははは よく避けたなお前」


 声が聞こえた場所へ目をやると、そこには短髪の青年が森から現れた。


「誰だ、お前は」


「それはこっちのセリフだっつぅの。天秤座のヤツらが掛かると思ったら誰だよお前」


 頭をガシガシと掻きながら鋭い歯を見せた。

 どこかの亜人なのであろうかとルカは思っていた。


「おい、聞いてんだよ!!こっちは」


 青年はぐるるっと声を鳴らしこちらを睨んでいた。名ぐらいは良いだろうとルカは名乗った。


「聞かねぇ名だな。おっと、俺はファング」


 これ以上彼ーファングと話しているのは少し危ない気がした。

 細身で油断している様に見えるが隙が見えないのである。


「まぁ、いいや。どうせ天秤座の国にただ旅行しに行ってるだけだろ?俺は無駄な殺しはしないんだよ」


 あっち行けという意味で手をヒラヒラしていた。

 その言葉に甘えることした。

 彼を警戒しつつその場をルカは去った。


「一体何だったんだあいつ。大した魔法じゃなかったが俺の爆破を避けるなんて」


 色々と疑問を思ったが、今は依頼された仕事が優先だ。

 そろそろ、天秤座の国へと侵入するかと足に力を入れ、その場から疾風のように走っていった。

 走った風の勢いで軽くめくれた上着の間から戌いぬの刺繍が見えた。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 天秤座の国。

 アリューシャン=ウルカが王女を務める国だ。ウルカは統率力があり、獅子座のアリュレよりは無いが戦闘能力は高めである。

 見た目は金髪美女だが、恋愛などは一切したことが無い。と言うか彼女に声を掛けるなどという勇気のある男は居ないだろう。


 彼女は毎朝必ずする日課がある。

 国から少し離れた草原で剣の稽古をする事だ。ただし、稽古相手は居ない。彼女と対等に戦える戦士が居ないからだ。

 今日も毎朝の様に稽古をしていると森の方から気配を感じた。そこに居たのは彼女等の契約者であるルカだった。


「ルカ様?このような所で何をしていのでしょうか」


「ウルカさんに会いたくて」


「えっ!?」


 一瞬で顔が赤くなった。赤くなったのを手で顔を覆い隠す。

 ――――――――――――――――――――――――――――――



「なんだそういう事ですの」


 事情を聞いたウルカは先程は何を勘違いしていたのだろうと恥ずかしくなってしまった。

 彼は私達と契約をするために訪れたのであった。


「それで、なぜ全員と契約を?」


「新緑の森の拡大の為です。次いでに王都を守ってもらう為です」


 新緑の森はルカが王都行く前に住んでいた森である。そこには小さい頃に捨てられて以来家族が居なかったルカにとって初めて同然の家族が住んでいる場所である。

 彼の目的はアンゼルが訪れた時からこれが目的である。

 新緑の森は王都、帝国の者によって徐々に伐採されたり、生物を狩りつくしたりと様々な事をしているとブニ聞いた聞いたことがあった。

 王都や帝国の領土を少しでも新緑の森で侵食すれば家族である魔獣達は幸せでは無いかと思ったのだ。


 彼はアンゼルが訪れ、十二星座ノ姫君の話を聞いた時に彼等を利用して拡大し森の保護をしてもらうつもりだ。


「王都は次いでですか。そうなると、王は一体誰かやるのですか?」


「アンゼルさんがやります」


「そうですか。森の拡大や保護ぐらいなら出来るのすが。それは、私一人で充分なのでは」


 当然である。

 森の保護、拡大なら十二星座ノ姫君の一人さえ居れば容易い。

 だが、ルカは念には念をと十二星座ノ姫君の全員それに、王都が協力し森を保護してくれれば100%安全になるのである。王都と友好関係を結べばもう森を壊すことは無いだろうという考えである。


