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第1章「ウェルカム・トゥ・ザ・ジャングル」④

 凹みと疵がふんだんにこびりついたワイン色のシトロエンDSは、朝の騒がしいストリートをひた走る。

 鳴り響くクラクション、そして人々の営みから来る会話の群れ。薄ぼんやりと漂う冷たい霧の下で、多様な姿をした者達がせわしなく行き交う――夜とはまた別種の騒がしさ。

 ……そんな状況が、窓の外を通り過ぎていくさなか。

「いやぁ~~~~~~~、ごめんごめん! あっはっは!!」

 グロリア・カサヴェテスはからからと笑った。陰気な外の情景と比して、あまりにも明るい笑い声。その横にはシャーリーが顔を赤らめながら、縮こまって座っている。

「いやぁ、あたしはてっきりもっと大人を想定してたわけよ、それがこんなキュートなイチゴちゃんだったなんて! 思いもしなかったわけ! ねぇあなた、食べちゃっていい?まぁ昨日も二人食べちゃったわけだしお腹いっぱい! あ、お腹になんか何もイれさせてないわよ、あたしそのへんはしっかりしてるからね、あっはっは!!」

「はぁ……」

 シャーリーは顔をそむけたまま、気のない返事をする。

 そうする他ないだろう。

 ――“なんなのだ、この人は”。

 その思いで満たされていたからだ。

 ……つまるところ、第一印象は最悪だったというわけだ。

「まぁでも安心しなよ、あたしの本命はダーリンだから、ダーリン! ね、キム!」

「それいつも言ってますけど。冗談だとしてもタチ悪いっスよ」

「馬鹿ね、あたしはいつもふざけてるけどそんな嘘なんかつかないってば」

「……えっとですね。ダーリンっていうのは要するに室長のことで……」

「あたし両方『イケる』ってことなんだけど。気にしないでいいわよ!」

「は、はぁ……」

 シャーリーとしては緊張と期待、それから使命感の全てが入り混じった状態であの公園に立っていた。そして、自分のために動いてくれる方々には沢山の感謝をしなければ、と思っていた。はじめ、二人を見た時シャーリーの心の中は、そんな思いでいっぱいだった。

 にも関わらず。

 グロリアはそんな彼女の態度の原因が自分であることに気付いているのかいないのか、そのまま陽気にまくし立てる。その豊満な胸が、道を行くたびに揺れる。シャーリーはそれを見た。それから自分の胸と見比べる――歴然とした違い。

 その顔に影がかかる。

 顔をあげると、彼女の顔がすぐそばにあった。ふわりとした金髪が被さってきて、なんだかむず痒くなる。シャーリーは引き下がる。

「な、なん、ですか……」

「ねぇ、君……オトコ、作ったことないでしょ?」

 唐突な質問だった。

 オトコ作ったことないでしょ――オトコ……。

 その言葉が、先程までのグロリアの言動と結びついて、頭の中であらん限りの色々な光景を浮かび上がらせる。

 そして、グロリアの最初の言動――。

「え“ッ」

 顔が――茹でたタコ同然になる。

「どうなのよ?」

「な、ないですけどッ……なんでいきなりそんなこと聞かれなくちゃいけないんですか!? あなたなんなんですか! いきなりパンツの色とか聞いてくるし、無茶苦茶です! 勘弁してくださいッ……!!」

 シャーリーは目の中に渦巻きを作りながら、溜まっていた思いとともに一気に抗議を吐き散らした。今の今までで、既にこの女性の言動に度肝を抜かれ続けていた矢先だった。もう我慢することが出来なかった。はじめに感じていたような気持ちは今この瞬間だけ、よそへ追いやられていた。

 そもそも――彼女にとって、所謂ピンク色の会話というもの自体得意ではなかった。驚くほど、色恋沙汰と無縁な人生を送ってきたからだ。

 それは彼女自身の素質が『イケてない』などでは決してなく、まるで興味の範囲外であったからで、それはつまり十年以上エスタのことを考えていたから、男の子と気まぐれでデートしたことはあっても、手を繋いだこともなければキスをしたことはない、いや手を繋いだことはあったか? しかし繋ごうとしてきたあの子にはハッキリとノーを言ったわけだし――。

