9.帰阪
本日二話同時更新しています。
「8.マタタビ」をお読みでない場合はそちらからお読みください。
「せんぱーい」
どこをどうたどって帰ってきたかは覚えてない。
途中で雛原の電話が入って、喫茶店を後にしたのははっきり覚えている。
ホテルのロビーで待っていた雛原と彼女の両親に、俺は居住まいをただすと頭を下げた。
もちろん、すべてが満たされたおかげで耳も尻尾も全く出ていない。
雛原の両親はいい人たちだった。
最初は娘の選んだ男という色眼鏡で見られていたが、俺はきっぱりくっきり否定したし、雛原娘……ああ、全員雛原だからややこしいな……も観念したのか嘘はつかなかったおかげで、最後には単なる先輩と認識はしてもらえたようだ。
聞くと、彼女の婚約破棄後、フリーになった彼女にはあちこちから見合いの申し込みが殺到したのだそうだ。
とにかく一人選んでしまえば騒動は終わるからと説き伏せての見合いだったと初めて聞いた。
婚約自体は急がないという言質も取れたし、ぶち壊し役を請け負わなくてよかった。
「で、どうだったんだ?」
雛原の両親と別れ、特急に乗ったところで聞いてみたが、反応はまんざらではなかったようだ。
「先輩と比べると月とスッポンだけど、嫌いじゃない」
「俺のことは忘れとけよ。……やっぱり幼馴染だったのか?」
雛原は顔を赤くした。
「なんで知ってるんですかっ」
「いや、なんとなく。……お前の婚約破棄の騒動を知ってて、お前の傷を癒そうとしてくれる男なら、大丈夫だと思うぞ」
「なっ……先輩は簡単に言い過ぎますっ」
ぷいとそっぽを向く雛原に、俺は内心苦笑を浮かべる。目の周りは化粧直しはしたのだろうが泣いて腫れた跡がまるわかりだし、なにより……首のところのキスマーク。
初めて会った、しかも気のない男にそこまでは許さないだろう。
「幸せになれよ」
ぽむと茶色いふわふわ頭の上に手を置くと、じと目でにらまれた。
「先輩こそどこで何してたんですか。すっごい女くさいし、マタタビくさいし」
自分でクンクンと嗅いでみたが、わからない。マタタビのにおいは確かに服からするが、女くさい? 香水の匂いはしないが。
「ああ、悪い。……お前の両親、気ぃ悪くしてなかったか?」
「もういいです。あとで謝っときますから」
「すまん」
頼まれたことはクリアしたとはいえ、あまり会社の人間の心証は悪くしたくない。
「まあ、それにうちの両親は鼻が悪いから、きっと気が付かなかったと思いますし」
「ならいいけどな。……そういや土産、買ったか?」
「あ、はい。先輩は?」
「俺はお前の田舎には行かなかった」
「え?」
「だから土産はなし。……見合いの話、誰かにしたか?」
「えっと……いえ、誰にも」
「じゃあ大丈夫だろ。……大阪着くまで寝るわ」
「はい、着いたら起こしますね」
そのあと俺はあっさりと眠りに落ちた。よく考えれば、夕べ一睡もしてなかったんだよな。
念のため帽子をかぶったままにしたが、耳も尻尾も出なかった。気持ちいい眠りだった。
家に戻ってカバンを見ると、彼女にモノ質にされたあの土産物の袋はカバンの中にちゃんと入っていた。