「成程そういうことですか。私はそれでも構いませんが。特段、王都の王にはなりたいと思っておりませんので」


「それに」と彼女はニッコリと笑って。


「自分の国も守らないといけませんからね」


 彼女の笑顔で彼の心は少し痛みを覚えた。

 素直で真っ直ぐな女性を利用してまで森を守るのかと。だが、その気持ちを噛み殺した。

 心を許してはならないと、自分に言い聞かせた。

 家族を守るのであれば彼女等を利用するだけ利用し邪にでもなろうと。


「何日間私の国に滞在するおつもりでしたか?」


「3、4日間を予定していました」


 話し合いを含めてこのぐらい、いや、もっとかかるかもしれないと思っていた。


「少しだけ私の国に滞在していきませんか?ルカ様について色々とお聞きしたいのですが」


「俺のことですか。それで良いなら構いませんが」


 俺について面白い話があったかなと考えているとあ、そうだと何かを思いついた様に口を開いた。


「ルカ様は剣を扱った事はあるでしょうか」


 ルカは一切剣を扱った事がない。というか森では剣は無かった。使った事のある武器といえば弓ぐらいであろう。


「無いですね」


「そうですか。残念です」


 肩を落とし見るからに気分が落ちている。

「でも」とルカは落ちている剣を拾った。


「やってみたいという気持ちもあります。ウルカさんは見た感じ稽古をしていたと思われますが、俺の稽古の相手をしてくれませんか」


「本当ですか!!誰も私と相手をしてくれる人が居なかったのですよ。あ、敬語とさん付けはいいですわよ」


「あぁ、わかった」


 彼女はさっきの落ち込んでいる雰囲気とは違い、新しい玩具を買ってもらった子供のような無邪気な笑顔だった。

 剣初心者相手を虐めるのが好きなのだろうかと思ってしまった。


「いきますわよ」


 勢いをつけて彼に襲いかかった。

「おい、嘘だろ」と。本当に初心者を虐めるのが好きなのかもしれないと。

 だが、何もせずにやられるのは流石にどうかと思い彼女の剣を剣で受け止めた。

 受け止めたと同時に彼の脳に異変を感じた。


『職業 戦士 インプット完了』


 一瞬、視界がぼやけたが直ぐに元に戻った。脳に何かが入ってきがした。いや、語りかけてきたの間違いだろうか。


「ルカ様、剣技ってご存じですか?まぁ、文字通り剣の技ですね。お見せいたしますね」


 必ず避けてねと目で訴えてくる。

 いや、無理だろとルカは小さく呟く。


『剣技 飛来』


 斬撃が真っ直ぐに彼めがけて飛んできた。

 だが、彼に届く前に斬撃は消滅した。


「うそ。ルカ様今のは一体」


「ただ切っただけですけど」


 そう、彼は斬撃を意図も簡単に切ったのである。

 切ったこともだが、もっと驚いたのは、剣初心者であると言っていたのにウルカの剣を受けた時、剣を避けた時といい身のこなしが完璧であった。

 戦士いや、戦士長レベルだ。


「ルカ様、本当に剣を使った事がないのですか?」


「無いけど」


 確かに半魔族ハーフエルフは剣を扱うのが得意と聞くが、これ程までとは聞いたことがなかった。


「それよりも、ウルカ。剣初心者の俺にそんなに本気で当たらなくても」


「申し訳ございません。剣の事になるとすぐ本気になってしまって」


「まぁ、良いけどさ。それだけの腕があるなら勝てる者なんて居なさそうだな」


「滅相もない!!私が勝てないであろう、いや、もっと上にいる存在に出会いました」


 そんな奴がいるのかと言葉を疑う。

 ウルカの様に剣に優れていれば、どれほど楽しいのだろうと思っていた。


「ルカ様です」


 耳を疑った。


「今なんて言った?」


「私より遥かな上にいる存在はルカ様です」


 何を言っているんだとポカーンと口を開けてウルカを見ていた。

 剣初心者である者が、剣の達人に私よりも上と言われたら当然である。


「私は沢山の戦士を見てきましたが、ルカ様は底が見えません」


 まだ驚きが隠せないのであった。


 ウルカは確信した、契約者ルカは最強であると。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 2人はウルカが乗ってきたであろう馬車に乗り込む。


「それよりルカ様は歩いて国に行こうとしてたのでしょうか」


「いや、それが」


 天秤座の国へ向かっている途中、鋭い牙を持った男に絡まれ、馬車の兵士が居なくなり仕方なく歩いていた。という経緯を説明した。


「鋭い牙を持った男、そのような方はここらでは見かけませんわ。どこかの国の方でしょうか」


 ウルカは首を傾げ、可愛げのある仕草で考えている。

 ルカは現実の世界ではあまり人、特に女性との関わりがなく内心は緊張気味である。


「もうそろつく頃ですわ」


 馬車が国の正門を通ると賑やかな声が聞こえた。

 そこは天秤座の国『クラリス』である。

 無邪気な子供はウルカの乗る馬車が通ると「ウルカさんだ!!」と言って頭の上でブンブンと手を振っていた。それに対しウルカはにっこりと微笑みながら手を振り返した。


「おい!!俺に手を振ったぞ!!」


「やっぱり美しいな、ウルカ様は」


「ウルカ様の傍にいる為なら何でもするのにな」


 ウルカの姿を見た複数の男性達は釘付けであった。だが、その気持ちもルカはわからないでもなかった。


「ルカ様、王宮に着きましたわよ」


 王都にある城と同等のデカさの城が目の前にあった。白をモチーフとした純白の城である。

 王宮に入ると、騎士団長であるクロックがお出迎えした。


「お帰りなさいませ、ウルカ様。」


「お出迎えありがとう。クロック」


「いえいえ、貴方様を真っ先にお出迎えするのが騎士団長である私の役目。

 それで、後ろの彼は」


 訝しげな目でルカを睨んだ。

 警戒しているのだろう。


「私達の契約者のルカ様よ」


「このような半魔族が契約者ですか。顔立ちはそんな良い方ではないようですが」


 クロックはルカをよく思われていないようだ。

 彼の言う通りである。顔立ちは至って平凡である。それに変わってクロックの顔立ちは整っており、俗に言うにイケメンと言うのはこういう者の事を言うであろう。


「はぁ。またそう言う事を言う。失礼ですわよ」


「申し訳ございませんでした」


 深々と礼をするが、自分は間違った事を言っていないと思っているだろう。

 その理由に、まだこちらを睨んでいた。


「それに、剣の腕では貴方より、いいえ私よりも上よ」


 その発言を聞き、目を丸くした。

 この国で最強の戦士であるクロックより上、さらには剣の達人であるウルカよりも上と聞かされればこうなるであろう。

 だが、その言葉はクロックは信用出来なかった。


「また、そのようなご冗談はどうかと思いますよ?ウルカ様」


「私が冗談を言うと思いますか?」


「いえ、思いません」


 どうも信用ならないこの男をどう撃退しようかと考えていると。

 じゃあとウルカがクロックに命じた。


「ルカ様が泊まれるお部屋を用意しなさい」


「わ、わかりました。」


 その場からスタスタと歩いてクロックは消える。

 それからウルカこちらを振り返って軽く頭を下げる。


「申し訳ございません。彼はああいう男なのです」


「いえいえ、大丈夫ですよ。いきなりウルカが男連れて帰ってきたらそうなりますよ」


「そうですか、ありがとうございます。今日は長い間稽古に付き合ってもらい疲れているでしょうからごゆっくりしてください」


 そう言って再び軽く頭を下げた。

 ――――――――――――――――――――――――――――――

 用意された部屋に入ると、高級そうなベッドや家具が置かれていた。そして微かないい香りがした。

 ベッドに軽く横になると今までにないフカフカの感触が身体を包み、睡魔が襲ってきた。睡魔を頭を振って振り払った。身体を起こしベットに座る。


「なんで俺はウルカの剣技を防ぐ事が出来たのだろうか」


 剣初心者である自分があんなに剣を上手に扱えた事に驚きが隠せなかった。

 ウルカの剣技も一振りで消滅した事も。

 そんな事を考えているとどこからともなく声がした。


「どうしてそんなことが出来たかーなんて疑問に思ってるでしょ!!」


 声はドアの方からじゃなかった。

 ルカの身体からだった。光がルカを包んだ。

 光が明けると、手の平サイズの妖精がいた。


「誰だ、お前」


「失礼だなー。お前が召喚された時からずっと一緒にいたじゃない」


 異世界召喚された事を少女は知っていた。

 なら、召喚した者や理由がわかるかもしれない。


「誰がこの世界に呼んだんだ。それに、呼んだ理由はなんだ」


「さっきから質問が多い!!」


 しょうがない事だ。彼にとっては全てが疑問なのだから。それを知りたいのは当たり前だ。


「私の名前はユウリ。この世界に召喚したのは私!!理由はなんか暇だったから!!以上」


 腕を胸の前で組んで偉そうに答えた。


「暇だから?それだけが理由か」


「そうだけど?」


「あ、あと」と言葉を続けた。


「なんで、剣初心者の俺が、って思ってるけど。あれは、私の能力。」


「能力?」


 どこから出したかもわからない眼鏡をかけて右手で眼鏡をずらした。

 コホンと息を整えた。


「説明しよう!!貴方はその場に応じて数々魔法や剣技などが全て使えるようになるの。つまり、この世界において貴方は最強!!