 しかし目の前の金髪は容赦がない。あまりにも、あまりにも。

「あらやだ、ほんとにイチゴちゃんじゃない。そんなんじゃうちでやってけるかどうか心配だわねぇ」

「その呼び方やめてくださいッ、ちょっと近い、近いですからっ、」

「んー。つれないわねぇ。あ、その香水何つけてるの? ジルスチュ?」

「ちょっと嗅がないでくださいッ、あッ――」

「あ、車動くっスよー」

 ガタン、と車内が揺れた。シャーリーの顔に、グロリアの豊満なバストが押し付けられる。襲い来る呼吸困難――彼女は両手をバタバタと動かす。

「もがッ……」

 グロリアは窓を開けて、やにわに叫ぶ。

「――ファアアアアアック!! ケツでも掘られてな!!」

 彼女の罵倒には意味があって、それはつまり今シトロエンが急ブレーキをかけたのは、向かい側の交差点から無茶苦茶な角度で車が侵入してきたからだった。グロリアはその運転手に注意をくれてやったというわけだ。

 とはいえ今シャーリーは(息苦しさで)顔を赤らめて荒く息をついていて、グロリアはふんすと鼻息を鳴らしながら、窓から中指をしまい込む。そのまま再び席に着く。心なしか彼女は満足げだった。

 ――つまり。

 グロリア・カサヴェテス――性格、極めて奔放。三大欲求に忠実。

 シャーリーの頭の中は、まるで台風が過ぎ去った後のような状態だった。

「いやぁごめんなさいね、シャーロットさん……グロリアさん万年こんなっスから……」

 運転席でキンバリーが……キムが笑う。ダッシュボードの上には、象の置物がある。

「ちょっと何よキム。あんただけいい子ぶってんじゃないわよ」

「勘弁してくださいって。あ、シャーロットちゃんって呼んでいいっスか? あたしより年下、初めてなんスよねぇ~~」

 ほわほわとした口調でキムが言う。ようやく呼吸が正常に戻ったシャーリーはとりあえず「はぁ」と言っておいた。

 そして、もたげ始める思い――この人は、そこまで『濃く』ないのではないか?

「何よ今度はかわいこぶってるってわけ? あんたの男の話、この子にしてやろうか?」

「やめてくださいよ、うちのは面白くないっスよ」

 そう言いながらキムはカーステレオで音楽をかけた。盛大なオーケストラ曲だ。

「くう~~~~ッ、やっぱテンション上がるなぁ~~~」

「ワオ、何よこの音楽。どう聞いてもメタルじゃあないわね」

「ウェー、知らないんスか。スタートレックっスよ」

「……それって毛むくじゃらの大男とか、緑のチビとか出てくるやつだっけ?」

 グロリアがそう言うと、キムは糸が切れたように押し黙った。

「キム?」

 ……それから、(正面を向いたまま)言った。

「…………はああああああああ~~~~~??」

 ――それが、キンバリー・ジンダルの琴線だった。

 彼女の運転が荒くなり、車が左右に揺れた。カップホルダーのコーヒーが激しく波打つ。

「ちょっ、あぶなッ……」

「そんな『クソにわか知識』で、良くアメリカの国民で居られましたねぇ、ありえないっスよ、ほんとマジで!!」

「やばっ……余計なとこ触れちゃった……」

「いいっスかぁ!!?? スタートレックってのはねぇ!! ――」

 ミラーから見える彼女の顔はまさに怒髪天、だった。

 そこから車内は、キムによる熱弁で満たされた。饒舌に雄弁に語り、知らない単語が宙を舞った。何一つ頭に入りそうになかった。音楽は盛大に鳴り続ける。

 要するに――キンバリー・ジンダル。

 比較的、常識的な性格。ただし……ナード(オタク)。重度の。

「あ、あはは……」

 シャーリーは……自身の身勝手な期待が、静かに崩れ去るのを感じた。

車は、道をひた走った。

 ……そうして、15分ほど経過して。

 ――目的地に、辿り着いた。


 メープル・アベニューの赤茶けた2階建て、その前にシトロエンを駐車させる。

「さて、着いたっスよ」

 グロリアが先に降りて、シャーリーに手を差し伸べたが、首を横に振って断った。

 彼女はぐちゃぐちゃになっていた気持ちをなんとか切り替えて、降り立つ。

「ここって……」

 シャーリーは建物を見上げて言った。

 見覚えがある場所だった。二人は既にその中に入っていった。彼女も続いて、錆だらけの薄暗い階段を登る。サッカーボールを持った、小さく羽の生えた子供が横を通る。埃の粒が窓から差し込んでくる。