 最初に貴方が使った『治癒の効果』はその時治癒必要としてたから使えたの、剣を扱える様になったのもその時剣を扱うことが必要としてたからなの、お分かり?」


 ルカの周りをブンブンと飛んでいる。

 それを、ルカは目で追っている。


「安心して、私は貴方以外見えることは無いから。どうしてそこまでするのか?って顔してるね。半魔族が最強で無敵になるって面白くない?」


「いや、全く」


 たはーっと頭を軽く抑えてヨロヨロと崩れ落ちていく。


「相変わらずクールだなお前は!!まぁ、表面上だけな。とりあえず、貴方は魔法もほとんど使えるし、剣技なども全部使えるの今度試してみたらいいよ」


 はぁと軽くため息をついてベッドから立ち上がる。

 だから、剣技を一振りで消滅出来たことや『治癒の効果』が出来たのが実感出来なかったのか。そのせいかと少しは納得できた。


「あれ?どこ行くのー。」


「風呂だ」


 疲れも溜まり、色々と有り考えたい時は風呂に限ると風呂を借りることにした。


「そだねー。ちょっと汗臭いし、入ってきな。お前が呼べばいつでも現れるから、基本的にお前の中で寝てるからよろしくね」


 そう言って彼女ーユウリは消えていった。

 ルカはまたため息をついて、扉に手をかけその場を後にし風呂場へと向かう。


 やっと風呂場に辿り着いた。

 風呂場の場所がわからず、色々と城の中をまわっていたら、騎士団長であるクロックに話をかけられた。

 風呂に行きたいことを伝え、場所を教えてもらった。広すぎるのも考えものだな。

 脱衣場で服を脱ぎ、近くにあった大きな鏡に映っている自分の姿を見る。


「この長い耳、まだこの姿は見慣れないな」


 長い耳をを触り、人間をやめ半魔族ハーフエルフになったのは未だに実感ができない。

 裸のままいたため、寒さの限界が来た。

 急いで風呂場へと行く。


 風呂は余りにも広かった。

 現実の世界でよくお世話になっていた銭湯の倍はあるだろう。一体この風呂に何人入るのだろうと考えながら、身体を洗い流し湯船に浸かる。

 湯船に浸かり、息を吐く。


「ふぅ。やはり風呂は落ち着くな」


 半魔族になっても心はまだ日本人のままだ。

 風呂が好きなのは日本人特有なのであろうか。

 自問しても答えの出ない事を考えていると、風呂場の扉がガチャりと開いた。


「疲れましたわー。明日も朝から稽古に..え?」


 時が止まったようだった。

 ウルカが持っているタオルで何も隠さず風呂場に入ってきたのである。

 隠さないのも当然だ、誰も入っていないと思っていたからだ。

 急いでタオルで身体を隠し、みるみると顔が赤くなっていったのがわかった。


「きゃーーーーーーーー」


 風呂場にウルカの悲鳴が響き渡った。

 反響するせいか耳がキーンとなった。

 急いでルカは目を逸らすがもう遅い。


 ――――――――――――――――――――――――――――――

 急いで風呂場から出て着替えを済まし、部屋へと戻っていた。


「まさか、こんなベタな展開があるなんてな」


 コンコンとノックし部屋の扉を開ける。


「し、失礼しますわ」


 風呂のせいか、それともさっきのかわからないが少し頬を赤くしていた。


「先程は醜いものをお見せしました」


 なぜ謝られるのかが疑問だった。

 謝るのならこっちの方だ。しかも、醜いものではなかった。むしろ肌はキメ細かく、肌白く出る所はで引き締めるところ引き締まってて男性にとってはご褒美であろう。

 何を詳しく分析しているのだろうと頭を振り払った。


「こちらこそ申し訳ございません。醜くなんて無かったぞ。何だろうな、うーん。綺麗だったぞ」


 こういう時なんといったらいいかわからず、思った事を言ってしまった。

 また叫ばれたらどうしようと思いながら恐る恐るウルカを見る。


「そ、そうですか」


 部屋に来た時よりも頬はうっすら赤くなっていた。叫ばれるだろうと思っていたので、予測していなかった表情を見せたため何か恥ずかしい気持ちになった。

 気持ちを隠すために「そうだ」と口を開いた。


「早朝に稽古に出かけると言ってたけど、また同じ場所でやるのか?」


「あ、それなんですが。また一緒に稽古してもらおうと思ったのですが、クロックがルカ様とお手合わせをしたいのおっしゃったのですが、どうしますか」


 手合わせか。

 ちょうどユウリが言ったとおりに色々と試したかったから丁度いいだろう。それに、相手はこの国の騎士団長だ、相手にするのに相性が良い。


「わかった。お手合わせするよ」


「うちのクロックが申し訳ございません。稽古の事ですが明日は一人で行ってきますのでゆっくりお休みになってください」


 そう言ってウルカは部屋から出ていった。

 ウルカの言う通り、ゆっくり休むとしよう。

 ――――――――――――――――――――――――――――――

 翌朝――

 自然と目が覚めた。夜は気付かぬうちに眠りに入っていたのだろう。昨日の疲れが取れている気がした 。


 グーッと伸びをしてから部屋を出る。

 ウルカが居るであろう王接室へと向かった。扉を開けるとやはりウルカはそこに居た。

 ニッコリと微笑んで「おはようございますわ」と読んでいた書物から目を離しこちらを振り返った。


「よく眠れましたか?今日はお手合わせの日だとクロックも気合いが入ってますわ」


「そうか。そう言えば稽古は行ったのか?」


「えぇ。行きましたわよ」


 ふたりが話しているとノックをしクロックが部屋に入ってきた。

 入ってきたと同時にルカを睨んでいた。


「あぁ、起きたのか。随分と遅い起床だな」


 昨日と同じく敵対意識が存分に出ている。

 その様子を見たウルカははぁとため息をついた。


「その言い方はどうかと思うわよ」


「はっ、申し訳ございません」


 では、準備があるのでと部屋を出ていった。

 ウルカに挨拶をしに来ただけであろうか。


「ルカ様、気にしないでくださいね。ルカ様の準備ができ次第お手合わせを開始致しますわ」


「もういいぞ、俺は」


 え?とウルカは驚いた目でこちらを見ていた。

 剣の手入れとか特段する事はないルカにとっては普通の事を言ったと思ったのだが、変な事を言ったのかと思った。


「そ、そうですか。では直ぐに行いましょう」

 ――――――――――――――――――――――――――――――


「何を考えている半魔族が。俺と何も準備をしないでタイマンなど馬鹿げている。

 舐めれらているのか、俺は。たかが、半魔族ごときが調子に乗るなよ」


 ドンッと壁を思いっ切り叩く。

 殴られた壁がボロボロと欠けた。さっきよりも敵対心が上がった気がした。


 ルカは闘技場に連れてこられた。手合わせなのにこんな大掛かりなのかと思い控え室に通される。

 だが、準備することは何も無い。剣の手入れなどどうやってするかもわからないのだから。

 とりあえず壁に立て掛けている剣を持っていった。


 闘技場へと上がると歓声が上がった。

 ウルカを見ると頭を抑えていた。ウルカがやった事ではないであろう。


「どうだ、半魔族。国民を上げての公開処刑だぞ。天秤座の国へ足を踏み入れた事、そしてウルカ様にあんな馴れ馴れしくした事後悔させてやる。」


「ウルカにちゃんと許可とったのか?」


「国民の事か?取ったとも。国民には一種の祭りだと言っている。まぁ、祭りという体で半魔族を倒せるのならそれで...」


 ルカは「それは」とクロックの言葉を遮った。


「ウルカが大事にしている国民達を騙しているのではないか?」


 初めてウルカと会った時彼女は笑顔で「国を守らなければ」と言った。それは、国を守らなければ国民が困るからである。

 ルカよりもウルカの傍にいる彼はその事が1番わかってるはずだ。ルカ一人を倒そうとするだけなら良い、だが、大事にしている国民を騙し、自分の我が強い気持ちだけで事をなそうとする事はウルカへの裏切りではないだろううか。


「うるさい!!そんな事はわかっている!!だが、お前が馴れ馴れしくしている事が許せない。」


 クロックもわかっている。だが、嫉妬の気持ちが勝ってしまったので、もう後戻りはできない。


「それになんだその剣は、訓令兵用の剣じゃないか!!そんなもんで戦うのか、舐めるのも大概にしろ!!」



 声を荒らげた。国民は自分達の声援で二人の声は聞こえない。もちろん、ウルカにも聞こえない。


「まぁ、いい。訓令兵用のにしろ、なんにしろお前は俺に負ける。」


 剣を構えた。

 剣を構えた姿は隙は無かった。


『能力向上アビリティアップ』

『攻撃上昇パワーアップ』

『速度上昇スピードアップ』


 数々のスキルをクロックは使用した。

 見た目は変わりはなかった。


「いくぞ。半魔族!!」


 クロックは目にも止まらずの速さでルカに斬りかかった。ルカは紙一重で躱す。躱されたクロックは後に飛びながら剣技を使った。


『剣技 神羅万象』


 剣を振るうと四方八方から斬撃がルカを襲った。

 それでも、ルカに斬撃は届かない。剣の1振りで斬撃を消滅させた。ウルカの剣技を消滅させたのと同じだ。


「嘘だろ!!俺が半魔族ごときに負ける筈がない!!」


 最初に斬りかかった速度よりも速くルカに斬りかかった。ふぅとため息をついた。色々とルカは試すことが出来た。それで満足だった。


「クロックさん。さっきから半魔族、半魔族と言って見下しますが..」


 クロックの剣をヒラリと避けて躱す。


「見下してた相手に負けるってどういう気持ちですか」


 ルカの持っていた剣でクロックの剣だけを空中へと飛ばした。

 何が起こったかわからない、だが、剣技も使っていない相手に完敗した事だけがわかっていた。


 ウルカを裏切った事に対して少しイラついたのかもしれない。

 クロックは膝をついた。ルカは完膚なきまでに勝利した。国民から歓声が上がり、手合わせは幕を閉じた。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 闘技場での手合わせが終わり自室に戻っていた。

 あの一件で、どんなに速い速度で攻撃してこようが、剣技を使って攻撃してこようが対処が出来るという事。彼は自身の身体に眠っている妖精ーユウリの言っていた「最強」という言葉がなんとなくだが実感できた。


「ユウリ」


 名を呼ぶと何も無いところから妖精が出てきた。

 ふぁと軽く欠伸をしながら身体を伸ばしていた。


「どうしたの?なんかあった?」


「さっき色々と試してみたんだ」


「ほうほう。どうだったの?」


 うんうんと大袈裟に頷きながら腕を前に組んでこちらの話を聞いている。


「剣が遅く見えた。だから躱せた」


 これが騎士団長であるクロックの剣を避けれた理由だ。遅い剣を避けるのはとても容易い。


「でしょでしょ!!言ったじゃん、最強だって。そんな勝てる人なんてまず居ないよ」


 ブンブンとルカの周りを飛んでいる。

 テンションが上がっているのだろう。

 するとトントンとノックされた。どうぞ一声掛けた。扉を開け一礼してクロックが入ってくる。


「先程は申し訳ございませんでした。ルカ様」


 負けたからであろうか、手合わせ前とは全く違う態度だった。会った時ではしなかったであろう深々と頭を下げた。


「いえいえ、そんな大丈夫ですよ」


「ウルカ様に注意も受けました。今後一切このような事は無いようにします」


「それと」と言葉を続けた。

 一呼吸をして、ルカの目を真っ直ぐ見た。


「失礼をしたこの身ですが、どうか私に剣を教えてもらえないでしょうか」


 剣を教えると言われても、彼は剣については初心者である。剣では無く殆ど身体能力で戦っていたのだから。折角頼ってくれたのだが応える事は出来ない。


「すいません。剣については初心者なもんで教える事は出来ません」


「そうですか。残念です」


 肩を少し落としている様子であった。だが、こればかりは仕方が無い。ではと部屋からクロックは出て行った。

 ――――――――――――――――――――――――――――――

「さぁてと、どう攻めっかな」


 こめかみ辺りを掻きながら考える。いつでも天秤座の国を落とそうと思えば落とせるのだが慎重に攻めろと自分の尊敬している方に言われたら行動派である自分でも少しは慎重に行動する。