 ……見覚えがあるのも当然だった。彼女は昨日の昼、その場所を訪れていたからだ。

「……ッ」

 さっそく、半開きのスプレー落書きだらけのドアの隙間から、けたたましいインダストリアルな重低音が響いてくる。シャーリーが耳をふさぐと、グロリアが笑った。どうやら慣れているらしかった。

「ここ、私……昨日来ました」

「あーそう。でも、もしあなたが取り合ってもらえなかったなら理由は簡単。この町で『顔が利かない』。そういうこと!」

 グロリアはそう言って、ドアを盛大に蹴飛ばした。

 バタンと音がして、いよいよ重低音が全開になる。そこへグロリアがズカズカと上がり込み、続いてキムとシャーリーが入り込んだ。

 ……昨日に引き続き、部屋の中はひどいものだった。


 床には樹海のごとく配線が敷かれていて、ボロボロのテーブルの上にところせましとデスクトップパソコンが並べ立てられている。壁にはメタルバンドのポスターとポルノ女優のカレンダーがびっしりと貼り付けられている。そのど真ん中で、真っ黒に染められ、『NIN』と記されたシャツを着た、脂肪の塊のような男が寝転がり、スナック菓子をかじりながらヘッドホンを付けて首を縦に振っていた。そのたび、彼の肉がぶるぶると揺れた。

「うわぁ……」

 思わず声が漏れる。当然彼の近くには蛍光色の薬の包装紙が散らばっていて、くずかごに入り切らない状態で飛び出している。おまけに室内は蒸し暑く、何やら厭な甘い匂いがした。