「そういえば途中で出会ったあいつ迷子になってねぇかな」


 ここに来る途中に一人の男に自分の仕掛けてあった魔法で危うく殺す所だった。だが、彼は避けてくれたお陰で殺さずに済んだ。

 無駄な殺生はしないのが彼の信条だ。


「本当にどう攻めっかな、フレイヤ様に報告した方がいいか?」


 彼の尊敬している人物は同じ"十二支"であり、リーダーを務めている、子ねずみの担当をしている。

 智謀で強大な力を持ち、なにより美しい。

 見た目は透明感のある白銀の髪、一部が編み込まれた髪が美しさを際立たせる。これを俗に言う美少年の様な姿だ。


「いや、フレイヤ様にいい報告が出来る様にやらねぇとな」


 軽くストレッチをしながら周りを見渡す。

 敵がいないかを確認しているのである、敵が現れたとしても勝てる自信がある。


「まぁ、まず小手調べだ」


 大きく息を吸った。


『獣の咆哮ビーストウォール』


 大地、空気までもが震えた。

 崖下に広がっている森林が一瞬にして消えた。

 ちっと軽く舌打ちをする。


「迫力が足りねぇ!!まぁ、最初はこんなんでいいか。宣戦布告として受け取れや、天秤座の国さんよ」


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 激しい揺れが天秤座の国を襲った。

 こんな事が一度も無かったため国民達は早急に近くの建物に避難した。幸い、建物が壊れることは無かった。


「ウルカ様!!クロック騎士団長!!大変です」


 ウルカを含め3人がいる王接室に素早くノックをし息をきらせた兵士が入ってきた。


「東に位置するトワの森が消滅しました!!」


 トワの森は天秤座の国が所有する森の一つで、ウルカが早朝稽古をする場所のすぐ近くにある。

 その報告を聞き、クロックは何者かの襲撃を受ける事を見据え、何人かの兵を消滅した森近辺を調査しに出動させ、残りの兵で城の警戒レベルを最大限上げた。


「ジル隊を出動させよ!!我々はどうしましょうウルカ様」


「そ、そうですわね。私は正門を守ります。クロックは裏門をよろしくできますか?」


 このような事態が無かったため少し動揺しているのだろうか言葉が途切れていた。


「ウルカ様お1人では危険です!!」


 クロックの言う通りだ。

 姫であろうお方が何かわからぬ相手にタイマンで挑むのはとても危険な行為だ。


「大丈夫ですわ。私はこれでも十二星座の姫であり、この国を統べる者。それに、力なら負けませんわ」


「それはそうですが。しかし!!それでも危険です!!」


「わかりましたわ。こちらはルカ様とお守りします。これで大丈夫ですか?」


「それなら安心です。」


 ルカの方を向き、真剣な目でこちらを見た。


「ルカ様。ウルカ様をお願い致します」


 深々と頭を下げた。

 先程、手合わせをし負け、ルカに対する気持ちを改めたとしてもこんなにもルカを信用するとは彼はウルカの事を大事に思っていることが伝わった。


「えぇ。了解しました」


「ありがとうございます」と再び頭を下げた。

 頭を上げると軽く微笑んで「ウルカ様はお美しいだろ」とルカにしか聞こえない声で言った。

 元からのイケメンの顔のお陰なのだろうか、それとも愛する人の事を言ってる為だろうか、少し照れながらも微笑んでいる姿はとても絵になる。


「では、ウルカ様。お気を付けて」


 そう言ってクロックは走り去っていった。

 その後ろ姿は勇ましく、そして美しかった。


「何を話していたのですか?」


 小首を傾げながら聞いてくる。

 その答えに対し「大した事じゃないよ」と軽く答えた。

 ――――――――――――――――――――――――――――――

 クロックに支持された場所に向かっている。

 自分を含めて、計9人だ。天秤座の国でも五本の指に入るほどの実力派の隊だ。

 その隊をまとめているのはジル=アルファだ。

 去年、妻と結婚をし子供も産まれた。子供は母親にの可愛い顔であった。父親に似なくて良かったと安堵した。


「こ、これは。一体」


 草原を歩いていると不自然な大きな砂漠に出た。

 不自然だが円状に砂漠化しているため、ここにトワの森があったことがわかる。


「ジル隊長。誰がこんな事をしたんのでしょう」


 一人の兵士が話しかける。無精髭を生やした顔が周りを見渡している。だが、こんな事を出来るのはこの国近辺にはいない。


「おいおい、なんだ少ねぇな」


 厳つい声が聞こえた。

 近くの崖の上からである、そこに目線をやると鋭い牙を持ち細身な男がこちらを見下ろしていた。


「誰だお前は!!」


 ジルは声を荒らげる。

 少し緊張しているのか、いや、これは恐怖だ。

 自分らよりももっと格上の強者が目の前にいるのだ。


「別に誰でもいいだろ。それで、お前ら何しに来た」


 ゴクリと生唾を飲んだ。

 返答を間違えれば確実に殺される。だが、ここで恐れていてわ俺の付いてきてくれたコイツらの見本にならないと邪な考えを捨て答えた。


「森が消滅したそれを調査しにきた、それに、大きい揺れが国を襲った」


「なるほどなぁ。やったのは俺だ」


 やはりと自分の考えは正しかった。

 この状況から見てやったのは彼しかいないであろう。


「なぜそのようなことをした」


「あん?宣戦布告に決まってんだろ。これから天秤座の国を攻め落とす」


「な!?そんな事をさせるか!!」


 腰にある剣を抜く。ジルの姿を見た兵士達は同じく剣を抜いた。その様子を見た彼はため息をついた。


「俺は無駄な殺生はしたくねぇ。剣を収めてもらえるか?」


「嫌だと言ったら?」


 ニヤリとジルは笑って答えた。


「邪魔するなら殺す」


 鋭い目つきでこちらを睨んだ。だが、逃げるわけに行かない。国には自分の妻子がいる。妻子のため、そして国のためにも。


「剣を収めるつまりはねぇか。しょうがねぇな」


 崖からひゅんと軽やかに降りる。

 降りた瞬間を狙い、ジルは声を荒らげる。


「行くぞ!!お前らぁーーーーーーーー!!」


 生きて帰って我が娘を抱きしめるために戦う。それは家族として、いや、父としての役目だ。

 勝てる自信は無い、だが、もし1%でも勝てるのであれば戦う。


 そんな、淡い希望は彼には届かない。


 すまんな。メリア。ユリ。

 妻子の名を心中で呼んだ。

 その命は断末魔と共に消えていった。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 民家の屋根と屋根を飛び移りながら移動している。街の人々は彼を見ることは出来ない。見たところでそれは何かもわからない。

 速度は最小限に抑えている。これ以上上げると民家の屋根に傷がつくからだ。


「なんだアレは?」


 丁度何かの店の屋根に飛び移った時だ。足を止め下を見下ろした。そこには一人の少女が泣いていたのだ。「仕方ねぇな」と呟きながら下に降りる。


「おい、どうした」


 少女は一瞬泣き止んだが再び泣いてしまった。先程は困惑している様子の泣きだ。だが、今は恐怖の泣きだ。

 これは仕方が無い。まだ10歳も満たなさそうな子供がいきなり見知らぬ人に話しかけられてるのだから。それに、彼はツンツンの髪に鋭い歯を持っているので、怯えられても仕方ない。


「迷子か? 一緒に探してやろうか?」


「う、うん」


 少女の頷きには力が無かった。

 だが、彼にとっては十分な答えだ。よく見ると少女は足を怪我していた。


「怪我してんじゃねぇか!! 今手当てしてやる!!」


 少女に近づき、しゃがみこんだ。


「治癒魔法は得意じゃねぇんだけどな」


 頭を掻きながら息を吐いた。

 怪我をしている部分に手を当て、心を落ち着かせせる。


『治癒の効果ポーション』


 緑色の光が怪我をしている部分を包んだ。すると、みるみると怪我が治っていった。少女は目を見開いて驚いている。


「す、すごいね!! お兄ちゃん」


「大した事してねぇよ」


 褒められた事が嬉しかったのかそっぽを向いた。それより、彼にも早急に片付けないといけない事があるため「早く見つけるぞ」と言って、少女の手を取った。

 暫く歩いていると少女が口を開いた。


「ねぇ、お兄ちゃん。ママと会えるかな?」


「会えるに決まってるだろ。お兄ちゃんに任せろ」


 そう言って少女の頭をワシャワシャと撫でた。撫でられた少女はえへへと嬉しそうに笑った。その笑顔に釣られて彼も軽く笑う。


「そういえばパパはどうした?」


「パパはねぇ!! すっごい強いの!!」


 目を輝かせながら少女は言った。これぐらいの年齢の少女は父親が好きなのであろう。いつかは「父さんなんて嫌い!!」なんて言われる日々が来るのだろうなと考えていた。


「ほう、強ぇのか。」


「あのねあのね!! 今はお仕事で森の調査? って言うのに行ってるの!!」


 彼は足が止まった。

 手を繋いでいる少女は不思議そうな顔でこちらを見ている。

 止まった理由は、彼には少し心当たりがあった。


「うん? どうしたの?」


「いや、なんでもねぇよ」


「それでね!! パパはたいちょーさんなの!!」


 やはりそうかと彼の予想は当たった。

 さっき森の跡地を調査しに来た兵士達の先頭に立っていたあいつだ。


「あ、あのなぁ....」


「あ、ママだ!!」


 何かを言おうとしたが、少女に遮られた。というより少女の母親が見つかったのだ。

 少女の母親は、少女をそのまんま大人にした様だった。少女は可愛いだが、母親は綺麗であった。


「ユリ!!」


「ママ!!」


 少女は一目散に母親の元へ走っていった。繋いでいた手を離したため、温まりだけが手の中に残った。その温もりが少し寂しさを実感させた。


「ありがとうございました。何かのお礼を」


 少女の母親は深々と頭を下げ、持っていた鞄の中から財布を取り出した。


「要らねぇよ。今度はちゃんと娘さんを見とけよ」


 さっき何かを言おうとしたが、その言葉は今は出てこない。いや、言わなくて正解だ。


「本当にありがとうございます。行くよ、ユリ」


「うん!! ありがとう!! お兄ちゃん」


 軽く頭を下げた。少女は母親と会ったからであろう上機嫌だ。二人の後ろ姿を見送り彼は再び高く飛び屋根の上に乗る。

 彼の心中は説明しにくい感情が湧き上がった。


「ちっ。胸糞悪い....」


 軽く舌打ちをし、言葉を吐き捨てる。

 彼は走り出した。この国を落とすために。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「ちっ。なんだよこっちは裏門かよ」


 正門から攻めようと思っていたのだがどこかで道を外してしまったようだ。踵を返し、足に力を入れ再び跳ぼうとした時。


「おい、お前。ここで何をしている」


 顔立ちが整っている一人の兵士に話しかけられた。その後ろには多数の兵士がうじゃうじゃといた。歩くたびに鎧がカチャカチャと音を立てるため多少耳障りだ。


「お前、天秤座の姫君ってのはどこにいるか知ってるか?」


 自分の愛している人の呼び名を聞き、身構える。

 いつでも剣を抜ける準備をして答える。


「なぜお前に教えなければならない?」


 ふんっと侵入者は鼻で笑った。その様子を見て何がおかしいのだろうと疑問を覚えた。

 その瞬間、寒気が襲ってきた。


「決まってんだろ。天秤座の姫君を殺すためだ」


 こいつを始末しなければならない。自分の愛する人を護るため。剣を抜いた。


「先程の質問に答えてもらおうか。お前は誰だ」


「俺は十二支の戌いぬの地位についてるファングってもんだ」


 十二支。聞いたことのある名だ。

 実力派暗殺集団の十二支が本当に存在しているなんて。恐怖で手先が揺れているのをなんとかとめる。


「そうか。お前が十二支か。俺の名はクロック、この場でお前を仕留める名だ」


 平静を装って言葉を繋ぐ。

 ルカとは違う、強者である。その者を前にして平静を保てている。


「おいおい、後ろの兵士達が戦意喪失してんじゃねぇか。そんな奴らとは戦いたくねぇな」


『獣の威嚇ビーストバースト』


 さっきとは大違いの寒気がクロックを襲う。

 身体がビリビリと痺れる感覚だ。それに耐えれなかった兵士が次々と倒れていった。


「お前だけじゃねぇか、残ったのは」


 クロック以外の兵士は全て倒れてしまった。それでもクロックは戦意喪失しなかった。


「俺だけでもお前の相手はできるぞ?」


「舐められたもんだな」


「行くぞ、ファング!!」


 ルカと戦った時と同じ速度で、いやそれよりも速かったかもしれない。

 ファングにいくつかの斬撃を放ち、斬り掛かる。


「遅いなぁ、お前」


 それでもファングは反撃してこない。

 クロックの攻撃を意図も簡単に躱している。自分はこれほどまで弱かったのかと自分に失望した。


『剣技 冷気斬撃』


 勢い任せで剣技を放った。

 剣技は躱されたがファングの服を掠った。


「ちっとはやるみてぇだが、その腕が邪魔だな」


 自分の腕が少し生暖かい感覚があった。何が起こったのかがわからなかったが、すぐに理解する。

 ファングの薙ぎ払われた手でクロックの腕を切断したのである。


「くぅあぁぁぁぁぁぁ!! 腕がぁ!!」


 血がヒタヒタと滴り落ちている。

 すぐに止血しないと死んでしまうが止血する時間が無い。


「さて、まだやるか..って気絶してんじゃねぇか」


 ばたりとクロックは倒れた。

 ここまで頑張ったのだ一人の兵士として賞賛に値するだろう。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 城の正門で敵が来るのを待っているが一向に来ない。本当に今日襲撃を受けるのだろうかとルカは疑問を抱いていた。