 グロリアはそんな男にずんずんと近づいて、ヘッドホンを強引に上から引き剥がした。

「はぁ~~~~~~~~~~~い、ノリノリじゃない。あたしにも聞かせてよ」

「おいてめぇ何しやがる、俺の大事な時間を――」

 男は振り返って叫び散らした――が。

 間もなくその顔が固まる。視線は、グロリアを、そしてキムを見た。

 ……みるみるうちに、哀れなほど青くなって、後ろへ虫のように引き下がった。何本かのコードが指に絡まって、どこかがすっぽ抜けた。

「て、てめぇら……」

「んー。聴いてみてもよく分かんないやねー、あたしには。あんた趣味悪いわよ」

「どーもー、シドさん。第八機関っス」

「……」

 彼はガタガタと震えながら、唾を大量に飛ばしてまくし立てる。

「ジーザス・ファッキンクライスト! 一体なんの理由があって俺の聖域ザイオンに来やがったッ、最低だ最悪だ! この糞ビッチどもがッ!!」

「まーそう言わないでよ、あたしは悲しいわよ。今日はあんたに仕事頼みたくって来たわけ」

「冗談じゃねえ、てめえらの頼みってのは大抵ろくでもねぇんだよッ! 何度迷惑おっかぶったと思ってんだッ!!」

 男は叫び返し、二人に中指を突き立てた。シャーリーは目に入っていないらしかった。

 そしてこの時点で……シャーリー自身がここに来た時よりも多くのものを得ていた。

「まぁまぁそんなこと言わずに、魔術師ウィザードさん……」

「てめぇらの世辞なんざゾッとするぜ、とっとと消え失せちまえッ!!」

「まぁそう言わずに……簡単な仕事なんスよ。命の危険とか無いっスから」

 キムは癇癪を起こした小さな子供を宥めるような口調で言うが、男はそれで納得しない。むしろ彼女の言い回しが癪に障ったらしく、更に何か色々と言葉をぶつけてきた。

 グロリアは顔をしかめて耳をふさぎ、キムは苦笑いを浮かべる。

「……どうしてもやらない?」

「あぁやらねぇよ、やってたまるかよ! とっととケツまくって帰りなぁ!!」

 ――男はそう言った。グロリアは大きくため息をついて……言った。

「キム。……やりな」

「ほんとにやるんスか……? シャーロットちゃんの目の前っスよ」

「むしろ、『だからこそ』だってば。ねっ?」

 グロリアが唐突に振り向いてシャーリーに言った。何が何だか分からない上、音楽は相変わらず鳴り続けているので、曖昧に頭を振る。

「……しょうがない」

「何ぶつぶつ言ってんだてめぇら、いい加減にしねぇと――」

「――知りませんからね!!」

 キムはそう言って、おもむろに床の配線の群れに手を触れさせた。


 次の瞬間、彼女の目から青白い光が放射された。それは彼女の内側にこもった力が漏れ出したように見えた。そして、それぞれのコードに火花がほとばしり、部屋中に広がる全ての画面に到達する。映し出された0と1のコードの濁流が急激に混乱し、赤いアラートを吐き出し始める。それは空間の全てに充満し、やがて部屋のあらゆる箇所から火花が噴き出し、電灯も消えた。音楽も断ち切られ、悲鳴のようなパソコンのエラー音が響き渡る。

「な、こ、これ……なんですかっ!?」

「キムの『無機人テロド』としての能力よ。モノに流れる電気を操ることが出来る」

「うわあああああ!! やめろ、やめてくれッ、俺の愛機がぁぁぁぁ!!」

「やめて欲しかったら『イエス』って言いなッ!!」

 ……まるでギャングの手口だ。シャーリーはそう思ったが口には出さなかった。

「こ、このッ――そのテにゃあ乗らねぇぞ……俺を騙そうとしてンだッ、」

 男は不意に拳銃をキム達に向けて突き出した。

「っ、駄目っス、あたしさっき朝飯食べすぎて、もう限界……」

 アラートが弱まっていき、キムの両目の光が消えていく……グロリアは舌打ちをする。構えられ、こちらに向けられた銃口。シャーリーの背中に戦慄。

「こいつッ、やっぱラリってやがる――」

 グロリアが動いた。銃は撃たれなかった――その直前に。


 ……彼女は、男の頭を引き寄せて口づけをした。その舌が、男の分厚い蛭のような唇の中へと押し入った。男は目を開いて、キムはゆっくりと顔を上げた。シャーリーは仰天して、短い悲鳴を上げそうになった……そして。

 グロリアの身体が淡い光に包まれて、爪先から瞬く間に消えていった……というより、男の口の中に粒子となって吸い込まれていった。

「――ッ!?」

 それから男は尻もちをついて呆然としていたが。

「うわあああああああーーーーーーーーッ!!」

 引き裂かれたような悲鳴を上げながら、突如として拳銃を引き下げて分解し、その弾丸を全て床にぶちまけて本体を放り投げ、手をまっすぐ上に上げた。動作は彼の悲愴な表情とは裏腹に恐ろしく滑らかで余裕があり、そのちぐはぐさがどこか糸で操られた人形のようだった。