「ルカ様。もし何かあったら速攻逃げてくださいね」


 女性を置いて男性だけが逃げるのはどうかと思うがここで「いやだ」などと言ってもウルカは聞かないだろうと思い「わかった」と頷いた。


『獣の投槍ビーストランス』


 何者かが後ろから攻撃をしてきた。が、それよりも早くウルカはルカの前に立ち防御魔法を使った。


『不可侵防御障壁プロテクトシールド』


 相手の放った攻撃は防御魔法により防がれた。


「さっきのヤツらとはちげぇな。お前が天秤座の姫君か!! やっと殺せる」


「そうですわ。私が天秤座の姫君」


「そうか」とニヤリと笑った。そして目をルカの方に向けた。すると、鋭い目つきだったのが少し和らいだ。


「ちゃんと着いたんだな!! 心配させやがって!!」


 ルカは彼を知っていた。

 ここに来る途中で彼に会っているからだ。


「あぁ。無事についたよ」


「知り合いなの?ルカ様」


「ここに来る途中に会った人がいるって話しただろ? そいつだよ」


 だが、彼ーーファングはこちらを攻撃してきたということは本当にウルカを殺すつもりで来たのであろう。


「それにしてもなんでお前が天秤座の姫君と一緒にいるんだ? お前ら婚約者か?」


「な、違いますわ!!」


 赤くなりながらも否定している。こうもすぐに否定されると何か悲しい気持ちになる。

 それよりも殺気のダダ漏れだったのが一気に和やかの雰囲気になった。


「そうか? お似合いだと思うけどなぁ」


「あ、ありがとうございます」


「んなことはどうでもいいんだよ!! お前契約者ってやつなのか?」


 話を切り替えるように頭を振った。鋭い歯をガチッと鳴らしてこちらを睨んだ。


「そうだ。契約者だ」


「残念だ」と呟き肩を落とした。

 窓から風が入り、少し破けたファングの服を揺らした。チラリと見えた肌には刺繍が彫られていた。


「うそ!! 貴方は十二支のメンバー!?」


 十二支は知っている、ただ知っているのはルカが元いた世界の十二支だけ。この世界の十二支は暗殺集団だ。

 だが、そんな事はルカは知らない。ルカが知らないことを察したのだろうかウルカは説明した。


「十二支はこの世界で実力派暗殺集団。彼らに勝てるのは私達十二星座ノ姫君ぐらい」


「なるほど」


 その十二支が十二星座ノ姫君を狙っているのかと考える事ができた。力は互角と言ったが勝敗がわからない以上ウルカが戦闘に出るは如何なものか。それでもウルカは。


「ルカ様はお下がりください」


「一緒に戦わねぇのか。まぁ、いいけどな」


 ファングは息を大きく吸った。


『獣の咆哮ビーストウォール』


 空気砲がウルカ目掛けて放たれた。

 大地、空気までもが揺れた。これが国を襲った振動の正体。

 ウルカの顔色は変わらない。むしろさっきよりも落ち着いているように見える。


『剣技 飛翔斬』


 ファングの攻撃を断ち切った。

 だが、ファングにとっては想定内であるといった様子だ。


「なかなかやんじゃねぇか」


 ウルカはファングに斬りかかる。


『獣の刃ビーストセイバー』


 ファングの爪が長く伸び、ウルカの剣を受け止めた。瞬間、爆破がウルカを襲い後ろへ飛ばされた。


「悪ぃな。爆破の魔法を身に付けてんだ」


「わかりましたわ」


『爆破攻撃耐性』


 青白い薄い光がウルカを包んだ。

『爆破攻撃耐性』ーー

 一定時間爆破系の攻撃を無効化することが出来る。


「爆破耐性か。くだらねぇな」


 ファングはウルカの近くまで詰めてきた。

 後ろへ後退し距離を取ろうとした。


「逃がさねぇよ」


『爆撃獣連撃』


『爆破攻撃耐性』を行こなったお陰で爆破のダメージは負わなかったが、斬撃がウルカを襲った。


「なんだ、大した事ねぇな。姫君ってやつは」


 ルカが前に出ようとしたがウルカに止められた。

「どうしてだ」と尋ねたが「大丈夫」とだけしか答えなかった。


「イチャイチャすんじゃねぇよ。もう終わりにしようぜ」


「....それはどうですかね」


「何言って..なんだこれは!?」


 ファングの足元には大きな魔法陣があった。

 何かを感じ取り「くそっ」とファングは魔法陣から出ようとしたが遅かった。


『天秤神裁』


 白い光がファングを包み込んだ。断末魔が聞こえなくなるとファングはそのまま倒れ込んだ。

 ウルカもさっきの攻撃で受けたダメージが大きかったのだろうかその場で倒れ込んだ。


 勝利したと確信した。

 が、ファングはのらりと起き上がった。


「まだだ!! 俺はフレイヤ様のためにやらなければいかねぇんだ!!」


 ボロボロになりながらも立ち上がり吠えた。

 ルカがウルカの前に立った。鋭い目つきでこちらを睨んだ。


「どけ!!」


「もう無理だろ。その身体じゃ」


「うるせぇ!! 俺は殺さなきゃいけないんだ!!」


 ガシガシと頭を掻きむしった。


『獣神化』


 姿が変わった。ファングは獣そのものの姿になってしまった。うがぁ!! とこちらを襲ってきた。が、ルカはひらりと身を躱しファングの腹に蹴りを入れた。この蹴りと言い身かわしは『武闘』というのを先ほど覚えたのだ。


「だから言ったんだお前には無理だと」


「お前ごと殺せばいいだけ!!」


 あんな最高火力の攻撃を受け、立っていられる事すら怪しいのに、1回も傷を受けておらず最強と言われているルカと戦って勝つのは皆無だ。

 ファングはもう一度攻撃しようと身構えた時、一人の男が現れた。


「戦い中すまないな。この戦いは我々の負けだ」


 その男は透き通るような白銀の髪色をした白衣装の男性であった。一部の編み込まれた長い髪が美しさを際立たせている。


「フレイヤ様!!」


 ファングの知り合いなのであろう。頭を深々と下げている。


「誰だお前は」


「誰でも良いではないか。ただこの戦いは終わりだ」


「フレイヤ様!! 今すぐこいつらを始末します」


「もうよいって言ってるだろ」


 背中に寒気が走った。一瞬空気が凍りついたように。


「お前は戦わないのか」


「君と戦うのは少し厄介そうだ。やめておくよ。それに、私達はあなた達に敗北した」


 くるっとファングの方を向いた。ルカの方に背中を向けているため隙がある。だが、攻撃はできない。なぜなら、ルカもこいつには勝てないと自負しているからだ。


「それでファングよ。敗北したな」


「申し訳ございません。ですが、もう少しで勝てたかと」


「その証拠がどこにある?」


「それは..」とファングは息詰まった。


「最後に教えてやろう。お前の村を襲ったのは私だ」


 ファングは何を言っているのかわからずポカーンとしている。だが、事実を確かめるため恐る恐る口を開いた。


「嘘ですよね? 家族や友人を殺したのは..」


「私だ」


 怒りが込み上がってきた。恩師だと思っていた人が自分を騙し続けていたことに。そして、大事な物を奪ったことに。


「許さねぇ。俺を可愛がってくれた貴方が!! なんでそんなことを!!」


 泣きながらファングは叫ぶ。ファングはルカ達に飛びかかったのと同じくフレイヤにも飛びかかった。


「うぁぁぁぁーーーー!!」


「弱者は強者によって喰われる」


 フレイヤは指をパチンと鳴らした。

 鳴らした瞬間空気が冷たくなりぶるっとルカは身震いした。ファングを見ると飛びかかる寸前のところで身体が凍っていた。

 そして、バラバラと崩れ落ちていった。


「さて、私は帰るとするよ。伝えておいてくれその姫君に"もうここには来ない"と」


 そう言って彼は一瞬にして消えた。

 その場には倒れている姫と契約者。そして、少し冷たい空気と先ほど戦っていた敵の残骸だけが残っていた。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 十二支の戌いぬが攻めてきた翌日。天秤座の国はいつも通りの平和の日常を取り戻し、ウルカも体調が完全では無いが回復している。

 戌いぬとの戦いで重症を負った騎士団長のクロックだが命に別状はないという。


「ウルカ、体調大丈夫か?」


 ウルカは自室で体調が回復するまで身体を休めている。ノックをしルカは様子を見るため部屋を訪れた。


「えぇ。大丈夫ですわ。お付のメイドの方達が色々してくれるので」


 周りを見ると水やら果物などが沢山あり、ウルカの事が心配なので過保護をやいているのだろう。

 ウルカは苦笑いをして言っていたが心から嫌がってる訳では無い様子。


「それよりも、ルカ様は大丈夫ですか?」


「俺は何も怪我してないからな。ウルカが護ってくれたお陰だ」


「そ、それはよかったですわ」


 窓から入る陽射しのせいなのか、それとも照れているのか頬がほんのりと赤くなっている。


「十二支がなんでウルカ達、十二星座ノ姫君を狙うんだ?」


「それは帝国の者が十二支に依頼したんですわ。"十二星座ノ姫君を始末してくれ"と」


 だから相手は最初に攻撃した時ウルカを狙ったのか。あの時ふたりを狙ったと思っていたが狙いはウルカだけだった。


「他の国も危ないんじゃないか」


 十二支は十二星座ノ姫君を始末するのが目的。今滞在している天秤座の国だけが標的ではない。こんな事を考えてる、今、この時間でも十二支は他の国に攻めているかもしれない。


「俺は次の国に行くよ。お世話になったな、ありがとう」


 頭を下げて礼を言い部屋から出ようとした時、手を掴まれグイッと引き寄せられた。何かの柔らかい感触がルカを包んだ。


「お、おい。一体何を」


「おまじないです。こうすると天秤座の加護でルカ様をお守りできるのですわ」


「それに」と言葉を続けた。まだルカはウルカに抱き寄せられている。


「私、アリューシャン=ウルカは天秤座の姫君。如何なる時でも善悪平衡に見極めなければならない。ですが、ルカ様と初めてお会いした時勝手に悪であると思い込んでしまいました。それは私にとって失態でした。感情をあまり表には出しませし心のどこかで闇を抱えていることも薄々察しました。それでも、私はその闇ごとルカ様を信じます」


 何も言葉が出なかった。

 自身の心の中までもがウルカに見透かされ、ウルカ達、十二星座ノ姫君を使い森を家族を護るという考えもウルカは肯定し、ルカを信じくれた。


「そうか。ありがとう」


 自分でも情けない言葉だと思う。

 だが、これしか言えないのは確かだ。いや、これぐらいしかだろう。

 ぱっとウルカはルカを離した。まだ名残惜しい感覚はあったが仕方ない。


「それで次の国はどちらへ?」


「そうだな。ここから近い国はどこだ?」


「そうですわね。東側に行くと魚座の国が西側に行くと水瓶座の国がありますわ」


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 天秤座の国から遥か北の方に位置する一つの集落。そこは、十二支が拠点としている場所だ。


「フレイヤさーん。なんでファング殺したんッスか?」


 黒髪ロングの女性がフレイヤに質問する。

 彼女の名はアリアステリア。十二支の巳へびの刺繍が入っている。


「弱者は十二支に必要ない。ただそれだけだ」


 アリアステリアに振り向こうとはせず、言葉を投げ捨てる。ファングを殺した事に罪悪感は感じていない。フレイヤの信条は"弱い奴は必要ない"だからだ。


「厳しいッスね。フレイヤさんは」


「そんな事より、魚座には誰が向かった」


「ヴァルデックが向かったッスよ」


「そうか」


 ヴァルデックは午うまの刺繍が入っている悪魔だ。悪魔という表現は例えの表現だ。なぜなら彼は血を好む。血を見たいがために何百人と犠牲にあっている。


「そろそろ私も準備するッスかね」


 そう言ってアリアステリアは長い髪を後ろで結びその場から去っていった。


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