「グロリアさん、どこへ……」

「その人の『中』っス。この人を操作してるんです」

「ひっ……ひ――」

「そろそろ勘弁したほうがいいっスよ。そもそもあなたが後ろ暗い商売をやってなきゃ、もっと普通に頼んでるんですから」

「わ、分かった……分かったから……俺の身体から出ていってくれ……」

 男は涙と鼻水を流しながら、固定されたポーズのまま懇願した。すると彼の口の中から黄金の粒子が舞い、一つの形を作り出し、彼の中から抜け出た。

「……よっと」

 それは、グロリアだった。魂が抜けるかのように、彼の中から舞い戻ってきたのだ。

「――……やだやだ。ダーリン以外にはキスしたくないのに」

「……ひいいいっ……!」

 男は尻もちをついて、荒く息を吐く。後方ではパソコンの数台が画面の動きを停止させていたが、それ以上の損害はないようだった。

「やっと認めたわけね、ジャンキー」

 グロリアは男を見下ろしながら、ハンカチで唇を拭って、唾を吐き入れてしまい込んだ。

「悪霊め……」

精霊フェアリルって呼んで貰える? あたしらはそんな無粋な種族じゃないの」

 金髪をかき上げながら、グロリアは笑っていった。

「これが……」

 シャーリーは、二人の大立ち回りに圧倒されていて声が出なかった。

 今目の前で、アウトレイスの能力そのものを見せられた。全ては一瞬のうちで終わったが、そこにはいくつもの超常があるように思えた。

「……くそッ」

 男は床に座り込み、頭を掻いた。それからキャビネットの上に平積みされているペプシの一本を取って、一気に嚥下した。

「で。仕事ってのはなんなんだ、クソ共」

「うんうん。素直なのはいいことよ。シャーリー、出番」

 ……いつの間にかシャーリーと呼ばれるようになっていたことはさておき、彼女は前に出た。それから、男におずおずと写真を見せた。

 男はそれを奪い取ると、濁った目でじっと見つめた。

「こいつを、どうしろって?」

「その写真の子を、探してほしいんです。名前は、エスタ・フレミング。他の情報は……ありませんけど。アンダーグラウンドに居ることは間違いないと思います」

「なるほどね――」

 男はそれからシャーリーの方を向くと、分厚い手を差し出した。

「カネだ。当然用意はしてきてんだろうな」

「えっと……」

 シャーリーはポケットからポーチを取り出すと、中から札を出して渡した。

 男はしげしげとそれに見入ったが、おおげさに息を吐いて、ふてぶてしく言った。

「こんなんじゃ、足りねぇな」

「そんな……」

 シャーリーとしては出来る限りの額を用意してきたのだ。

「ちょっとあんた、この子が初めてだからって足元見ようってんじゃ――」

「てめぇらが後ろの筐体から煙を吐くようなザマに仕立て上げなけりゃ、もっと安く済ませてやったんだよ!! 文句言うならてめぇらが持って来い!!」

「分かったわよ。キムが追加で金出す」

「え“ッ」


 ……キムがグロリアの首に腕を回して、男から背を向けた。それから二人で話し合っていた。

 数秒後……頭を俯かせたキムをよそに、グロリアが追加の金を男に渡した。


「……」

 男はそれを数える。

 それから横柄に言った。

「2日寄越せ。それで仕事してやる」

「2日ぁ!? たかが人探しでしょ、もっと早く済むんじゃないの??」

 グロリアが食って掛かった。キムはなぜか半泣きになりながらシャーリーにもたれかかる。当然どうすればいいかわからない。男は……キレ返す。

「バカが、てめぇらも知ってんだろうが。ハイヤー(うえ)に取られちまった場所の跡地に難民街が出来てからこっち、どれだけの連中がこのLAにうろつくようになったと思ってンだ。むしろ2日で済むことをありがたく思えッ!!」

「ファック……」

 悔しげに言うグロリア。

「じゃあそれでいいから……いいわよね?」

「私だけなら絶対に辿り着けないので……それで大丈夫です」

 シャーリーが言うと、男は鼻息を鳴らしてからのっそりと背を向ける。

 ……彼の指先がキーボードの上に置かれると、その爪が何又にも分かれ、そこから更に小さな可動指のようなものが展開された。独自に動き、キーボードを打ち鳴らし始める。

 これもまた、アウトレイスの力ということなのだ。

「あの……」

 シャーリーは男の背中に声をかける。

 彼は返事をしない。画面には、与り知らぬ意味不明の複雑なウィンドウが展開されていく。

「ありがとうございます」

 そう言った。グロリアとキムは、顔を見合わせて苦笑する。

「……ンなこと言うぐらいならとっとと消え失せてくれ。第八はもう顔も見たくねぇ」

「そうつれないこと言わないでよ。今のあんた、最高にいい男よ」

 グロリアが茶化す。

「冗談じゃねぇや。ほら、とっとと帰れ帰れ」

 男は腕を振って、彼女たち三人を追い立てた。間もなく、音楽が再び流れ始める。

 キムとグロリアは肩をすくめてドアに立った。

 シャーリーは男にもう一度小さく礼を言うと、既に出ていた二人に続いた。


「――あいつもいい加減、ヤクに関わるのやめた方が良いんだけどね」

「そんな簡単に変われないっスよ、この街じゃ」

 階段を降りた先で、キムとグロリアが話していた。

「あのっ」

 先に車に乗ろうとした二人に、シャーリーが言った。

「ありがとうございます、私のために……!」

「まぁ、室長の決めたことっスからねぇ」

「タダ働きってわけじゃないし、良いわよ。それに、フェイが決めたことだもん」

 グロリアはシャーリーの肩に腕を回した。

 それから、耳元で言った。


「じゃあ、代わりにパンツ見せてくれる?」

「……」

 ……シャーリーは眉を潜めて、目を瞑って答える。

「絶対に嫌です……」

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